第6話 ヒステリと言う勿れ

 会議室へ行く途中流麗は保健室にいる2人にも声をかけた。そうして会議室に集まったのは福岡、晦日、大町と子どもたち4人と流麗。それに阿穴も加わった。


「まず結論から申し上げますと、愛知さんを殺害したのは晦日さん。あなたです」


 流麗はっきりと断言した。


 コビド以外の全員が驚いた顔で晦日に視線を向ける。


「ああ、やっぱりこいつが犯人だったんだぞ! ママの悪口をいうやつはみんな悪いやつなんだぞ!」


 コビドは先程のやり取りを完全に引きずっていた。


「ちょっと黙ってろって」


 真がコビドの口をふさいだ。


「は? な、何を根拠にそんな事を!?」


「なるほど……。あくまで白を切るつもりですね」


「白を切るも何も犯人ではないのですから否定するのは当然でしょう!」


「わかりました。そこまで言うならこうしましょう。――今から私はここでうんちをします!!」


「は……?」「……え?」「なんですって!?」


 流麗のいきなりの発言に先生たちが三者三様の反応を見せる。驚いていたのはその3人だけではなくその場にいた全員だった。


「私のうんちは特別性です。ひとりでに動き出し犯人の顔に向かって飛んでいきます!!」


 文字通りクソみたいな話を大真面目に話す流麗。


 教師の3人、小弁探偵団の3人、そして阿穴は完全に言葉を失っていた。


「おおっ! すごいんだぞっ!」


 ただひとりコビドだけが面白がっていた。


「うんちが飛んでくのか!? すごい能力だぞ!! 顔にベチャってなってなるんだぞ!!」


「うっぷ……」


 想像力の豊かなカオリが手で口元を抑えた。


「おい、やめろよ。汚いだろコビド!」


 真の注意も聞かずにコビドが続ける。


「口の中に入って来るかもしれないんだぞ!! そしたら一生うんこマンって呼ばれていじめられるんだぞ!! 悪いやつにはお似合いの末路なんだぞ!!」


「うげぇぇ……」


 耐えきれなくなったカオリがその場で吐いてしまった。それを見た阿穴が嘔吐するカオリに「大丈夫?」と寄り添い声をかけ会議室の扉を開ける。そして外に待機していた警察官に事情を説明し介抱するように言いつけた。


「おいコビド!! いい加減にし――」


 その時だった――


「嫌です!! それだけはあああ――!!!!」


 晦日が顔を両手で覆ってその場に膝から崩れるように座り込んだ。


「それは自供と判断していいですね?」


 晦日はコクコクと小さくうなずく。


「そんな!? まさか本当に晦日先生が犯人なんですか!?」


 福岡は驚いた顔で晦日を見る。殺された愛知が想い人だっただけに複雑な心境であることは容易に想像できた。


「ちょっと待ってください」待ったをかけたのは阿穴だった。おほんと咳をして、「こう言ってはなんですけど、今のはどう見ても自白の強要じゃないかしら? たとえ犯人でなくても、あのようなことを言われれば彼女のように自分が犯人だと言ってしまう可能性は否定できないでしょう」


 それは晦日を庇いたかったわけではなく公平な立場からの指摘だった。


「いえいえ。ご心配なさらず。そもそも私のうんちにそんな能力はありませんし、私はここでうんちをするような酔狂な人間でもありませんよ」


「え? ウソだったんだぞ? うんちが飛んでいくとこ見たかったんだぞ」


「あまり趣味がいいとは言えませんよ流麗さん」


 阿穴の流麗を見る目がほんの少し変わった。


「まあまあ。ちょっとカマをかけてみたんですよ。それにどうして彼女が犯人であると判断するに至ったかはこれから説明します」


 流麗は一度言葉を区切り、周囲を見渡す。


「最初に私が強烈な違和感を覚えたのは晦日先生が悲鳴が聞こえたので急いで階下に降りたと証言したことです。晦日先生が休憩していたのは新校舎の3階にある茶道室で福岡先生が悲鳴を上げたのは旧校舎の1階。果たしてその距離で本当に悲鳴など聞こえたのでしょうか……と。それで先程金田君たちと一緒に実験をしてみました」


