第5話 真剣に怒られてみた

「今日も平和だな」


ギルド併設のカフェで紅茶を飲みながら、リーリエはほう、と息をひとつついた。


「そうでもないからな」


目を向ければ見知った聖騎士が立っていた。


「マーク、暇なのか?」


リーリエの何の気ない一言にあからさまに彼の頬が引きつった。


「んなワケあるか。ちょっと付き合え」


そう言ってマークが親指で指した先はギルドの受付。ではなく、その奥の個室であることを理解したリーリエは眉を潜めた。





ギルドには個室がいくつか設けられている。普段は来客や商談、会議に使われる場所ではあるが、部屋代を払い、予約さえ取れば冒険者でも使えるようになっている。

部屋にもランクがあり、機密性が高いものであれば、それなりの価格帯になる。

そんな一室に通されたリーリエはソファに居心地悪そうに座る。

それを見届けたマークは扉を閉め、鍵をかけ、備え付けの魔道具で防音結界を発動させると、リーリエの向かいに腰を下ろした。


「さて、と、俺が何を話しにきたかはわかってんだろ、リーリエ」


リーリエはそっと目を反らす。


「お前最近、日がな一日カフェで茶を飲んでるよな」

「それは否定しない」

「ダンジョン。潜ってねえよな」

「組んでくれるメンバーがいないんだからしょうがないだろう」


ダンジョンはランクと難易度によるが、最低でも2人以上で潜る事を強く推奨されている。ソロで潜るには申請が必要になってっくる。本人の実力とダンジョンの難易度を鑑みて判断されるが、基本的に戦闘職は通りやすいが、支援職は通りづらい。

リーリエもSランクの支援職という事もあり、ある程度のダンジョンには潜れるが、現在、【疾風迅雷ストームサンダー】が攻略しているようなダンジョンには一番浅い層にすら入れてもらえない。


「あの荷物持ちはどうしたよ」

「Sランクの難易度のダンジョンに連れて行ったら可哀そうだろ、まだ」

「お前にも一応そういう基準あったのな。最後の一言が不穏だけれども」


マークは深々と溜息をついた。


「そもそも、お前んトコに良い人材入ったろ、そこに荷物持ち入れりゃAランクくらいは入れるだろ」

「誰?」


本気で心当たりのないリーリエの様子にマークは片手で顔を覆った。


「お前んとこで事務員やってる」

「ああ、グラニデさん」

「惜しい。ゴリアテだ」

「あの人、前職何やってたか知ってて事務員やらせてんのか」

「確かに、見た目はA5ランクのミノタウロスみたいな見た目してるけど」

「美味そうな例え出してんじゃねえ。あながち間違ってねえのが腹立つ。あの人、元Aランクのゴリゴリの前衛職だぞ」

「ゴリアテだけに」

「黙れ、お前が言うなゴリラ」

「あ?なんだって?」

「悪かった。俺が悪かった」


テーブル越しに胸倉を掴まれたマークはどうどう、と馬でも宥めるように両手を胸の前に出し、即座に降参の意を表した。


「とにかく、事務職に置いとくような人材じゃねえって言ってんだよ」


乱れた襟元を正し、腰を下ろすマークにリーリエは過去の事を思い出すように口を開く。


「……最初はそれでウチのパーティに入ってもらうつもりだったんだ。向こうもそこらへんを売りにしてきてたし。でも、ある日突然『自分、本当は事務仕事がやりたかったっス。是非そっち方面で雇ってください。お給金はパーティが軌道に乗ってからで結構っス。こう見えて自分蓄え持ってるんで』って」

