第11話 バスの二人

 眠そうなコヂカを目覚めさせるように、バスのエンジン音が響いてがたがたと動きだす。いつもはいない小学生たちが楽しそうにおしゃべりをはじめた。コヂカはバスの真ん中にある入り口の座席付近に立ち、そんな小学生たちをぼんやりと眺めていた。3年生くらいだろうか。男の子も女の子もみんな一緒になって今日の遠足の話をしている。彼らの中には「空気を読む」なんてことも、「周りからのイメージ」なんてものもないのだろう。コヂカはそんな小学生たちが少し羨ましく思えた。


 停留所が増えていくたび、バスの車内は混み合っていった。普段は空席さえあるほどだが、今日は小学生たちが乗っているのもあって、体がくっつくほどに車内は混雑している。夏場にはビーチにもなる、湾曲した砂浜沿いのカーブを何度も通り過ぎると、やがてバスは市街地へと入っていった。


 ここからどっと増える乗客の中に見知った顔があった。シオンだ。Bluetoothのイヤホンを耳に付け、体がぶつかるサラリーマンの背中に眉をしかめている。乗客たちは、より快適な立ち位置も探して動き回り、コヂカとシオンはちょうど隣あって立つような形になった。


 コヂカは何となく嫌だなと思ったが、声をかけないわけにはいかない。こんな混んでるんだし、挨拶だけしたらスマホでも開こうかな。シオンはまだコヂカに気づいていないようで、スマホを取り出して画面を見ている。




「シオン、おはよう」




 コヂカはすぐ隣にいるシオンに周りに迷惑にならない声で挨拶をした。シオンの二重で大きな瞳につややかな前髪がかかっている。




「――」




 その時から恐ろしく不気味な時間が流れ始めた。シオンが何も答えないのだ。それどころかコヂカの方を見ようともしない。




「……シオン?」




 コヂカは声が小さかったのかと思い、今度は少し大きめのトーンで呼んでみる。




「――」




 それでも、シオンが反応をすることはなかった。




「えっ……?」




 なんで? コヂカの戸惑いは絶望によって消され、声にはならなかった。シオンに無視された。友達に、少なくともコヂカは友達だと思っていたシオンに。その衝撃と悲しみに体が震え、シオンの肩をたたくこともできない。


 喉が渇いてきて、胃が痛くなる。カンナとマリ。二人の顔が浮かんですぐに消えた。周りの小学生やサラリーマンの目が怖くなる。友達にガン無視される高校生なんて恥ずかしい。コヂカは強く目を瞑り、一刻も早くここから消えてしまいたくなった。正直、シオンから嫌われている覚悟はしていた。それでも、ここまでなんて。結局、バスを降りるまでシオンがコヂカに声をかけることはなかった。




☆☆☆




コヂカは遅刻せず、ホームルームに間にもあったはずだった。しかしバスの中の出来事がコヂカをトイレに閉じ込めてしまった。廊下が静かになって、ホームルームのチャイムが響いても、コヂカはトイレの個室の中にいた。シオンと同じ教室だ。コヂカと顔を合わせた時、彼女はどんな顔をするのだろう。不安で胸がいっぱいになったコヂカのスマホに一通のLINEがきていた。カンナからのようだ。




『コヂカ大丈夫?』




 それは今届いたばかりのようだった。ホームルーム中にも関わらず、カンナは遅刻など絶対にしないコヂカのことを案じて送ってきたのだろう。コヂカはカンナの優しさに涙が出そうになる。シオンに無視されたって、カンナとマリがいる。それに生徒会のカヅキとか。コヂカは落ち込んだ心を何とか奮い立たせ、スマホの顔認証を解除してカンナに返信した。




『ごめん、遅刻した』


『いま学校ついた!』




 2つの短いメッセージがカンナに送られる、はずだった。しかし右上のマークがくるくると回った挙句、メッセージはエラーになってしまった。




「あれ?」




 コヂカはそう言いながらも、大して気にしてはいなかった。たぶん一時的なエラーだろう。SIMカードの読み込みが悪いのか、本体の調子が悪いのか。いずれにしても再起動して「リンゴマーク」を出せば大体は直る。そうこうしていると、ホームルーム終了のチャイムが鳴ったのでコヂカは急いでトイレから出た。スマホの電源を切ったまま、カンナやシオンの待つ教室に向かった――。


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