試験2日目 《教室》 その2


 


 時刻は12時52分。現在、Eクラスの状況はかなり良好だった。

 試練は15個中11個をクリアし、進行状況も大体3分の2くらいのところまではきていた。

 このまま何事もなければ、無事ゴールまでたどり着ける。

 そう思っていたところに、教室ではある事件が発生してしまったのだ。



「お、おい!Dクラスの小岩がこっちにきてんぞ‼︎」


 慌てた様子の赤城くんが報告をしてくる。

 ついにきたか…。今ここで優先すべきことは、何も問題を起こさないこと。そこから弱みを握られてしまうのは何としてでも避けたい。


 既にDクラスは、僕たちが普通に機材を使えていることに気がついているのだろう。

 だからこんな中途半端な時間に乗り込んでくるのだ。

 それも踏まえた上で誰が小岩くんの相手をするのか、決断しなければならない。


 僕が相手をするか?いや、僕では力不足だ。嘘をつくのも相手を揺さぶるのも、僕には向いていない。これが説得や話し合いならよかったんだけれど、そうではないのだ。


 ならそういうことに非常に長けている人物。僕にはある人物しか思い浮かばなかった。


「矢島くん、彼の対応を頼めるかい?」


「ほう…良いのかな?私なんかで」


「僕は君に任せたいと思っているよ。全ての責任は僕が持つ。だから、頼んでも良いかな?」


 もしダメなら…、最悪僕が何とかするしかない。暴力での解決は好ましくないし、弱みを握られる可能性もあるからだ。

 矢島くんはふっと笑う。そこには絶対的な自信が見て取れた。


「そういう意味じゃないさ。私が相手をすると、Dクラスの坊やが可愛そうなのでね。だから「良いのかな?」と聞いたのだよ。私はやるなら手を抜かない主義なんだ。それでも、良いのかい?」