「お前、どこから声出してんだよ、ガチで寄せてくんなよ。さすがの俺もドン引きだよ。っていうか、どんだけ前の話よ」


声真似にドン引きするマークに問われ、ついここ最近の出来事だったような?リーリエは首を傾げる。


「えーっと、確か、二日前?」

「追放劇の翌日じゃねーか」


はぁーーーーー……


マークの口から深い深いため息が吐き出された。

両手で顔を覆って、「もうヤダ、コイツの面倒見んの……」などと漏らす様にリーリエは失礼な!と軽く憤慨して見せる。パーティーを抜けてこの方、頼ったことは一度もない。むしろ、彼らの方が頼んでもいないのに積極的に面倒を見にくるのだ。


「それからお前……」


ゆっくり顔を上げた彼の眼は据わっていた。


「お前、この間のS級査定すっぽかしてこっそりS級ダンジョン一人で潜ったろ」


リーリエはは咄嗟に明後日の方角へ顔を反らした。


「……」

「黙ってんじゃねえよ」

「……」

「お前、まさか、ペナルティわざと食らってランクの降格狙ってんじゃねえだろうな」


びくり、と不自然にリーリエの肩が跳ねる。


「図星か。お前くらいの実力のある人間をわざわざAランクで遊ばせてくれるほどギルドは甘かねえぞ。なんならお前専用にSSランクつくるって話もあるんだからな」


驚きに思わずマークの顔を凝視する。


「それが嫌なら、査定受けとけ。な?」


元仲間のとてもいい笑顔にリーリエは若干苛立たしげに言い返した。


「私の事、内緒にしてくれるって言ったじゃないか」

「言ったよ!?言ったけど、お前の行動がうかつすぎて俺たちでもフォローしきれねえんだわ。そもそも、お前抜けた途端に迷宮攻略止まった時点で察する奴らは察するよ!?」


途端、マークの口の端が引きつり、弧を描いていた目元が途端剣呑なものに変わり、リーリエは失敗を悟った。だが、こちらにだって言い分がある。


「だって、安全すぎるんだもん、スリルがないんだもん」

「こんな時だけ可愛い子ぶるんじゃねえよ。だからスリル欲しさにソロでダンジョン潜ったってか?そもそも、俺たちSランクのパーティですら階層ごとに規制が入る代物なんだけどな!?」

「大した事なかった」


ピキリ、と空気が凍り付く。我慢強く、面倒見の良い聖騎士の忍耐も限界だった。

外から来た為か、人との付き合いが最低限であってか、実力と世間の常識を噛み合わせる事の下手なリーリエは【疾風迅雷ストームサンダー】に加入する条件として、極力自分が目立たない事を条件とした。


だからパーティーメンバーも全力でフォローしたし、迷宮都市の常識や実力についても説明した。だが、頭よりも身体が先に動く脳みそ筋肉のうきんのリーリエにはその内容や警告を理解できても飲み込めていない事に気づいたメンバーは、その全てをマークへとぶん投げた。


外へのフォローは自分達がやるから、リーリエの説得おせわよろしく、と。


そうしてリーリエ係おかんが誕生した。


「言っとくけどな、治癒師ソロでSクラスのダンジョンに潜れるっておかしいからな!しかも最深層到達一歩手前とか聞かされた俺自身が一番わけわかんねえからな!

 しかもお前の使ってる【聖域サンクチュアリ】、本来は固定結界だからな。間違っても【シールド】みたいに動かせる代物じゃねえからな」

「知ってる、そのくらい。だから、展開してるんじゃないか」

「何しれっと凄い事言ってんの? お前の言ってる言葉の意味と、俺の理解してる言葉の意味が違うってわかってる!? 確かに最初は自身を起点にして【聖域サンクチュアリ】は展開されるけど、あくまでも、にしか、固定されないのであって、起点ごと移動する【聖域サンクチュアリ】なんて、お前以外に見た事もも聞いたこともねえよ!しかも、最深層そこまでどうやって魔力持たせたんだよ!」