「そっか、あれはそういう実験だったんだな」


 真はようやく腑に落ちたようだった。


「1回目は茶道室で戸を閉め切って実験を行いました。その結果声などまったく聞こえませんでした。2回目は廊下に出て窓を開けた状態で行いました。すると今度は声が聞こえて来たのです。ですが……それはおそらくコビドさんの声が大きかったからでしょう。実際はそこまで大きく聞こえなかったはずで、おそらく何か聞こえたような――と言った感覚だったはずです」


「でもそれだとおかしくないですか? 私が思わず叫び声を上げたのは事実ですし、だったらどうして晦日先生は私が叫んだことを知っていたんでしょうか?」


「それは簡単な話ですよ。晦日先生が福岡先生の叫び声が叫び声だと認識できる範囲内にいた。ただそれだけのことです」


 本来なら余裕を持って犯行に及べるはずだったが、晦日の想定していなかったことが起きた。それは福岡がこっそり職員室を抜け出し愛知に会いに行こうとしたことだった。そのせいで晦日が自室に戻る前に遺体が発見されてしまい彼女は福岡の叫び声を聞いて宿直室に舞い戻る羽目になったのだった。想定外なことと言えば子どもたちが夜の学校内に侵入していたこともそうだった。


「さらに晦日先生の証言にはもうひとつ違和感がありました。それは気を失っている川屋君を見つけたという発言です。――晦日先生は福岡先生に警察を呼んでくれと言われて職員室に向かう途中で気を失っている川屋君を見つけたと言っていましたが、彼が気を失っていたのは階段下の廊下。職員室へ直行したのならばまずその存在に気づくことはないはずです」


 新校舎と旧校舎をつなぐ渡り廊下からみて階段と職員室は真逆の方向に位置している。さらに階段がある場所は少し奥まった構造になっていて、仮に渡り廊下を渡り終えた後左右を確認したとしても廊下の下に倒れている秀夫を発見することはできなかったはずなのだ。


「職員室へ行く前に川屋君の存在に気づくためには2階へ行こうとしない限り不可能なんです。一刻も早く警察を呼ばなければいけない状況でどうして2階へ行く必要があったのですか?」


「たしかに、わざわざ2階へ行く必要はないわね」


「それは大町先生を呼びに行ったからで――」


「いいえ、あなたは最初に職員室に電話をかけに行ったあとで大町先生を呼びに行ったと言っていましたよ。今の話はそれと矛盾してしまいます」


 面を上げ流麗に訴えかけようとした晦日は言いよどみ再び俯いてしまった。


「でもさ、晦日先生が2階へ上がろうとした理由ってなんだ?」


「おそらく犯行を終えた晦日先生は茶道室に戻ろうとしたしているところで福岡先生の悲鳴を聞いたのでしょう。それで慌てて着ていたレインコートのようなものを脱ぎ捨てて現場に舞い戻ったんだと思います。現場があれだけ凄惨な状態だったのに犯人が返り血を浴びていないはずがありませんからね。でも脱ぎ捨てたものをそのままにして置けるはずはありませんから、彼女は警察を呼びに行くついでにそれを回収しようと考え、その途中で川屋君を見つけたのでしょう。それから急いでコートを処分し。職員室へ向かったのでしょう」


 流麗は床にへたり込んで俯く晦日の前で片膝を付いて話しかけた。


「先程警察の方に3階の茶道室とその周辺の捜索を行うように頼んでおきました。私の推理が正しければ被害者の血液が付着したコートか何かがすぐに見つかるはずです」


 晦日は観念して「はい」と消え入りそうな声で答えた。


「でも……晦日先生が愛知先生を殺す理由はなんなんですか?」


 福岡が流麗に訊ねた。それは彼女が最も知りたいことだった。


「それは……私にもわかりません。よろしければ、理由をお訊ねしても?」


 流麗が晦日に話を振ると彼女はとつとつとその理由を話しはじめた。


 愛知が行っていたインターネット上でフェミニストに喧嘩を売る行為。それは福岡が言っていた通り女性教師の間ですぐに噂として広まった。その噂を聞いて最も不快感を感じていたのは他でもない晦日だった。彼女はフェミニズムの気があり、それ故に愛知の行っていた行動が許せなかったのだ。実際には愛知は罵ってほしいがために敢えて差別的な発言を行っていたわけだが、それを知る由も無い晦日は怒りに任せて犯行に及んだのだった。