「うん、むしろ手を抜かないでほしいかな。妨害されたことには、僕も結構ムシャクシャしてるんだ」


「ははっ。そうかい、それは同感だ。なら遠慮はしないよ」


 矢島くんがそう言ったのと同時に、教室のドアが激しく音を立てる。そこに現れたのは、案の定Dクラスの小岩くんだった。


 小岩くんは迷うことなく机をすり抜け、教室の一番端にあるパソコンへ歩みを進めている。


「てめぇ、何しに来やがった」


 赤城くんが小岩くんにそう問うた。小岩くんはその質問に対し、右手の人差し指をパソコンへ向けて答えを述べる。

 そうして放たれたのは、衝撃的な一言だった。


「てめぇらのパソコンを壊しに来たんだよ」


 そう言うと、今度はポケットからスタンガンを取り出し、見せつけるように電気を流す。僕の視線は自然とそのスタンガンを追っていた。


 もしかしたら、あれで電気を流して壊すつもりなのかもしれない。

 小岩くんは歩みを再開、赤城くんがそれを止めようと動くが、僕が手でそれを静止する。

 頼んだよ、矢島くん。


「君に一つ質問をしたいのだが、いいかね?」


 そう言った矢島くんは、小岩くんの進路を塞いでいる。矢島くんの浮かべる憎たらしい笑みに、小岩くんは顔を歪め、怒気を含んだ声でそれを否定した。


「邪魔だ。生憎、俺にはそんな時間はないんだ。さっさとそこを退け」


 だが、矢島くんはそれに屈しない。平然と言葉を返す。


「おや?知りたくないのかい?何故こうなっているのか、それが知りたかったんじゃないのかな?」


「んなわけねーだろうが。さっきも言っただろ、パソコンをぶっ壊しに来たんだ」


 やはり、裏でコソコソやるのではなく、正面から直接パソコンを壊しに来たようだ。ルールでは禁止されていないものの、かなり危ない賭けでもある。


 僕は…と言うより、誰もがそう思っていたのだが、矢島くんの見解は違うようだった。


「ははっ、笑わせないでくれ。ぶっ壊すのに1人で乗り込むのかい?違うだろう?君の目的はそうじゃない」


 矢島くんは、そう言って小岩くんの横を通り過ぎる。そして全員に聞かせるように、少しだけ声を大きくして説明をした。


「壊すことが目的ならもっと人数をかければいい。そんなおもちゃを使わなくても、どうとでもできるだろう?だが、君は1人で来た。それには大きな理由がある。それは…」


 そこで言葉を区切ると、矢島くんは思いっきり壁を叩いた。その異音は教室中に響き、誰もが矢島くんに視線を集める。


「こうやって、みんなの視線を集めるためさ。人数が多ければ、その分視線は分散する。自分1人に集めるなら、1人で来るのが手っ取り早い。なら、何故そんなことをするのか。…えーっと、確かここら辺だよな…。あ、あったあった」


 また言葉を区切ると、今度は先ほど小岩くんがスタンガンを掲げていた辺りの机を探っている。そして、目的のものを見つけたのか、矢島くんは不適に笑っていた。


「何故そんなことをするのか。それは、これを仕掛けるためさ」


 矢島くんは、先ほど見つけたと思われる物を上に掲げている。それが一体何なのか、僕にはよくわからない。


「そ、それは、何だい?」


 僕の問いに、矢島くんは視線を小岩くんへ向けたまま答える。


「Wi-Fi電波遮断器だよ。この学校はWi-Fiが飛んでいるからね。このパソコンもWi-Fiを繋いで連絡を取っているのさ。まったく…本当に面倒なことをしてくれるね。私じゃなければ見落としていたよ」


 矢島くんはそのまま説明を続ける。


「君のスタンガンを使ったパフォーマンスは、このWi-Fi電波遮断器を取り付けるために行ったのだろう?スタンガンへと視線を集めさせて、左手でこれを机に取り付けた。自分1人に視線が集まっているのは不都合と考えるかもしれないが、そうではない。逆にそちらの方が視線を誘導しやすい時もあるからね」


 図星だったのか、ずっと黙っていた小岩くんがようやく口を開く。その目には驚きの感情が混ざっているように見えた。


「っけ、余計な事しやがって…。てめぇはそんな奴だったか?前に来た時はめんどくさそうにしてたじゃねーか」


「まぁライオンくんの唯一の誤算は、私だろうね。君らDクラスはまんまとやられたわけだ。どっかの誰かさんに、ね」


 まさか、矢島くんの力がここまでとは思いもしなかった。これからも矢島くんが協力してくれるのなら、それはとても心強いことだ。


 矢島くんは再び小岩くんの正面に立つ。そして、最初にしていた質問と全く同じ質問を小岩くんへとした。


「君に一つだけ質問をしていいかい?」


「…何だ?」


 矢島くんは口の端を大きく吊り上げる。そして、まるで見下すように、勝者が敗者へ向ける視線を小岩くんへ向けた。


「踊った気分はどうだい?」


「…どういう意味だ?」


「ああ、わかりにくかったかい?なら、こう質問しようか。私たちの手のひらで踊っていた気分はぁ…どうだった?」


 揶揄うように、馬鹿にするようにそう告げる。それは衝撃的な一言だっただろう。

 全てうまくいっていたようで、実は調子に乗らされていただけ。今回の準備においては完全にDクラスの完敗である。


 小岩くんがその問いに答えることはなく、顔を歪めて矢島くんを睨む。


「これで終わりじゃない。試験では獅子さんが勝つからな」


「それは絶対に無いよ」


 そう答えたのは僕だ。これだけは自信を持って言える。桜井くんなら、どうにかするはずだ。


 意外にも小岩くんがそれに反論することはなく、「ほざいてろ」と言って帰って行った。




 ふぅ、何とか終わったみたいで何よりだ。


 功労者である矢島くんには、後で感謝しないとな。

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