第4話 金田少年の事件簿 03
流麗たちが事件の捜査を行っている頃、真とカオリ、コビドの3人は秀夫がいるはずのトイレに到着してた。
「おい! ビデ夫! まだトイレ中なのか!?」
真がトイレの中に向かって叫んだ。だが返事はなかった。真が中に入って確かめるがそこに秀夫の姿はなかった。
「ビデ夫くんいないの?」
「ってか当たり前だよな。結構時間経ってるし普通はトイレ終わってるよな」
「じゃあどこにいるのよ……」
「知らねぇよ。とにかく探すぞ!」
それから3人はビデ夫の名を呼びながら2階、3階、1階の順に探し回った。そして、1階にある保健室の前を通りかかったときだった。扉がガラガラと開いて福岡が顔を出した。
「あ、先生!」
「あなたたち。まだいたの!?」
「そんなことより先生!! ビデ夫が――ビデ夫のやつがいなくなっちまったんだよ!!」
真は涙目になりながら福岡先生に縋った。
「ビデ夫って、川屋君のことよね? 川屋君ならここにいるわよ」
福岡先生が扉を大きく開けて中が見えるようにすると、ベッドに腰掛ける秀夫がそこにいた。
「ビデ夫! 無事だったのか!?」
真たちは秀夫に駆け寄った。
「ヒドイですよ金田さぁん。なんで置いてくんですかぁ」
秀夫はべそをかきながら真に抱きつこうとするが、真はそれを軽くかわした。
「しかたないだろ。急に叫び声が聞こえて居ても立ってもいられなくなったんだよ。それでうんち探偵を呼びにってたらつい……な」
「ところでビデ夫くんはなんで保健室にいるのよ」
カオリが訊くと、ビデ夫の代わりに福岡が答えた。
「川屋君はね。階段の下で倒れていたらしいのよ」
「倒れてたって、何があったんだよ!?」
「それが、実は――」
秀夫は2人とはぐれてから何があったのかを語りだした。
トイレの前で待機していた2人が聞いた悲鳴は秀夫にも聞こえていた。慌てて用を済ませ外に出たがそこには2人の姿はなかった。その場でひとりで待つのが怖かった秀夫は意を決して2人を探すことにした。そのとき、2階の窓から黒い影が飛び込んでくるのが見えた。それに驚いた秀夫は一目散に逃げ出しその途中で階段で足を踏み外して気を失ったのだった。
「それで、倒れているぼくを見つけた先生が保健室に運んでくれたんですよ」
「川屋君を見つけたのは晦日先生で、運んだのは大町先生よ」
福岡がフォローする。
「でもよ、影を見たくらいで大げさすぎだろ」
「ただの影じゃないですよ! あれはオバケだったんです!」
秀夫はその時のことを思い出して身震いする。
「またまたー。わたしたちを怖がらせようとしてウソついてるんじゃないの?」
「ウソじゃないですよ! だって窓の外から急に現れたんですよ! 証拠だってあったんですから!」
「あった? なんで過去形なんだ?」
「う、それが……ぼくのビデオが失くなっちゃったんですよ。あのビデオがあればそこにはバッチリオバケの姿が映っているはずなんですよ……」
秀夫はしゅんと肩を落とした。
「失くしたら探せばいいんだぞ」
それまで黙って話を聞いていたコビドが提案した。
「……この子。誰です?」
秀夫は見慣れない女の子の姿にキョトンとする。
「うちの生徒じゃないわね。金田君のお友達かしら?」
福岡もまた首を傾げる。
「こいつはコビドっていうんだ。うんち探偵を呼びに行ったとき海岸で倒れてたから助けたんだ。――それよりこいつの言うとおりだぜ。ビデオを探してみよう!」
真が言うと、秀夫は喜んでベッドから飛び降りカオリ、コビドとともに保健室を出ていこうとする。
「待った、秀夫はここで休んでろって」
「どうでしてですか!?」
「気ぃ失ってたんだろ? 途中で具合悪くなったらヤバいだろ?」
「金田さん……」
秀夫は自分を心配する金田の言葉に瞳をうるませる。
「そんじゃ行ってくるぜ!」
