第4話 捕まえてみた

 アリアは路地裏を走っていた。

 後ろを振り返るが人の姿はない。

 しかし、間違いなく追われている。

 何処まで逃げても追って来る。そんな果てしない恐怖に追われ、彼女は走り続けた。

 角を曲がった瞬間、肩を掴まれ、耳元で楽し気な声にそっと囁かれた。


「つっかまえた」


「・・・・・・・!!!!!」


 アリアは声にならない悲鳴をあげた。


 気が付いたらアリアは飲食店の個室に座っていた。

 路地裏で肩を掴まれて後の記憶が全くない。


 目の前には、見覚えのある黒髪に緑の瞳の見た目美少女と、金髪碧眼の穏やかな雰囲気を纏った糸目の僧侶戦士モンクが並んで座っている。


 だが、その僧侶戦士モンクが誰かは容易に推察できる。今、色々な意味で話題に事欠かない、Sランクパーティー【疾風迅雷】。

 そのメンバーの一人、アレックス。


 色々とヤバイ。


 アリアの背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


 噂に聞く彼はその見た目通りの穏やかな物腰と当たり障りのない態度、Sランクにあるにもかかわらず、奢った態度は一切ない。と、特に女性に人気の彼であるが、宗教に携わり、冒険を生業にする者にはまず、警告が発せられる。


【疾風迅雷】のアレックスには関わるな。教会、神殿、そして、彼自身を輩出した寺院ですら、警告される。


 何故、と問う者は次の言葉で理解する。何故なら、彼の奉ずる神から授かった称号は『敬虔なる狂戦士』。


 アリアは考える。

 果たして、目の前の非常識で口の悪い癒し手ヒーラー僧侶戦士モンク、どちらがより、安全な存在なのか。


(あ、ダメだコレ。)


 そして即座に出た答えは諦念である。


「さて、ここまで来てもらって悪いね」


 にこにこと人の良い笑みを口元に湛えたアレックスが口火を切る。

 正直、アリアには本当にただ、彼らに着いてここまで来たのか確証がない。が、こうして彼らの前に座らせられた時点でなのだろう。


「契約と交渉事はマークが一番上手いんだけど、アイツ、目立つだろ?」


「ね?」と同意を求める様は警戒心を緩めるものの筈が、アリアの中の警戒が一段階上がった。


「アレックス」


 呼ばれた方に彼が目を向けるとリーリエがお茶を一口飲み、彼を見ずに茶碗を置いた。


「怯えてる」


 アレックスが困ったように笑う。


「だって、俺でもいいって事は今回のは、でしょ?」

「まずは話し合いだって。マークが言ってた」

「全く、誰のために骨を折ってると思ってるのさ」


 やれやれ、と肩を竦めたアレックスは正面の元・女僧侶に向かい合う。

 終始怯える様はそれだけで彼にとっては取るに足らない存在でしかない。

 経験を積めば、それなりに育つだろうが、それだけだ。


(強いて挙げるとすれば、物分かりはよさそう、かな?)


 ぶるり、とアリアという名の元・女僧侶が身震いする。


 うん、と内心でアレックスはひとつ頷いた。



 ★



「だって、Sランクパーティから追い出されたって」

「あー…、そっちの方信じちゃったかぁ」

 あちゃぁ、と呟きアレックスは天を仰ぎ、目元を片手で覆う。


 あれから食事が運ばれてきて、緊張しつつも恐る恐る料理を口に運ぶ様子から、こちらが危害を加える気がない事に気が付き始めたのか、緊張はゆっくりと解けていった。


 それから彼女らがリーリエのパーティーに入る経緯と思惑を聞き出していった。

 何だかんだと言ってもアレックスも僧侶の端くれである。何より彼は神に認められる敬虔さを持っている。口の重い相手から話を引き出す事も彼にとってはそう難しい事ではない。


「そっちって…」

「あのね、Sランクで超難易度の迷宮の深層まで一緒に行けるヒーラーが無能だと思う?」

「でも、牽引されてるだけのお荷物だって」


 アレックスは表情にはおくびにも出さず内心でせせら笑う。

 疾風迅雷というパーティーはその名に違わず怒涛の早さでランクを上げていったパーティーだ。それも偏に彼ら彼女らの実力とバランスが噛み合っての事ではあるが、それをやっかむ者もいる。


