第4話 出会い
シュヴァイゼルトを救ったのは、美しい銀髪が目を引く長髪の女性だった。
綺麗に切りそろえられた前髪、透き通るような青い双眸は鋭い目つきのせいか冷たい印象を受ける。凛とした佇まいも相まって、他者を寄せ付けない孤高の雰囲気を感じさせた。
「大丈夫か……って、ゴブリン?」
手を差し伸べようとした女性は、助けた者の姿が魔物であったことに驚き、ピタリと動きを止める。
「人の声が聞こえた気がしたんだが、気のせいだったか……。しかしゴブリンすら襲うなんて、
腰に下げていた鞘から、波紋の美しい細身の武器――刀を抜きはなった女性。
頭が追いつかず呆けていたシュヴァイゼルトだったが、刀が視界に入ると我を取り戻した。
「ままま、まってください! 僕は人間です!」
すでに振られていた刀が首に当たる寸前でピタリと止まり、女性は訝しげに眉をひそめる。
「言葉を話すゴブリンだと……?」
「僕はゴブリンじゃなくて人間ですっ!」
その光景を眺めていた女性は、目を見開き驚きを顕にした。
「姿が変わった……? 幻術の類か? それにしては解け方がおかしいような……」
ブツブツと独り言を呟く女性。どうしたらいいのか分からず慌てるシュヴァイゼルト。
しばらくすると思考が落ち着いたのか、女性はシュヴァイゼルトを鋭く睨みつける。
「念の為に問う。お前が魔物でないと証明できるか?」
「え? 僕はどう見ても人間じゃないですか!」
身振り手振りを交えて人間だとアピールするが、首を振る女性。
「どういう方法を用いているのかは知らないが、姿を変えられるのは確かなようだ。だがそれは、お前が本当は魔物で、人間のフリをしている可能性もあるという事と同義。ならば、人間だと姿以外で証明してくれない限り、疑いは晴れない。違うか?」
「証明……。えーと、そのー、あのー……。ちょ、ちょっとまってください! 考えますので!」
あぁでもないこうでもないと、頭を抱えて悩むシュヴァイゼルト。悩めど悩めど確信に足るだけの答えが見つからず、途方に暮れる。
「ククッ……アーッハッハッハ」
堪えきれなくなったと言わんばかりに、目じりに涙を浮かべながら大きな笑い声を上げた女性は、目元を拭いながら謝罪した。
「いや、突然笑ってすまない。もう十分だよ、君を信じよう。意地悪な質問をしたことは許してくれ」
「え?!」
「元々明確な答えなんて存在しない質問だからな。私とて、君と同じ状況で自分が人であると証明しろと言われても不可能さ」
「で、ですよねー……」
無邪気に笑った女性は、
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はレーティア、冒険者だ」
「僕はシュヴァイゼルトです。えっと……放浪者? です」
「そんな身なりでか?」
華奢な体躯に、不十分な装備。加えて、魔物がはびこる森の中という、不似合いな場所。レーティアが首をかしげるのも当然の反応だった。
今の現状を伝えるためには全て話さねば理解してもらえないと考えたシュヴァイゼルトは、今の状況に至るまでの経緯を、包み隠さず全て話していく。
一度語り始めると、栓がはずれたかのように止めどなく気持ちが溢れ出し、次から次へと言葉が続いた。シュヴァイゼルト自身、誰かに話を聞いて欲しかったのかも知れない。
「……事情はわかった。無闇に他言しないと、この刀に誓おう。私はこれから報告のために一度ビートダッシュ――拠点にしている町に戻る予定なんだが、一緒に来るか?」
「い、いいんですか?! ぜひお願いします! あ、でもその……僕にはお渡しできるものが何も……」
「ああ、かまわないよ。どうせついでだし、気にするな。ここで出会えたのも、何かの縁なのだろう」
シュヴァイゼルトの頭をぽんぽんと軽く叩くと、笑みを浮かべる。先ほどとはまた違う、優しい笑顔に思わず頬を染めるシュヴァイゼルトの姿を見て、イタズラっぽくニヤニヤしながら頬をつつく。
気恥ずかしさでどうにもならなくなった少年は、半ば強引に話題を切り替えようと声をあげた。
「あ、あの! そろそろ移動しませんか?! ね?!」
「面白かったのだが……、まぁ仕方ないか。ひとまず川に向かい、食事を取ったら出発しよう。その様子だと、まともなものは食べられていないのだろう?」
迷いなく歩を進め始めるレーティア。しばらく歩くと水のせせらぎが聞こえ始め、川が見えてきた。
川辺に陣取ると、手際よく食事の準備を済ませ、食べるよう促す。
「ほら。保存食ばかりだから味はイマイチかもしれないが、食べておけ。まだまだ歩くぞ」
「ありがとうございます。……いただきます!」
昼食のメニューは堅パンに干し肉をはさんだサンドイッチ。
味は質素でパンもとても歯ごたえがあったが、久しく食べていなかったまともな食事に、シュヴァイゼルトは涙を流しながら、夢中で平らげた。
「休憩がてら、少し話でもしないか?」
「ぜひ。僕も聞きたいことがあったんです」
「ほう? 恋人ならいないぞ?」