会話の流れそのままに3人を送り出そうとする福岡がハッと我に返る。
「――て、ダメですよあなたたち。もう夜遅いんですから。親御さんも心配しているでしょうし、先生が家まで送ってあげますから一緒に帰りましょう。川屋君のビデオは先生が探しておきますから。いいですね?」
「やだよ。俺たちはこの事件を解決するまで帰らないんだ!」
「あ、コラ。待ちなさい!」
真はぶっきらぼうに言って、福岡を振り切るように教室を飛び出し、カオリとコビドもそれに続いた。
――――
真たちがビデオカメラ探しを始めるとすぐにそれは見つかった。しかし見つけた場所が問題だった。
「マジかよ……」
ビデオカメラを見つけた場所は、2階の廊下にある手洗い場だった。そこに水がはられたバケツがあって、その中に秀夫の大切なハンディカムが沈められていたのだ。
機械を水に浸けるとどうなるか――それを知っている真とカオリは落胆し、ただただバケツの中のカメラを見つめるばかりだった。
そうとは知らないコビドがバシャッとバケツに手を突っ込んでビデオカメラを取り出し、それを真に差し出した。
「見つかってよかったんだぞ!」
「あのなぁ、これじゃあもう使い物になんねぇんだよ……」
経緯はどうあれこの事を秀夫に報告しないわけにはいかず、真は仕方なくそれを受け取った。
そして、意気消沈する真とカオリと達成感にあふれるコビドの3人は保健室に戻ることにした。
ビデオカメラを見つけた3人が保健室へ戻る途中、1階の廊下で保健室を目指して歩いていた流麗と阿穴に出くわした。
「おや? これはこれは、金田君たちじゃないですか?」
「あ、うんち探偵……」
「ん? 何やら元気がありませんねえ」
流麗が外の景色に負けないくらい暗い表情をしている真に心配そうに声をかけた。
「実は……」
真がこれまでことを流麗に話した。
「川屋君がオバケを見た。そして気を失っている間に大事なビデオカメラを失くした。それを見つけたけれど、見つけた場所は水の中だったと……」
話を聞いた流麗はふむと顎に手をあて唸った。それから子どもたち一人ひとりに目を向けて、
「ところで、川屋君本人がいないようですが?」
「ビデ夫君は保健室です」
カオリが言うと、流麗は自分たちも丁度保健室へ行く途中だったのだと説明して5人は保健室へ向かうことになった。
…………
保健室の扉が開いた。
「やっと帰って来たわね! いいですか、今度こそ――、え? 刑事さん!? ……と、ええ!?」
てっきり真たちが帰ってきたのだとばかり思って注意の言葉を投げかけようとした福岡。しかし実際に現れた流麗と阿穴を見て思わず言葉を飲んだ。……が、その後に続いてぞろぞろと保健室に入ってくる子どもたちを見て彼女の頭は混乱する。
「あの、これは?」
「お騒がせしてすみません。本当は2人で来るつもりだったんですが、途中で子どもたちと会いましてね」
「金田さん! 見つかりましたか!?」
ベッドに腰掛けていた秀夫が流麗のあとから保健室に入ってきた真に駆け寄った。
「あ、ああ……。けどよ」
真は言いよどんで、申し訳無さそうにビデオカメラを取り出した。
「わああっ!! さっすが金田さん!! ありがとうございます!! これでオバケの姿が――」
秀夫が喜びはしゃいでカメラのスイッチを入れた。だが電源は入らなかった。秀夫は「バッテリー切れ?」と呟きながら首を傾げながら何度もスイッチを押した。しかしそれはうんともすんとも言わなかった。
「それ水浸しだったんだぞ。きっと壊れてるんだぞ」
「は……?」
何も言おうとしない真とカオリに変わって、コビドが無邪気にその時の状況を説明した。
「そ、そんなぁ……」
ショックのあまり秀夫は地面に膝を付いて、愛おしそうにそれをビデオカメラを抱きしめた。
「でも、誰がやったのかしら?」
