一学期最終試験前日 佐々木と桜井

 人気がない場所、2人きりで話せる場所を模索した結果、考えついた先はようと訪れた、あの小さな公園だった。

 公園と言うには小さくて、まるで広場のような場所。その真ん中には屋根で大切に守られた2つのベンチがある。以前はそこで陽と話をしていた。



 今日も一周100mに満たないであろうランニングコースでは誰も走っておらず、遊具の類は一切ない。一体何のために作られたのか、それすら疑問に思えてくる公園だ。


 日常とかけ離れた雰囲気に懐かしさを感じつつ、佐々木を先導して公園へ入る。

 俺が中央にある2つのベンチの内、右側のベンチに腰を下ろすと、佐々木は俺の座るベンチとは違う左のベンチに座った。


 あちらから俺に話しかけることは無いだろう、と踏んでいたため俺が口を開きかける。が、意外にも佐々木の方から声をかけてきた。


「ここにも、こんなところがあったんだね。なんだか懐かしいな」


「…そうだな。俺も似たような感想だ」


 予想はしていたことだが、やはり気まずい。お互いがお互いを知っているから、いや、知り過ぎているからこそ、下手な行動はできない。

 とは言ったものの、ここで考えているばかりでは話が一向に進まないのが現実だ。

 俺は考えるよりも先に口を動かすことにした。


「佐々木、お前は何でこの学校に来たんだ?」


 いきなり核心をつく質問を投げかける。だが、別になんてことは無い質問だ。佐々木がはぐらかそうと思えばいくらでもはぐらかせる。


 ここで俺が知りたいのは、俺に話せる内容なのか、話したくない内容なのかというところだ。


「学はさ、もう、優って…呼んでくれないの?」


 佐々木の口から出た答えは、俺の思惑から大きく外れるものだった。佐々木のそれは「答え」と言うより「質問」に近いものである。


 俺はどう答えれば良いのか、その正解が出せずにいた。

 あの頃、俺と佐々木はお互いを下の名前で呼び合っていた。でも今の俺は、今の俺たちはそれをしてはいけないような気がするのだ。

 抽象的で不透明。そんな感情。そんな気持ち。


 こんな感情が、気持ちが、まだ俺の中に残っていたんだな。まだまだ俺も未熟である。

 そう、実感してしまった。


「呼ばないんじゃない、呼びたくないんだ。あの頃の思い出は、俺の中では唯一の幸せで鮮やかな思い出だ。あの時の俺は真っ直ぐで純粋だったんだ…」


 一旦ここで話を切る。目を閉じて、深く深呼吸をした。それだけで、見たくもない、塞いだはずの記憶がよび起こされる。本当に、もう懲り懲りだ。


「…でも、今は違う。父さんは憎いし、俺は俺が大嫌いだ。父さんによって作られた、今の俺という人間が大嫌いなんだ。そんな俺が、あの頃と同じように君の名前を呼ぶなんてできるわけがない。唯一の思い出を汚したくないんだ」


 やっとの思いで言い終えた。

 自分で話しながら、なんとなく自分でも納得できるような理由を述べられたような気がする。


 佐々木は終始、俺の話を黙って聞いていた。どこか儚く今にも泣き出しそうな顔で、俺を見つめている。


「私…、知らなかったよ…。学がそんな風に思っていたなんて、知らなかった…。私が…私が怖がって学から逃げたりしなければ、こんな風にはなっていなかったんだよね…。ごめんね、学」


 違う。そうじゃない。俺はお前に謝って欲しいんじゃない。だって、お前は何も悪くないのだから。


 そもそも今日はこんな話をするために話しかけた訳じゃないんだ。明日の試験のことや、何が目的でこの学校に来たのか、それが聞きたかっただけなのに…。

 まったく…自分の不甲斐なさに嫌気が差す。

 俺たちの家族喧嘩に彼女を巻き込まないよう注意していたというのに、これでは全て水の泡じゃないか。

 そう思った俺は、やや強引にこの話を終わらせようとした。


「やめろ、もういいだろ。俺はこんな話がしたかったんじゃない」


「っ⁉︎こんな話じゃっ、ないよ‼︎‼︎」


 突然の叫び声に一瞬だけ俺の思考が止まった。佐々木はそんな俺のことを他所に立ち上がると、俺の前に立ち、少し屈んで俺の両肩を掴んだ。


 それによって、俺の思考が動き出す。視界には見慣れた茜色の髪と白い肌が映っていた。

 見慣れていないのは、その大きな目に浮かぶ大きな水たまりだけである。


「私は、今の学がずっとずぅっと嫌いだった。何で変わっちゃったのってずっと思ってた。でもね、今の話を聞いてわかったの。やっぱり学は学だった」


 彼女は涙を拭って続ける。


「私と関わらないようにしたのも、私が学の元から離れるように仕向けたのも、私を守ろうとしてやってたんでしょ?わかるよ、それくらい。だって学のことだもん」


 本当に末恐ろしいとさえ思ってしまう。俺のことをここまで理解できる者が他にいるのだろうか。

 だからこそ、傷つけたくないと思ってしまう訳なのだが。


「私ね、お父さんに『学君の手助けをして欲しい』って言われてこの学校に来たの。でも、やっぱりそれはやめる」


 彼女は突然立ち上がると、とびっきりの笑顔を俺に向けて大きな声で宣言した。


「お父さんに頼まれたからじゃなくて、私がしたいからするの。私がしたいから学の手助けをして、私がしたいから学を助けるの!」


 それを聞いて、思わず笑みがこぼれる。

 こいつは、本当に昔から変わっていない。

 いや、違うか。昔の佐々木優に戻っただけなのだ。だからだろうか、何となく懐かしさを感じてしまうのは。


「…俺が、それでも関わって欲しくないって言ったらどうするんだ?それがお前を守るためだって言ったら、どうする?」


「そんなのは聞きません!学からの許可がなくても勝手にやるもん。…だから、それで私が危ない目にあっても学のせいじゃないよ? …でも、もし私が危ない目にあったら…その時は学が助けてくれるでしょ?」


 そう言ってウインクをかましてくる。本当にどこまでも彼女らしい。


「まったく…、無茶苦茶だな」


「えへへ、それが私だから」


「確かに、そうだったな…。…ありがとう、優」


「…うん。どういたしまして、学」


 あの頃と同じ呼び方をした瞬間、俺の中の小さなトゲがスッとなくなっていくような感覚がした。


 思わぬところで俺の心残りが解決してくれた。やはり、人生は思い通りの展開で進むわけではないようだ。

 今回は良い方向に転んだが、次がそうとは限らない。ましてや、明日の試験でそんなことがあってはならないのだ。


 明日は今まで以上に上手く立ち回らなくてはならない。


 俺はそう決意を強く固める。




 全ては平穏な生活を送るために。



 否、全ては母さんを守るために、俺は完璧であり続けなければならないのだ。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 もうすぐ試験です!って言ってから大分経ちましたが、次から一学期最終試験となります。


 一学期に学の過去とか、矢島や陽と柊との関係とか、いろいろ詰め込んだ感がありますが、まだまだ学には闇がありそうですね。

 ネタが尽きることは無いので安心してください笑。


 ヒロインレースも、今後どうなっていくことやら…。




今後ともこちらの作品のご愛読、よろしくお願いします。



かさた

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