第41話 岬のしじま

「えぇ、なんで?!」




 マリは驚いた声をあげた。しかし引かれたというよりは、純粋に疑問に思った言いようで、コヂカが想像していたリアクションとは違った。横にいるカンナも同じような表情をしてコヂカを見つめている。二人に注目されて、コヂカはその場でありったけの勇気を振り絞った。もう本当の自分を隠したくなんかない。




「なんかうまく言えないけど、この街の雰囲気の象徴って感じがするから。うちらの街ってさ、東京とかとは違って、どこまでも続く海と何もない山に囲まれていて、なんとなく『この世の果て』みたいな物悲しさがあるでしょ。あの観音様は、その感覚を引き立てているっていうか、あの観音様がいるから、この街の景色だなって私は思えるの」


「それってうちらの街が物悲しいってこと?」




 床に寝そべったマリが吹き出すように笑った。




「物悲しいっていうか、賑やかで変化のある街ではないじゃないかな。そんな街だからこそ、落ち着いて暮らせたり、長閑に時が流れたり、過去の生活に思いを馳せることができる。時間が止まったようなこの街には、そういう良さがあると思う」


「ノスタルジーってこと?」


「うん、そういう雰囲気が好きな人って、少数派だけど一定数はいると思うし」


「なるほどなるほど」




 マリは大げさに頷きながら言って、続けた。




「コヂカの言っていること、うちはなんとなくわかるな。毎日は嫌だけど、うちもたまーにゆっくり一休みして、物悲しくなってみたい時ってあるもん。そんな時にあの観音像をみると、たしかに不思議な気持ちになるんだよね」


「え、まじ?」




 ベランダで聞いていたカンナが言った。




「たまーに、だよ。しかもちょっとだけ、ね」


「へえ、うちには分かんないな。どう言われたって、ただのお化け観音像にしか見えないもん」


「まあ、そうだよね」




 横でコヂカがカンナの方を見て言った。




「でもコヂカ話を聞いて、ないと思ってたこの街の良さは再認識できた。大人になって東京とかに出たら、うちにもわかるようになるのかなー」




 するとマリが頭の後ろで腕を組んで言った。




「ならなくてもいいんじゃない? 考え方は人それぞれだし」


「そうだけどさ。二人には分かって、うちだけ分かんないのはなんか悔しいじゃん」


「カンナはまだ子供なんだよ」


「なにそれ、コヂカはいいけど、マリにだけは言われたくないな」




 カンナは拗ねるように言って、海の方へ振りむいた。コヂカも風の気持ち良さにつられて海原を見つめる。




「えー! なんでよ」




 マリは起き上がって、ベランダに駆けてきた。三人は並んで海に風に吹かれる。




「だって一番子供っぽいし、ね? コヂカ」


「うん、それは否定しない」


「えーっ、コヂカまで。もう許さないぞ、お返しだっ」




 マリはカンナのシャツをめくってくすぐろうとした。




「うわっ、やめて。くすぐったい」


「コヂカもだっ」


「ちょ、私も、えっ」




 今度はコヂカも方を向いて、マリは素早く指を動かした。そのまま3人はじゃれあう。何もない岬の先端で、少女たちの笑い声だけがいつまでも響いていた。

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