第12話 コヂカの欠席

 嘘のような真実を、これから話さなくてはならない。休み時間の教室はいつも通りざわついており、コヂカは自分の机より先にカンナたちのところへ向かった。シオン、カンナがマリの机を囲んで3人で話している。いつもならここにコヂカもいて、他愛もないおしゃべりで盛り上がる。コヂカはシオンがいることを気にはしたが、思いきって3人のなかに飛び込んでいった。




「おはようみんな、遅刻しちゃった」


うんうん、でさー


てかあさ、ばすめっちゃこんでなかった?


こんでたー


さいあくだよね


ほんとね




 3人はコヂカに振り向くこともなく、話を続ける。




「おはようカンナ、シオン、マリ」


いちげんえーごでしょ


うんぜったいねるわ


「ねえ? カンナ、からかってるの?」


しょうてすとあることない?


まじ?


うんあるはず


うちはないにかける


あるからまじで


「マリ? 小テスト今日あるよ? てか、ねえ、みんな?」


だるいなー


でもやんなきゃ


じゅけんだもんね


「何なのこれ。ねえ、みんな……うそでしょ」


そういやきょうぶかつなんだけど


なになに


まえはなしたこ


なんだっけ


まえいってたこうはい?


うんあのひさあのあと


「ねえってば!!!!」




 コヂカの震えるような怒号は教室中に響いていた。こんな声、一度も出したことがない。怒りと悲しみに顔を赤くしたコヂカ。これまでのコヂカのイメージを完全に壊してしまう顔だ。瞳にはうっすらと涙を浮かべている。やがてくる沈黙の後の注目。コヂカはそれを恐れていた。しかし、




「……えっ、なんで」




コヂカの大声に、3人はおろか、教室の誰も反応をするものはいなかった。




☆☆☆




「その子絶対マリのこと好きだって」


「やっぱそうかな」




 ホームルーム後の休み時間、カンナ、シオン、マリの3人はマリの机を囲んで話し込んでいた。シオンとマリは、マリの部活の後輩の話で夢中だ。カンナは心配そうな顔でスマホの待ち受けを見つめていた。




「てかさ、コヂカ遅くない?」


「そうだね、珍しいね」




 マリも少し心配そうな顔をする。




「そういえばシオンって、コヂカとバス一緒でしょ? 朝会わなかったの?」


「うん、時々バスで会うんだけど、今日は見てない」


「LINEしたんだけど、既読にならなくて」


「風邪ひいたんじゃない? それか生理とか」


「LINEくらい返すでしょ」


「携帯壊れたとか?」


「コヂカのやつ、まだ新しいよ」




 必要以上に心配をするカンナに、シオンとマリは顔を合わせた。真面目なコヂカが、何の連絡もなく休むだなんて。シオンもマリも、カンナは心配しすぎだと思いつつも、どこかで違和感を抱いていた。大切なコヂカがどこか遠いところに行ってしまったような、そんな違和感。いつもはコヂカのいるスペースだけがぽっかりと空いてしまっていた。




☆☆☆




 この時はじめて、コヂカは自分の身体に異変が起きていることを知った。目の前のカンナたちにも、後ろのクラスメイトたちにも、どういう訳かコヂカの姿が見えないらしい。それにどんなに大声で叫んでみても、コヂカの声は誰一人として耳に届かない。


 チャイムが鳴って、英語担当の中年女教師が入ってくる。カンナとシオンは急いで自分の席に戻り、授業の準備をはじめた。




「今日は小テストやるわよ」




 先生がそう言うとクラスからため息のような悲鳴が聞こえた。すぐプリントが配られクラス中にいきわたる。一番後ろの生徒がコヂカの分の小テストプリントを先生に返しにくる。




「海野さん今日欠席です」


「海野さん? 珍しいわね」




 コヂカは確信した。自分の姿は今、誰にも見えていないんだ。小テストの間、コヂカは先生と教卓の前にいて、彼女の前を動き回ったり、他の生徒の答案をこっそり見たりしてみた。しかし先生も生徒も誰もコヂカに気づいていないようだった。




「透明人間? それとも幽霊?」




 コヂカはありえない状況に戸惑った。どちらにしても大変だが、幽霊はまずい。まだ17だし、死にたくはない。コヂカの身体は見えないだけなのか、それとも触れることもできないのか。確かめてみる必要があった。漫画でよくある透明人間は、そこに実体があって、体は人から見えなくても物を動かすことはできる。しかし、幽霊か何かであった場合、基本的には物に触れることも触れられることもできないはずだ。




「カンナごめん」




 コヂカはカンナの席までいって、小テストに必死な彼女の頬をつついてみた。指先に柔らかな感触があり、カンナが顔を上げる。今度はマリの席までいって、彼女のポニーテールをゆっくりと持ち上げてみる。すると後ろの男子生徒が目を丸くして驚いた。やっぱりそうなんだ。コヂカの疑惑は確信へと変わった。


 次はこっそりと忍び足で廊下に出て、バタバタと飛び跳ねてみた。




「誰なの? 授業中よ!」




 英語教師がすごい剣幕で廊下に怒鳴りながら出てくる。




「あれ? 誰もいない」




 コヂカが跳ねるのを止めると、狐につままれたような顔をして




「変ね」




と言って教室に戻っていった。コヂカはそのままトイレに入って、鏡で自分を見た。




「消えてる」




 コヂカの姿がどこにもない。自分の身体は自分の目では見ることはできるのに、鏡には映らない。これは夢なのかもしれない。そう思うと同時に、コヂカは現実であってほしいと心の片隅で願っていた。


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