「え?魔力回復ポーション飲み続けてた?」


疑問形で、「それがなにか?」といわんばかりのリーリエにマークの開いた口が塞がらなかった。


「それ、一体どんな拷問だよ。それ以前にお前の身体、どうなってんの?」

「ヒールがあるだろ?」

「———そうきたか」


マークは天を仰ぎ片手で目を覆った。

見事なマッチポンプだ。しかも、それでまわせているのが恐ろしい。

そうしてリーリエの常識外れを目の当たりし続けた結果、ふと、今更ながらに一つの疑問が生じた。本来ならば、真っ先に問いたださねばならない事だ。


「そもそも【聖域サンクチュアリ】は神殿の持つ術式の中で上位に食い込むもんなんだが、お前、絶対神殿のヒーラーじゃないよな。どうやって覚えた。寄付するにしてもえげつない額だろ、払えんこともないだろうが」


しかも、寄付をしたからと言って簡単に習得できるものでもない。

それなりの実力を神殿に提示し、認められた者だけが扱う事が許される術式だ。


「え?マークの見て覚えた」

「殴っていいか?」

「なんでだよ」


マークから距離を取り出すリーリエに、ふと、閃くものを感じ、その疑問もついでに呈してみる。


「お前、まさか称号持ちとかじゃないよな」

「そんなこと、あるわけないだろ」

「お前、ちょっとステータスシート見せてみろ、つい最近、更新してたよな」

「おい、やめろよ、変態、スケベ、気持ち悪い」

「お前、それわざとだろ。それに一番最後は地味に傷つくからヤメロ。ギルド長代理権限使ってもいいんだぞ」

「前の二つは否定しないのか。ギルド長の伝言係にそんな権限あるわけないだろう」

「うるせぇ、男はみんなスケベで変態なんだよ。それとも、神殿の異端審問官権限がいいか?どちらか好きな方選べ」


うわ、ドン引き……。というリーリエの声にならない声を聞いたとしても痛くも痒くもない。別に傷ついたりもしていない。後できれいなお姉さんに慰めてもらおうとマークは心に決めた。


「後者のほうがえげつない……。っわかった。見せるから」


そう言って鞄から差し出されたステータスシートを見てマークは無言になった。


「お前、これ、なんか誤魔化してない?」

「なんのこと?」

「上の方、見切れてんだけど?」


ぺらり、とリーリエにも見えるようにそれを広げる。

記されているのは真ん中の部分。上と下の部分がものの見事に見切れていた。

辛うじてわかるのは名前と職業、素質、主要なスキルについてで、称号やレベル、といった肝心な部分は完全にわからない。


「それは私のせいじゃない。悪いのはステータスシートだ。んだからしょうがないだろう?ギルドが言うには書式?の違いみたいな事を言ってたぞ」


たまにあるのだ。そういった事は。迷宮都市を擁する『大陸』の外から来た人間に稀にあるらしいとは聞いた事があった。内容はステータスシートに転写されない限りは視覚的に認識できない。本人すら気付かない素質がある可能性もあるので、冒険者はステータスシートの発行を定期的にギルドへ求める。「書式違い」と呼ばれる現象が起こった場合はそれに合う『設定』を探し、出し直す作業が必要らしいが、書式が当たるまで、出し直し続けなければならないのでとてつもない金と労力と時間が必要となる為、余程の事がない限りは見逃される。


この場合は、労力も金も時間も惜しまず当たり続けるまで出し直せと言いたいところではあるが、リーリエの場合、藪蛇とも限らない。


マークは葛藤の末にこれで納得する事を選んだ。

これ以上、心労を増やしたくはない。


「……わかった。誤魔化されてやるよ」

「誤魔化すも何も、そもそも誤魔化してないったら」

「……S級査定は受けろよ。終わるまで見張ってるからな」

「……」


そっぽを向いたリーリエの頭をがしり、と鷲掴み、無理やり目を合わせる。


「返事は?」

「……はい」


そうしてリーリエのS級査定にすらマークが奔走するのはまた別の話。

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パーティメンバー追放してみた かずほ @feiryacan

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