第5話 金田少年の事件簿 04

 流麗が聞き込みを終えたことを外にいる阿穴に伝えると、外で待機していた5人は健室に戻った。流麗は大事そうにハンディカムをかかける川屋に話しかけた。


「川屋君。もしよろしければそのビデをカメラを貸していただけませんか?」


「え……でもこれ壊れてますよ?」


「大丈夫です。撮影するわけではないので」


 秀夫は壊れたビデオカメラを流麗に渡した。カメラを受け取った流麗はそれをそのまま阿穴に渡して二、三言葉を交わす。すると彼女は真剣な表情でハンディカムを持って保健室を出ていった。


「さて、金田君」


「うお!? 何だいきなり!?」


「確認したいことがあるので少し手伝っていただけませんか?」


 流麗が真に笑顔を向ける。すると真はやる気に満ちた顔で「まかせとけ!!」と胸を叩いた。


 …………


 秀夫と福岡を保健室に残して、流麗たちは外へ出た。


「で、何するんだ? うんち探偵」


「慌てないでください。後で説明しますよ」


 実験にはもうひとり大人の助けが必要だということで一度会議室へ向かうことになった。そして、4人が会議室の中へ入ると、なぜか大町が椅子から立ち上がるほどに驚いた。


「コ、ビ……!?」


 彼の視線の先にいるのはコビドだった。


「なんですか急に?」


 晦日が眉間にシワを寄せる。


「今コビって言いかけたんだぞ! もしかして恋人にしてほしいって言おうとしてたんだぞ?」


「大町先生……」


「マジかよ!?」


「先生!?」


 カオリ、真、晦日の軽蔑眼差しが大町を射抜く。


「や、やだな。もしも僕にそういう趣味があるならとっくの昔にこの学校の児童に手を出してますよ。あ、あははは……」


「まあ、たしかにそうだよな」


 真はそれで納得したようだが、カオリと晦日はどうにも納得できない様子だった。


「笑い事じゃありません。いまのは問題発言ですよ、大町先生!」


 晦日は鋭い眼光を大町に向けた。


「う、すいません」大町は失言を侘びた後、急いで話題を変える。「そ、それより探偵さん! 今回はなんの要件ですか? もしかして犯人がわかったとかですか?」


「犯人については未だに……。ですがそれを調べるために1つ実験をしようと思いまして、できればお二人に協力をお願いしたいのですがいいですかな?」


「え、ええ! もちろんですとも!」


 大町は針のむしろのような状況を変えられるならと安請け合いした。一方晦日は冷静で実験とはどういうものかと訊ねた。


 そこで流麗はこの場にいる全員に実験の詳細を説明した。


 実験の内容は2つの場所に分かれて、一方が大声を出してその声がもう一方に届くかを調べるという単純なものだった。ただこの実験には携帯電話が必要で、流麗の他にそれを持っている人間がもうひとり必要だった。


「なるほど、それで僕が」


「その場合だとわたくしは携帯電話を持っていないので関係ないのではないですか?」


 それは至極まっとうな意見だったが、


「先程2箇所に分かれると言いましたよね? 双方で連絡を取り合うわけですから私と大町先生は絶対同じグループにはなりません。つまり、例えば私と金田君が同じグループになると、大町先生は澤出さんとコビドさんとグループを組むことになります。――私が何を言いたいかわかりますよね?」