話を聞いていた福岡が疑問を口にした。
常識的に考えてビデオがひとりでにバケツの水に入ったということはありえない。
「普通に考えればビデ夫が気を失ってる間に誰かがカメラを水に浸けたってことだよな……」
「簡単だぞ。無許可で撮影されたオバケが怒って水に浸けたんだぞ」
「はぁ? オバケがそんなことするわけないだろ?」
すると何かひらめいたカオリがパンっと手をたたく。
「そ、そうだわ! もしかしてビデ夫くんが撮影したのはオバケじゃなくて人間だったんじゃないかしら?」
「そ、そんなはずないですよ!? さっきも言いましたけど、黒い影は外から入ってきたんですよ」
「そっか、ビデ夫がオバケを見た場所は2階だったもんな。さすがに人は空飛べないしな」
「そうなんです。だから絶対オバケなんですよ」
「あたしは空を飛べる人を知ってるんだぞ!」
コビドは自慢気に腰に手をあてて胸をそらした。
「ほんとう!?」
驚くカオリを見て真はやれやれと首を左右に振る。
「カオリ、こいつの言葉を本気にすんなって」
真は度々おかしな言動をするコビドのことをまったく信用していなかった。
「川屋君。あなたが気を失った場所は2階の廊下ということで間違いありませんか?」
流麗がいつになく真剣表情で改めて確認する。
「は、はい」
「なるほど」
流麗は得心がいったというように何度もうなずいた。
「あのぉ、ところでおふたりがここに来た理由は……?」
福岡が申し訳なさそうに訊ねた。
「おお、これは失礼しました。私は探偵をやっております馬場流麗と申します」
流麗はハットを浮かせて軽く頭を下げた。
「おお! うんこみたいな頭だぞ!」
コビドが言うと、阿穴と福岡が苦笑いを浮かべる。
「ええと、存じてますよ。馬場さんはこの町では有名人ですから」
「ほっほっほっ。そう言っていただけると光栄です。――ではこのままお話を聞いてもよろしいですかな?」
そして、流麗はそのまま福岡から話を聞くことにした。
「確認しますが、あなたが第一発見者で間違いないですね?」
「はい」
「一度目の見回りが終わった後職員室で休憩していた、というのも間違いありませんね?」
「……はい」
「そうですか。ですがそうなると妙なことになるんですよねえ」
「妙なこと?」
福岡が首を傾げる。
「ええ。阿穴刑事の話によれば被害者の死亡推定時刻は22時20分から23時までの間であると推察できます。その間先生方はそれぞれ別の部屋で休憩していた……。となれば、よほどのことでもない限り他人の部屋を訪ねることなどなかったはずですよね? ――さてあなたは、休憩も疎かに何の理由があって被害者である愛知さんの休憩室を訪ねたのですかな?」
流麗が言うと阿穴の福岡を見る目が厳しくなった。
「まさか先生が!?」
カオリが驚きの表情を浮かべ口を手で覆う。
「ち、違うわ!」
「では、理由をお答えいただけますかな?」
「そ、それは……」
言いよどむ福岡。
「言えませんか?」
彼女はちらりと子どもたちの方に視線を向ける。そして次に流麗に視線を移した。それで察した流麗が阿穴に子どもたちを外へ出すよう伝えた。
「ほら君たち外へ出てるわよ」
「えー?」
「だいたい君たちはもう家へ帰っていないといけない時間でしょ? それとも補導されたいのかしら?」
阿穴が悪戯な笑みでちょっと脅しをかけると真たちは素直に保健室の外へ出た。
「ありがとうごさいます……」
「いえいえ。子どもたちに聞かせたくない話なのでしょう?」
福岡がうなずいた。そして……
「実は私……愛知先生のことが好きだったんです。それで、こっそり愛知先生に会いに行こうとして保健室を抜け出したんです。そうしたら……彼があんなことに……」
話をする福岡の頬を一筋の涙が伝う。
「なるほど。そうでしたか……」
流麗は感慨深げに面を下げる。
