第33話 丸石の愛慕

 2時間にわたる話し合いだったが、何一つ具体的なことは決まらなかった。コヂカは疲れきった体をバスの座席に預け、流れる暗い砂浜を眺めていた。みんなが幸せになるにはどうしたらいいんだろう。答えが分からない疑問が、思う存分、頭を泳いでいた。


 部活関連の要望が多かったが、他にも目安箱に入れられた意見はあった。その中には、コヂカやカヅキが今まで考えてもみなかったようなものまである。




「朝の挨拶活動がうるさいので、やめてほしい」


「挨拶活動は時間の無駄ではないのか?」




 最初は生徒会に対する嫌味か何かだと思ったが、どうやらそうではないらしい。話し合いの席で、コヂカは挨拶活動を経験していないカヅキ以外の役員に、挨拶についてどう思っていたのかを聞いてみた。ほとんどの役員が肯定的な意見を出す中、シホが少し申し訳なさそうに言った。




「生徒会の皆さんが努力されていたのは知っています。でも私は、体調が悪い日に挨拶活動されても、正直返せないし、煩わしいなって思ったことはあります。だからこうした意見が出たことに、私はあんまり驚きませんでした」


「そうだったんだ……」




 シホの告白にコヂカは深く息を吐いた。コヂカたち生徒会がやっている善意の押し付けが、人によっては気持ちのいいものではないときもある。たとえ小さい声だったとしても、生徒の切実な声には変わりない。


 コヂカはどちらかと言えば、少数派の人間だ。みんな気味悪がる廃墟には心を惹かれるし、シーグラスだってカンナたちが選びそうにもない不格好なものが好きである。だからこそ、生徒会長になって少数派の意見は大切にしなければと思っていた。




☆☆☆




 家に帰ると、カナタがいる光景にも慣れてきた。両親は相変わらず仕事で忙しいのだが、母がカナタの面倒を見るために早く帰ってくることも多くなった。生徒会活動で頭がいっぱいのコヂカは、早々と夕食を済ませると、シャワーを浴びて自分の部屋に籠った。




「姉ちゃん、ゲームしよ」




 部屋に入る前のコヂカに、カナタは元気そうな顔で言った。




「ごめん、今日は一人にさせて」




 コヂカは素っ気なくそう返して、部屋のドアを閉める。カナタはその時、少し悲しげな顔になった。コヂカはその表情を見逃さなかった。


 カナタも、もしかしたら、コヂカと同じ孤独を抱えているのかもしれない。周りと共感ができず、友達の話に無理に合わせて、本当の自分を隠す。それは自分にも、友達にも嘘をつく続ける孤独である。


 コヂカの頭の中にある、思い出ではない記憶の中に、5年くらい前のカナタの声がある。あの日はたしか、空と海が異様に近い日で、両親が役場の新年会か何かで、帰ってくるのが遅くなる予定だった。コヂカとカナタは学校が終わったあと、二人で街を探検していた。小さく、か細く、不安げなその頃のカナタの声は、今とは全く異なるものだった。




「せんりょくがん」




 カナタはコヂカに小さな小石を差し出して言った。ここは高校の裏手。観音ワンダーランドまで伸びる裏山の小道を、二人は歩いていた。古い道路だがアスファルトで舗装され、山の斜面からの落石が道のあちこちに転がっている。既に遊園地は閉鎖されており、廃墟まで伸びるこの道を使うものは誰もいない。




「せんりょくがん? なにそれ」




 コヂカはこの時も、カナタに素っ気ない顔でこう言ってしまった。彼は少し悲しそうに眉をすぼめたが、すぐに得意気にコヂカに石を見せて言った。




「これだよ」




 これが閃緑岩というらしい。小学生のコヂカはその存在を知らなかった。灰色に黒いまだら模様が入った、なんてことないただの石ころだ。それでも、カナタにとっては大切なものだったのだろう。カナタは閃緑岩を大切そうに握ると、頬を緩ませ、安堵の表情をした。




「……こいつ、かっこいいんだよ」




 石を右手に持ったカナタは、まるでカブトムシでも観察するように、じっくりと閃緑岩に顔を近づけて、続けた。




「丸い石、四角い石、とんがった石。石にもみんな顔があって、笑ってたり、怒ってたり、泣いてたりする」


「そうなんだ。石の顔なんて注意して見たことなかったな」




 コヂカは足を止めて山道の砂利の中から、適当に角ばった石を拾った。ミルフィーユのように重なった色をしている赤い石だ。




「それはチャートだね」


「なんかお肉みたい」


「ふふっ、たしかに。美味しそう」




 カナタが笑った。本当に楽しそうだ。コヂカはチャートをカナタに渡して、




「このお肉はどう? かっこいい?」




とたずねた。




「この子は頑固。だけど繊細な一面もある」


「言われてみれば、たしかにそんな感じに見えてきた」




 コヂカは頷きながら、道の中から今度はお気に入りの石を探してみた。砂利の上にも、アスファルトの上にも、そこら中に散らばっている。今まで気にも留めなかった石たちをじっくり見て、宝探しをしている気分になった。そうしてコヂカの目に留まった石は、他の石より無個性で丸みがある小石だった。それを手にとってカナタに見せてみる。




「じゃあこの子は?」


「うーん、この子は一見優しそうだけど、本当は強い心を持ってる。自分の形を壊さないように頑張ってる感じ」




 そういわれるとコヂカはなんとなくこの石に愛着が湧いた。優しく握りしめて上着のポケットにしまいこむ。




「俺もその石、気に入った」




 石をポケットにしまうコヂカを見て、カナタは言った。




「普段は石ころなんて気にも留めなかったけど、こうして見ると新しい発見があっておもしろいね」


「うん、そうでしょ」




 カナタは満たされたようにほほ笑んだ。コヂカもつられて幸せな気持ちになった。この時、持ち帰った小さな丸石はコヂカの机の上の、えんじ色のシーグラスの上に置かれている。コヂカは疲れた顔で石を眺めながら、一度締めた部屋のドアを、もう一度開け放った。そして廊下に立っていたカナタに声をかける。




「さっきはごめん。やっぱりちょっとだけ、付き合ってあげる」


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