「そうですね。それは大変なことになりそうですね」


 察しのいい晦日はすっと椅子から立ち上がった。


「え、いや、だから僕は――」


 大町は必死で取り繕おうとするが先程の発言ですっかり信頼を失っていた


 こうして6人で実験を行うことになった。


 …………


 流麗と真の2人は新校舎の3階にある茶道室へ、残りの4人は旧校舎の1階にある宿直室前へと移動した。


 流麗は茶道室へ入ると部屋の電気を点ける。そこは八畳ほどの座敷だった。


「あ、金田君。扉はきっちりと閉めてください」


 流麗は後に入ってきた真にそう言うと自分は畳の上で仰向けに寝転んだ。


「え? なんでいきなり寝るんだよ、うんち探偵?」


「うん? それはですね。なるべくその時の状況を再現するためですよ」


 真は流麗が何を言っているのかわからず首を傾げた。


 そして流麗は仰向けになったまま携帯電話を取り出した。


「あ、もしもし。大町先生ですか? こちらの準備はできましたので、この電話を切ってから1分後に手はず通りにお願いします」


 流麗は携帯を切ってそれをポケットにしまった。そんな彼の目的がわからず真はただ黙って仰向けに寝る流麗を見届けた。


 ――――


 大町は電話を切ると携帯の時計を確認する。そして1分が経過した。


「それじゃあ澤出さん。お願いしますね」


「はい」


 カオリはうなずいて、めいっぱい息を吸い込んだ。そして、


「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 力の限り叫び声を上げた。


 あまりの煩さに晦日、大町、コビドの3人は耳をふさいだ。


「はぁー。はぁー」


 叫び終わったカオリが肩で息をする。


 大町はカオリが叫び終わったのを確認して流麗に連絡を入れた。


 ――――


「叫び終わったのですね? わかりました。――ああ、電話はこのまま繋いだ状態でお願いします」


 流麗は携帯を手にしたまま起き上がった。


「叫び終わった? 何も聞こえなかったぜ?」


「ええ。そうですねえ」


「なあ、うんち探偵。何も聞こえなかったけどこれでいいのかよ?」


「大丈夫、問題ありません。次は外です」


 真の疑問は増すばかりだった。


 流麗は茶道室を出たすぐの廊下の窓を全開にした。真も流麗に並んで窓際に立った。


「こちらの準備は完了です。では先程同様、この電話を切ってから1分後にお願いします」


 流麗は電話を切った。


 ――――


 大町が電話を切って時計に視線を移す。それを見てコビドが話しかけた。


「次も叫ぶなら今度はあたしがやるんだぞ!」


 コビドは叫びたくてウズウズしていた。


「そ、そうなんですか?」


「うん。わたしもちょっと疲れたし代わってもらおっかな」


 カオリが言うと、コビドはおもいきり息を吸い込んだ。そして、


「うんちぶりぶりなんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! おもらしでパンツビチョビチョなんだぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


「なんと下品な!?」


 コビドの叫んだ内容に晦日が顔を真赤にして注意する。


「ん? ダメか? でもマズちゃんはいつも笑ってくれるんだぞ!」


「マズちゃんてだれよ!」


「マズちゃんはあたしの1番のともだちなんだぞ!」


「そ、そう……」


 なぜか叫んでいないはずのカオリは疲れたような顔をしていた。しかし晦日の方はまだエンジンが掛かったままだった。


「何なのですかあなたは!? みたところうちの生徒ではありませんね? 子どもだと言うのに髪までピンクに染めて、あなたの親は一体どういう躾をしているんですか!?」


 するとコビドは怒りを露わにする。


「む。ママのこと悪く言うやつは許さないんだぞ! 妖怪ババァは死刑なんだぞ!」


「んまァ!!!!! なんですって!!!!!」


 一触触発。コビドが臨戦態勢に入ろうかという瞬間にそれを止めたのは大町だった。文字通りその巨体を2人の間に割り込ませた。


「ふ、ふたりともダメですよ!! ――晦日先生、相手は所詮は子ども戯言ですよ。落ち着いてください。――君もそういう暴言はよくないですよ」


 それで何とか2人は引き下がったが、どちらも謝罪の言葉を述べることはなかった。


 落ち着いたところで大町が流麗に電話をかけた。


 ――――


 窓際に立つ2人の耳に下品な言葉が聞こえてきたが、それは叫び声と言うほどの声量はなかった。


「何だよ今の!」


「澤出さんの声じゃないですね」


「だったらコビドか!?」


「ほっほっほっ。おもしろい少女ですね。――まあそれはそれとして、金田君。今ので事件の犯人がわかりましたよ」


「え!? マジかようんち探偵!?」


「ええ。早速皆さんを集めて私の考えを披露しましょうか」


 少し遅れて大町から電話がかかってきた。それで流麗は電話の向こうにいる4人にも会議室へ来るようにと伝えた。

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