第32話 花曇りの心

 生徒会長になったコヂカの毎日は忙しく流れていった。コヂカが公約通り設置した目安箱には、さっそくたくさんの意見が寄せれ、生徒のコヂカへの期待の大きさを伺わせた。忙しいながらも、コヂカは嬉しい気持ちになった。やっとコヂカの学校生活が充実を始めたのだ。


 授業を終えて生徒会室へ向かうと、既にカヅキたち1年生が目安箱の開示を行っていた。机の上に束になったB5サイズの投書は、しっかり4つ折りに折り目がついて丸まっている。コヂカが確認するだけでも100枚近くあった。




「海野会長、お疲れさまです」




 カヅキはコヂカを見るなり作業を止めて挨拶した。他の役員たちも続けて頭を下げた。




「おつかれ、今日もすごい量だね」


「はい。でもそれだけ僕らへの期待が凄いってことですよね」




 カヅキは頭をかきながら、作業へと戻った。コヂカはいつも通り会長の席に座ると、目安箱の前から副会長の神崎シホが投書の束を持ってきた。




「海野さん。とりあえず部活に関する要望だけまとめたんだけど」


「神崎さん、ありがとう」




 コヂカはシホから当初の束を受け取る。30枚以上あった。




「私は先に目を通したから」


「なにか気になるものあった?」


「ううん。どれも似たような意見が多くて……」




 シホは困ったように口をもごもごさせて、カヅキたちが投書の整理をしている机に戻った。コヂカの新たな副官となったシホは、今回の選挙で初めて生徒会に入った二年生の女子だ。栗色のおさげ髪を肩まで伸ばし、いつも自信無さげに小さく両手を胸の下で組んでいる。彼女は生徒会に入るまで部活にも入っていなかった引っ込み思案な女子で、コヂカは選挙が始まるまで、シホの存在すら知らなかった。そのため、まだお互いに「さん付け」で呼び合う程度の間柄である。シホをはじめ、コヂカとカヅキを除く役員は全員が生徒会未経験で、コヂカはまだ彼らがどんな生徒なのか、よく知らなかった。


 コヂカは椅子に深く腰掛けると、投書を一枚一枚めくって目を通した。シホの言ったとおり、似たような意見が多い。おそらく運動部の部員からだと思うのだが、広い部室がほしいとか、学校からの支援金を増やしてほしいといった要望で、大半が占められている。しかし細かいところまで目を通してみると、ただ部室を広くしてほしいといった要望だけのものに加え、部員が増えてロッカーが少なくなったので増やしてほしいといった具体的なものも含まれていた。こういった意見にはしっかり答えていきたい。コヂカはそう思っていた。




「部室の拡充はユリカ先輩の時代に十分すぎるほどやりました。もう空いている部室はありません」




 投書の仕分けが終わると、みんなで内容について話し合った。カヅキは、投書の中でも一番多い、部室拡充希望の紙の束を、机に投げるように置いて言った。




「確かに十分すぎるほどやったけど、まだ旧校舎とかに残っているんじゃない?」




 コヂカは会長席から、カヅキが置いた紙の束を見て言った。




「昨日、旧校舎も回ったんですけど、廃部になった部活の部室はありませんでした」


「そうなんだ……」




 カヅキはコヂカの知らない間に動いてくれていた。しかしコヂカはなんだか複雑な気持ちになった。




「こんなに意見が来てるんだもん。真面目にやってる部活だけでも、要望に応えてあげたいよね」




 コヂカがこう続けると、カヅキはあごに右手を当てて考えた。




「うーん、そうですね。現役の部活が持っている、使っているのか分からないような部室を空ければ、ある程度は確保できるかもしれません」


「え、それって、仕分けするってこと、ですか?」




 シホが横から割り込んできた。カヅキに遠慮しているのか、年上なのに敬語だ。




「そうです。もちろん、空けろと言われた部活からは反発もくると思いますが……」


「そりゃそうだよね。うーん、どうしょう……」




 コヂカは頭を抱えて黙りこんだ。会長が何も言わなくなってしまったので、みな意見を出していいのか分からず、話し合いが止まってしまった。少しの間、重たい空気が流れる。前の生徒会なら、ユリカがしっかりとリーダーシップをとって場を仕切っていた。コヂカが机に寝そべるように考えこむと、カヅキは見かねたのか、




「この問題は今、解決できるものではないので、来週に持ち越したらどうでしょうか? ほかにもまだ意見はたくさんありますし……」




と言った。




「そ、そうですね」




とシホも同意する。他の役員も続けてうなずき、コヂカは顔を上げてカヅキの声に従うことにした。




「うん、そうだね。次にいこう」




そう言って、次の話題に移ったが、コヂカの心は恥ずかしさとよく分からない感情で、曇り始めていた。




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