試験へ向けて

 遂に訪れた一学期最終試験当日。


 この日を迎えるにあたって、その準備の仕方は様々であっただろう。俺の行ってきたこともその一部にすぎない。


 先を見通す力、個の能力、用意周到性、適応力、運…その他様々な力や、クラスの団結力が試される試験の開幕である。


 試験開始予定は8時。ちなみに全員、この学校指定のジャージで登校して来ている。

 Eクラスの面々は7時に集合し、最終ミーティングを行った。


「しかし…、本当に脱出ゲームが試験では無いんだよな?」


 ある程度の確認を終えたところで、真中りんがそう呟いた。

 今更感はあるものの、そう思ってしまうのは致し方ないことでもある。何せ急な試験だったのだ。説明に費やす時間などあるはずがない。


 その呟きに江口が便乗する。そしてその波紋はクラスの一部へと広がっていき、徐々に大きくなりつつあった。


「つーかさ、ずっと気になってたんだけど、それ最初に気がついたのって…誰なの?」

「確かにー」

「そんなすごい奴がいたらもっと楽できそうだよな?」

「うんうん」


 ここまで真実を覆い隠してきたからこその綻び。ただ、俺がこの状況を予測できていなかったわけではない。わざとこうなるようにしていたのである。


 全ての問題を俺が解決していては、クラス全体が成長するはずもないのだ。先回りして壁を壊すことが本当に正しいのか、その答えは否である。


「一回落ち着きなさい」


 そう言ったのは柊だ。一度は目指すべき所を見失いかけたものの、今やこのクラスにとってなくてはならない存在である。

 そんな人物からの発言だ。全員がその言葉に耳を傾ける。


「詳しい説明を怠ったことに関しては、本当に申し訳ないと思っているわ。予めこうなることは予想できていたし、もっと上手くやればこんなことにはなっていなかったのかもしれない。本当に、ごめんなさい」


 柊の謝罪、俺はそれを聞いて嬉しいとさえ思っていた。その謝罪こそが、彼女の成長の証だと思うからだ。

 以前の柊なら「仕方のないことでしょう」などと言って、自分本意の考えでしかこの状況を見れなかったはずだ。

 他人の立場になって初めて見えるものもある。それに気がつけたことが、1番の進歩なのだ。


「わ、悪い。軽率な発言だった。柊たちも俺らのために、俺らの知らないところで動いて、考えていたんだよな。まだ不鮮明な部分も多いけど…クラスメイトを信じるところから始めてみるよ」


「ありがとう、真中君。助かるわ」


「あ、ああ」


 柊のおかげで混乱は収まり、徐々に落ち着きを取り戻していった。真中以外の生徒もクラスメイトを信じるところから始めるようである。


 初めは見ることのできなかった、他者を思いやり信じる気持ち。

 俺はその成長の片鱗が早々に見えたことに驚きを覚えつつ、多少の達成感を味わうのだった。







「これから一学期最終試験の準備を行います。生徒の皆さんは自分の席で待機をしていてください。プレイヤーに選ばれた5名の生徒は、教室左後方の棚にあるリュックサックに荷物を移しておいてください」


 俺は7時半になって流れたアナウンスの指示通り、リュックサックを取りに教室左後方へ向かう。

 当然ながら他の4人も同じような行動を起こした。

 そのうちの1人、蒼井ミミが俺に声をかけて来る。


「やぁやぁ桜井くん。3日間の意気込みはどうなんだい?」


 蒼井の謎のテンションに困惑していると、「ほらほら、どうなのぉ〜?」と言いながら脇腹を突いてくる。そういった軽率な行動は本当にやめていただきたい。


「あー、まぁそうだな。善処しようとは思っているが、あまり期待はしないでくれ」


「かたいなぁ。もっと肩の力は抜かなくちゃだめだよ?」


「あら、そんなにいちゃつく余裕があるのなら、この試験でのあなたの働きには期待をしてもいいのよね?学くん」


 困っている俺に救いの手を差し伸べてくれたのは柊だった…と思ったものの、そもそもなぜ俺だけなのだろうか。他にもいるでしょ?

 あと、ここで名前呼びだけはやめていただきたい。


「はぁ?学がいちゃついてんのは悪いけどさ、なんであんたが学のこと名前呼びしてんの?」


 え?南さんそこですか?俺、何もしてなくないですか?あと優、お前は「そーだそーだ」とか言って余計な横槍は入れんでいい。


「あら?あなたもしれっと名前で呼んでいるじゃない。それに、私は学くんから頼まれたのよ」


 「ねぇ?」と言いながら俺の方を見てくる柊。そして、信じられないという風に俺の方を見てくる南。両者の視線が痛い。ついでに周りの視線も痛い。


「学、柊さんが言ってることは本当なの?」


 まぁ確かに「頼ってくれ」と頼んだようなものだから否定はできないが、悪足掻きくらいはさせて欲しい。


「まぁ確かに頼んだようなものだけどな、でも実際は逆手にとって頼んできたのはお前の「何か言ったかしら?」方…」


「いやだから…」


「何か、言ったかしら?」


「あーほら、そろそろ試験が始まるから気を引き締めようぜ。注目集めすぎてて辛いしな」


 俺の悪足掻きも虚しく、柊の有無を言わせぬ微笑みに撃沈する。ただ、最後の一言は結構響いたのか、恥ずかしそうに席に戻る柊と南の姿がそこにはあった。


「ねね」


 そう言いながら、今度は蒼井が俺の服の裾をつまんで尋ねてくる。やや上目遣いに首をかしげているので非常に心臓に悪い。

 綺麗な青髪のポニーテールが揺れ、同色の目も同じように揺れている。


「私も…名前で呼んだほうがいい…かな?」


 なんとなく…いや、かなりあざとい。わざと品を作っているようなので、ここはしっかりと否定しておきたいところだ。


 先程の会話のせいで「名前呼びをして欲しい男」みたいなレッテルを貼られている気がする。平穏な生活を送るために、それだけはどうしても避けたい。


「いや、別にこのままでいい。逆にそっちの方が助かる」


「そっか、わかった。それじゃあ勝手に名前で呼ぶねっ」


 はぁ…確認する意味ねぇじゃん。

 小悪魔のような笑みを俺に向け、蒼井も席に戻っていく。

 あーもういいや、俺もそろそろ席に戻るか。そう思って横にいる人物へ声をかけた。


「優、そろそろその足をどけてくれないか?俺も席に戻りたいんだが…」


「なんで私の他に親しそうな女子がいるのよ」


「はぁ、頼むから少しほっといてくれ…」


 なんとか優をなだめて、先程より鋭い視線を集めつつ席に戻る。

 非常にいたたまれなかったが、新名が「大丈夫?」と心配してくれたのが幸いだった。

 思わず「新名が一緒だったらよかったのになぁ」と呟いてしまったため、新名が慌てていたが、そこも含めてかなり癒された。

 ただ、右隣の赤城に終始睨まれていたので複雑な気分になったのは言うまでもない。



 なんか、心配事が増えたような気がするのは俺の気のせいだろうか。


 


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