 だからリーリエがパーティーを抜けるという話になった際に、パーティーから最も非力とされる癒し手ヒーラーが攻撃の対象になったのは容易に想像できる。


 しかし、賢いパーティーならば、難易度が上がれば上がるほど、癒し手ヒーラーがどれだけ重要な役割を担う存在か理解している。


「じゃあ君さ、同じSランクのパーティ紹介してあげるから、牽引されてきなよ、僕の読みだと中層に行く前に放逐されるか死ぬかのどっちかだけどね。ちなみにウチは絶対にやらないよ。リーリエが抜けてそんな余裕ないし」


 そう言って隣に座るリーリエに目を向ければ、我関せずと黙々と食事を口に運んでいる。


 実に彼女らしい。とこの状況に気を悪くした風もなく、アレックスは思う。


「だいたいさ、なんでそっち信じたの? 寺院にリーリエのパーティに入ったこと、報告しなかったの?」


「それは、ロイドさんがそうに違いないって。リーリエさん、見た目が見た目ですし……」


 アリアは元パーティーメンバーの剣士の名をあげる。


「それでもちゃんと付き合ってれば、中身がどんなかわかりそうなものだけどね。僕の拠点は総本山だけど、迷宮都市含めた近隣の寺院には彼女に関しては散々僕が釘を刺してるし、神殿側はウチのマークが手を回してる。魔術協会はウチの魔術師のサリーナが首根っこ押さえてる。教会は、最初から我関せずだったかな? 何にせよ安易に手を出していい子じゃないんだな、これが」


 アリアは絶句する。彼女が聞いたのはアレックスに関する警告だけだが、言葉のニュアンスから疾風迅雷にはあまり積極的に関わるべきではないことは察していた。

 それに、ちらり、とアリアはアレックスを窺い見る。

 余裕をもって話していたアレックスが何かを思い出したのか、乾いた笑いを漏らしたのだ。


 恐らく、アレックス以上に厄介なのがこの癒しヒーラーなのだ、と実情を聞かされた以上の何かをアリアは察した。


「で、まあわかりきった本題なんだけどね、君がとやらの内容は口外無用に頼むよ」


 そう言って目の前に一枚の誓文書が差し出される。


「よくあるんだよ、普段注意を払っているのに、酒の席でうっかり、なんてことが。そんな奴に限って翌日には迷宮都市からいなくなる。もちろん、疾風迅雷ぼくらは一切関与してないし、彼らがどうなったか、なんて知らない」


 アリアは冷たい鉛が胃の腑に滑り落ちる感覚を味わった。


 あの追放劇以降、剣士ロイドの姿を見ていない。迷宮都市は広い。あれだけの事をやらかした手前、往来を歩きづらいというのもあるかもしれない。


(たまたまだ)


 そう言い聞かせるアリアの前にもう一枚の羊皮紙が差し出された。

 そして寺院の所属を示す真印を象ったペンダント。


「寺院に剥奪された僧侶の資格の取り消しはできない。それは神の教えに反する。

 だけど、資質ある物に新たに資格を与える事は道理に反してはいない」


 アリアの喉が大きく鳴った。


わざわざ用意してあげたんだよ」


 真印はアリアの知る一般的な僧侶に渡されるものに非常によく似ているが、そうではない。つまり、これはアリア自身を守るための物であり、縛るためのものだ。

 理解したアリアは差し出されたペンを震えながら手に取った。



 ★



 アリアが食堂から去り、二人きりになったのを確認したアレックスは深々と溜息をついた。


「もうちょっと地味にできない?キミ」

「ばれないようにやったら神の奇跡扱いされた」

「他の人が普段どんな感じの魔法使うか見てるでしょ」

「色々勉強になる」

「いや、そうじゃなくてさ、新しく魔法を覚えろってことじゃなくて、周りの同業者がどの程度の魔法しかつかってないかを真似しなさいって言ってんの。サリーナは面白がってるし、リーダーは何考えてるか解らないけどさ、マークの苦労も察してやりなよ。」


 アレックスは再び深いため息をついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る