1年生 夏休み編

ついに始まった夏休み

 試験が終わり、1週間が経った。

 その間、特に誰とも会わずほとんどの時間を宿題や運動にあてている。


 だが、今日は出かけなければならない。理由は予定が入ってしまったからだ。

 もはやEクラスの恒例行事になっているのかもしれないが、例によって試験の打ち上げが行われるようだ。


 正直に言うと行きたくないが、3日ほど前から南に予定を聞かれており行かざるを得ないのである。

 それに、俺が今回の試験の立役者ということもあって参加を拒否することは難しそうだ。





 時刻は10時25分。


 俺は集合場所である寮のエントランスに降りていた。ただ、集合場所とは言っても来るのは南だけだ。


 全体の集合時間は12時。大型ショッピングモールの中にある「串カツ物語」というお店の前で集まるらしい。

 南には何か済ましたい予定があるらしく、それを手伝って欲しいと頼まれていたのだ。

 まぁ、その予定は何かというのは一切聞かされてないんだがな。



 当然のことだが、今日は夏休みのため休日であり、制服は着ていない。他のみんなも私服で来ると思い、俺も私服で来ていた。


 下は青味がかったスキニーパンツで、上は深緑を基調としたチェック柄のポロシャツ。靴下は紅色で、靴はシンプルにネイビーカラーのスニーカーを履いている。


 しかし…服装はこれでいいのだろうか。一応それなりの格好をしたつもりなのだが。心配ではある。


 そんな風に思っていると、エレベーターから南が現れた…のだが、目の前にいる彼女は俺が知っている外見をしていなかった。


 ポニーテールで長い髪の毛をまとめていた彼女だが、その髪の毛は見る影もなく、髪型はショートになっている。さらにそれだけではない。金髪だった髪色がシルバーアッシュになっているのだ。


 流石の俺もここまでの変わりようには驚いてしまう。


「や、やっほ〜。え、えーっと…やっぱ変かな?」


 髪の毛を弄り、控えめに笑う南の顔には若干の不安が見て取れる。別に変な点はないし、なんなら似合ってすらいる。ここは正直な感想を伝えておくとするか。


「いや、そんなことはない、似合ってる。あと、その白いワンピースも似合ってるぞ。なんか大人っぽいな」


「えへへ…そうかな。ちょっとイメチェンしてみようかなって思ってね」


 そう言って笑う南は、「それじゃあ、行こっか」と言って歩き出す。俺はその後を追って、南の左隣に並んだ。


「それにしてもビックリしたぞ。まぁ無理に話さなくてもいいが、どうしたんだ?」


 俺がそう聞くと、南は照れながらも真面目な声音で答える。


「なんて言うのかな…まぁその、決意表明みたいな感じでさ。このままじゃ学に頼りきりになっちゃうから。クラスも、あと私自身も…ね?」


「クラスの方は大丈夫だろ。それに、お前を守るって言ったのは俺の方からだ。別に頼ってもらって構わない」


「そ、そういう優しいところ…ほんとやめて欲しいんですけど…。決意が揺らいじゃうじゃん」


 頬を染めつつもジト目で睨んでいる南に、思わず苦笑する。

 そして、俺が話題を変えようと口を開きかけると、それを南が遮った。


「私、学の隣に立ってても恥ずかしくない女になりたいんだ。学に助けられるだけじゃなくて、学を助ける存在になりたい。そのために、長い髪の毛を短くして金色を銀色に変えたんだから」


「…そうか。まぁあまり無理はしないでくれよ。変わるなら少しずつでいい。それに南の存在はすでに俺の助けになっているからな」


 俺がそう言った後、俺たちの間ではしばらく沈黙の時間が流れていた。


 まぁ本当に驚いたものだ。

 でも、これもいい傾向と言えるだろう。もし俺が表舞台から姿を消した時、南が独り立ちできていなければクラスの重荷となってしまう。

 それが今回の件で一歩前進したのだ。かなり嬉しいものである。


 と、ここで俺はあることを思い出す。


「そういえば、このあとの予定ってなんだ?」


 そう、もともと俺は南に手伝って欲しいことがあると言われて早く集まったのだ。

 時間も少ないことだし、早めに内容を確認したい。

 そう思ったのだが、南は何やら言いにくそうに俺の方をチラチラと見ている。

 そして、ほんのりとピンク色に色づいた唇を躊躇いがちに動かした。


「い、いや、そのね…その手伝って欲しいことっていうのは本当は無くって…。ただこの姿を最初に学に見せたかっただけなの。…ごめんね」


「そういうことか…。まぁそれはいいんだがな…」


 さて困ったものだ。後の1時間15分は何をして過ごそうか…。いくら親しくても、2人きりというのは気まずいものがある。流石にノープランはキツい。

 そういうことに関しては、俺はかなり劣っているのだ。


「そうだな…。せっかくだし、ショッピングモールの案内でもしてくれないか?あまり行ったことがないから見て回りたいんだ」


 とりあえず暇をつぶせそうな案を提案してみる。とは言っても、ほとんど南に頼りっきりの案なのだが。


「うん、いいよ。んーどこから回ろっかなっ」


 そう言って、楽しそうにあれやこれやらお店の名前を出している南。


 俺は、そんな彼女を横目に「こんな時間も悪くはないものだな」とつくづくと感じるのだった。


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