嫌な予感

 時刻は12時を過ぎた頃。Eクラスの生徒たちは「串カツ物語」に入店していた。


 お店は陽が予約を入れていたらしく、貸し切りである。集金をして先に会計を済ませると、店員からお店の説明をしてもらうことになった。


 どうやらこのお店は『バイキング形式で串に刺さった食材を取り、自分でパン粉をつけて揚げていく』というシステムで楽しむらしい。


 食材はもちろんのこと、飲み物やご飯、フルーツなどは全て食べ放題のようだ。

 ちなみに制限時間は2時間である。


 先ほどまで南の変化に驚いていた一同も、その興味は全て店員へと向けられている。


 説明が終わるれば時間はスタート。まず初めに飛び出したのは、江口や赤城を筆頭とした男子組。女子はその後を談笑しながら歩いていた。


 当然のことながら、俺はその波に乗り遅れている。

 ただ、もう2人、その波に乗り遅れた人物がいるようだ。いや、「乗らなかった」の方が正しいか。


 俺はしばらく混みそうなので様子を見ることにする。すると、波に乗らなかった1人である陽が俺に話しかけてきた。


「おつかれさま、大変だったね。試験が終わった後は忙しくて言えなかったから今言わせてもらうよ。試験では…本当にありがとう」


 律儀にお礼を言いに来たようだ。別にそんなことをしなくても良いのだが、そこが陽の良いところでもなる。


「まぁ、クラスの利益にはなったしな、問題ない。それより、陽は急がなくていいのか?時間制限があるんだろ?」


「僕はゆっくり食べるタイプだからね。それに、さすがに2時間も同じペースで食べられないよ」


 陽はそう言って苦笑していた。俺は「それもそうだな」と返して会話を切ると、もう1人の元へ向かう。


「矢島、この間は助かった。ありがとな」


「なぁに、別にいいのさ。それに、大方桜井の想像通りだったからね。特に体力を浪費せずに活躍できたのだから、僕としてはラッキーだよ」


「まぁそれでも、だ。ありがとう」


「いいのさ」


 矢島が来ていたのは意外だったが、ちゃんとお礼を言うことができて良かった。そう思っていたのだが、俺はここであることに気がついてしまう。


「誰と座ればいいんだよ…」


 気がつけば陽はクラスの男子と席を共にしている。皆が思い思いにグループを作っており、その輪に入ることはできそうになかった。


 矢島はどうしているのかと見てみると、何故だかわからないが赤城たちに絡まれていた。もしかしたら、この間の活躍によって仲を深めたのかもしれない。


 それを言ったら俺も活躍したのだが…。放っているオーラのせいなのか、俺はグループを作ることすらできていなかった。


「席、決まってるの?」


 思わぬ方向から声をかけられる。ゆっくり振り返ると、そこには南がいた。


「決まってるのって…。南は咲や愛花と食べないのか?」


「食べるよ?だからあんたも誘いに来た」


 当然でしょ?とばかりに言い放つ南。言っている内容はまったくもって当然ではない。


「嫌なの?」


 俺がなかなか答えないからか、少し不安げに聞いてくる。まぁ、女子だけというのは嫌と言えば嫌なのだが…。


「俺が居て迷惑にならないか?親切心で誘っているようなら、俺は別のグループを探すけど」


「別に…親切心じゃないし。咲は学にお礼が言いたくて、愛花は…よくわからないけど、色々と事情聴取したいって言ってた。わ、私は学と一緒に食べたいだけなんだけど…」


 親切心じゃないなら良いかと思い、「まぁそれなら…」と言ったところで気がつく。


 咲と南はまだ良いのだ。良いのだが…愛花の理由がとても怖い。いやもうこれ既視感があるね。嫌な予感しかしない。


 すかさず断ろうとしたのだが、南は既に俺の目の前にはおらず、咲や愛花のいるテーブルに向かっていた。

 俺の言葉が了承の言葉と捉えられたらしい。


「はぁ…」


 これからのことを想像して、俺の口からは無意識にため息が溢れていた。






 なんだかんだで、楽しいような辛いような時間も終わりを迎えようとしていた。


 まもなく2時間が過ぎる…という時間帯になって俺の携帯が震える。相手は綾瀬愛里だった。


『約束の件、覚えてるかな?夏休み中って暇な時間ある?できればその時に教えて欲しいんだけど…』


 約束の件というのは料理を教えるというものだろう。そういえば、試験前に連絡をするみたいな話をしていた気がする。


『なら、今週末からで良いか?土曜日の夕方でどうだ?』


『わかった!それじゃあ夕方の6時くらいに行けば良い?』


『それで構わないぞ』


『ありがとう!』


 愛里との短いやり取りを終えて携帯を閉じる。どうやら俺の夏休みはまだ終わらないらしい。

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