想い人が無残な姿になっているところを目の当たりにした彼女は、それを悟らせなまいと他の先生たちの前では気丈に振る舞っていた。しかし、それを流麗に伝えたことで安心し彼女は涙を流した。
流麗は福岡が話ができるまでしばらく無言で見守った。
「すいません。もう大丈夫です」
福岡が目元を指で拭いながら言った。
「失礼ですが、あなたの気持ちを知っている方はいたんですか?」
福岡は「いいえ」と首を左右に振った。
「彼の気を惹くための行動もなかなかうまく行かなくて、何度か誰かに相談しようとも思っていたんですがそれも恥ずかしくて勇気が出ず……。そんな時にあんな事があってますます相談できなくなってしまって……」
「あんな事?」
「えっと、以前彼が仕事中にパソコンをそのままにして席を離れたことがあって、そこに女性に対して誹謗中傷を行う書き込みが残されていたのを誰かが見て噂として広まっていったんです」
その噂は浜内小学校に勤めるすべての女性教師の知ることになるのにそう時間はかからなかった。そんな状況で自分が愛知先生のことが好きだということが知られれば何を言われるかわかったものではない――そう思うと彼女はますます自分の思いを口外できなくなってしまったのだと語った。
「私は実際に彼のパソコンを見たわけではないので真偽は不明です。でも、仮にそれが本当のことであっても彼は決して悪い人ではないんです! 根はいい人で、きっとSNSだと自分の正体がバレないと思って気が大きくなってそういう事を繰り返していただけだと思うんです!!」
「好きな人を信じたい気持ちはわかります。ですがこれだけは断言できます。誹謗中傷は悪いことです」
「だから殺されても当然だといいたいんですか!?」
福岡が眉間にシワを寄せる。
「落ち着いてください。私は何もそんな事は言っていません。何があっても人が殺されていい理由にはならないというのが私の信条です」
「だったら――」
流麗は福岡の言葉を乾咳して遮った。
「とにかく落ち着いてください。少なくとも私はあなたは犯人ではないと考えています」
「え? 馬場さん……もしかして犯人が誰かご存知なんですか!?」
「いいえ。ある程度予想はできていますが、まだ断定はできません。それをより確かなものにするためにあなたに訊ねたいのです。――最近晦日先生と大町先生になにか変わった様子はありませんでしたか? どんなに些細なことでも構いませんよ?」
そう訊かれた福岡は記憶を手繰りよせるように思考を回転させる。そして……
「えっと……そう言われるとあの2人は愛知先生の無惨な姿を見てもあんまり動揺してなかったような気がします」
それは流麗が会議室で2人を見た時に感じた違和感と同じだった。しかしそれは時間が経って落ち着きを取り戻したわけではなく最初からそうだったということだった。
「それに……大町先生がコーラを飲んでいたんです」
「コーラ? のどが渇けばコーラくらい飲むと思いますが?」
「いえ、違うんです。大町先生は以前炭酸が苦手だって話していたことがって。実際に私は今日まで大町先生が炭酸系の飲み物を飲んでるところを一度も見たことがないんです」
炭酸が苦手……それが一体どうしたのかと言いたくなるような本当に些細なことだった。苦手であって嫌いなわけではないのだからやむを得ず飲んでいたとも考えれる。しかしこの指摘に、流麗の頭にある考えを浮かび上がらせた。その考えはとても現実的なものではなかったが、その考えが正しければ先程秀夫が言っていた2階の窓の外から現れた黒い影の話にも説明がつく。
それから流麗は他に気づいたことはないかとさらに質問したが福岡はもうないと答えた。
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