「それで、わたくしはそれが許せなくて。だってそうでしょう!? 彼は人を差別するような低俗な人間だったんですよ――!!!」


 晦日の中の怒りが再燃し感情的な様を見せる。


「話し合おうとは思はなかったんですか?」


 質問したのは福岡だった。


「必要ないでしょうそんなもの!? 低俗で次元の低い人間にわたくしの言葉が通じるとは思えませんもの!!」


 話を聞いていた流麗はその主張に同意するかのように首を縦に振った。


「差別をする人間は低俗で次元が低いという貴方の意見には概ね賛同できます。しかしだからといって最初から対話の道を諦めるのは違いますよ。――どんなに相手のレベルが低くてもその相手にレベルを合わせ、その人の何が駄目なのかを説いていくのがフェミニズムの真髄なのではないのですか? 差別をする人間は次元が低いからと相手にしなければその人はずっとそのまま。それだといつまで経っても差別はなくなりません。……それともあなたは差別を行う人間の命を片っ端から奪うおつもりですか?」


「う……。それは……はい……そう、ですね……」


 晦日は背を丸め声を押し殺して泣きだした。


 流麗に諭され晦日はようやく自分の愚かさを理解できたようだった。しんみりとした空気が漂う会議室の中に晦日のすすり泣く声だけが響いた。


 その後捜索を依頼していた警察が部屋にやってきて晦日のいた茶道室の近くのトイレのゴミ箱から血痕と思われるものが付着している黒いコートが見つかったという報せが入った。それが動かぬ証拠となり彼女が犯人であることがより確実となった。


 これで今回の事件はすべて解決か――に思われたのだが……


「そうなるとビデオを水に浸けたのは晦日先生だったってことか?」


 真がふと疑問を口にした。


「金田君。中々するどいですねえ」


「そんなっ!? 先生がぼくのビデオカメラを!?」


「晦日先生は機械に弱いと自白していましたし。精密機械は水に浸ければ壊れると思ったのでしょう。……が最近の機械はそうとも限りません」


「え!?」


 驚いていたのは他の誰でもない秀夫だった。


「で、でもスイッチを押してもなんの反応しませんでしたよ?」


「もちろんビデオ自体は壊れていたのでしょう。しかし、メモリの方はどうでしょうかね?」


 指摘された秀夫はあっとなにかに気づいたふうだった。


「なんだ? どうかしたのか?」


「メモリーですよ金田さん! あのビデオの中にはマイクロメモリーが挿さっていてそこに動画が保存される仕組みになってるんですよ!」


「しっかりと水分を拭き取って、パソコンなんかで読み取ってあげれば中の映像が見れるかもしれないってことよ。ちなみに馬場さんから預かったビデは警察の方で調査中よ」


 流麗が阿穴にビデオカメラを渡した理由はそれを見越して、メモリーの解析をしてもらうためだった。


「じゃあ時間が経てばオバケが見れるようになるんですね」


「そうね、メモリーは立派な証拠になるでしょうからサルベージをかけるつもりよ」


「やったあ! オバケの撮影に成功したなんてことになったら世紀の大発見ですよ、金田さん!」


「喜んでいるところ申し訳ないのですが、おそらくオバケは映っていませんよ」


 水を指したのは流麗だった。


「え、そんなぁ……」


 と秀夫が落ち込む。


「おそらく川屋君は茶道室に向かう途中だった晦日先生を見たのだと思いますよ」


 すると、その話を聞いていた連行されようとしていた晦日が流麗の方に顔を向けた。


「あの。私がその児童を見つけたとき、彼は既に気を失っていましたよ。それにさっきからなんの話をしているのかわかりませんが、私はビデオカメラなんて知りません」


 その言葉で、流麗をはじめとする全員の表情がこわばった。秀夫と真が顔を見合わせる。


「じゃあ、一体誰がカメラをを?」


「やっぱり勝手に撮影されたオバケが怒って水につけたんだぞ!」


「んなバカな!?」


 真、秀夫、コビドがやいのやいのと言い争う。流麗はその渦中のコビドに視線を向けていた。そんな流麗に視線を向けている人物がいた。それは大町だった。

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