「ちちちちち、違いますよ!! 森の中を進んでいくとき、地図もないのに迷わず目的地に向かっているような気がしたので、方向を把握できる魔道具でもあるのかな? と思ったんです!」
激しく動揺するシュヴァイゼルトを見て、クックックと声を我慢して笑うレーティアは、落ち着くとどこか神妙な顔つきで質問に答えた。
「魔道具の中には似たような効果を持つものもあるが、私のは違うよ。特技……みたいなものかな」
それ以上踏み込んでほしくないような、そんな雰囲気を感じ取ったシュヴァイゼルト。
「すごい特技ですね! さぁ、僕にもなにか質問はありますか? なんでも答えますよ!」
「ほう、なんでもだな? それじゃあ、君の好みのタイプについて詳しく聞かせてもらおうか」
「へ?! いや、あの、それはですね、その……」
「君をからかうのはとても面白いな」
「意地悪しないでくださいよ、レーティアさん!!」
静かな森の中に笑い声が響き、穏やかな空気が二人を包む。
どこに魔物がいるかもわからない中で、大きな声をあげるなどもってのほかだろう。それでも、レーティアはあえて、シュヴァイゼルトに気付かれぬよう周囲を警戒した上で、この雰囲気を作った。
成人したばかりの年端もいかぬ少年が森の中で一人、死と隣り合わせで生活した挙句、魔物に襲われた。そんなシュヴァイゼルトの心を気遣った、彼女なりの優しさだった。
ひさしぶりの穏やかな雰囲気を満喫したシュヴァイゼルトは、休憩を終えると軽快な足取りで町へと歩を進めていくのだが、突如足を止めてしまう。
「どうかしたか?」
「すみません、少しだけ寄り道をしても良いでしょうか?」
振り返ったレーティアに、申し訳なさそうに告げる。
「それは構わないが……」
不思議そうなレーティアを横目に、シュヴァイゼルトは目に入った場所へと歩きはじめる。
行き着いた先は、身を隠すために利用していた大樹だった。
「ここを離れる前に、もう一度会う事が出来てよかったです。短い間でしたが、お世話になりました。お陰でこうして、命を繋ぐことが出来ました。本当にありがとうございました」
大樹に感謝を伝え、頭を下げるシュヴァイゼルト。
「お待たせしました。もう大丈夫です」
「……そうか。じゃあ出発しよう」
レーティアはどこか嬉しそうに口元に笑みを浮かべると、再び町へ向けて進みはじめる。
その日は夜営をし、翌日は日の出と共に出発。何度かゴブリンとの戦闘と休憩をはさみながらも順調に森の中を進んで行き、日が落ちる前に二人はビートダッシュにたどり着いた。
町の周りは石を積み上げた壁で覆われているが、所々欠けている。
入り口に立つ木製のアーチには『ビートダッシュへようこそ』と書かれているが、かすれていてほとんど読めない。先に広がる小規模ながら密集された家屋や建物は、利便性を追求した結果なのだろう。
「ここが駆け出し冒険者の集う町、ビートダッシュだ。ある程度なんでも揃っているし、住み慣れれば結構良いところだぞ」
ごった返す町中を歩きながらレーティアが説明すると、シュヴァイゼルトは思わず「えっ?」と間の抜けた声と共に、怪訝そうな表情を浮かべる。少し進めば罵声が聞こえて来る、そんな場所が良いところだとは到底思えなかったのだろう。
「ま、まぁ人それぞれだからな、うん。ひとまず冒険者ギルドに行こうか」
どこか慌てた様子で先を促すレーティアを、不思議そうに見つめるシュヴァイゼルト。
彼には他にも疑問な点があった。町の住人と思わしき人々、その中でも特に冒険者風の者達から向けられる視線がひどく冷たいように感じたのだ。
視線に気付いてすぐは、レーティア――容姿の美しい女性が男を連れ歩いていることに対する嫉妬か何かだろうと推測。どうせ勘違いだしすぐに誤解は解けるだろうと気にしていなかったシュヴァイゼルトだったが、どうやら視線を向けられている相手が自分ではなくレーティア自身であると気付いてしまってからは、どうしてなのだろうと理由が気になってしまうのは仕方の無い事だろう。結果は言うまでもなく、聞けず終い、ではあるのだが。
「わぁ、ここが冒険者ギルド……!!」
目の前にそびえる石造りの大きな建物。往来する冒険者の面々。
初めて見る光景に、先ほどまでの疑問など吹き飛んだシュヴァイゼルトは歓喜の声をあげた。
「ビートダッシュは町を出てすぐに初心者でも比較的探索しやすいガーレイ大森林が広がり、少し行けば迷宮都市セリエンスもある。近くにギリー鉱山もあるから資源も豊富だし、駆け出し冒険者にとってこれほど良い町はなかなかないんだ。だから、ほかの駆け出しの町に比べても活気がある」
「そうなんですね。確かに凄く賑やかです!」
これからしばらくはお世話になるであろう町。心配な面ももちろんあるが、それ以上に新しい町へのわくわく感が、シュヴァイゼルトの心を埋め尽くしていた―――。
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