一学期最終試験前日 準備

 クラスで定められた集合時間よりやや早めの登校をしていた俺は、普段は滅多に使うことのない多目的室の前にいた。

 少し屈んで、鍵穴の周辺をよく観察する。

 もし、俺の予測通りに獅子が動いているのなら、そこにはアレが残っているはずだ。




「やっぱりあったか…」


 鍵穴の周辺には細かい傷が複数ついていた。それも、状態からしてつい最近のものである。

 これらはピッキング行為を行った際についたものだろう。もちろん、それを行ったのは獅子だ。


 では何故ピッキング行為を行ったのか…。

 それは、この多目的室に今回の試験で使うパソコンなどの機材が保管されているからである。



 ここで少し疑問に思うかもしれない。

 何故獅子がやろうとしていたことに気がついたのか。一体獅子が何を行っていたのか。そして、俺がいつから動いていたのか。


 それを説明するには、少しだけ時を巻き戻す必要がありそうだ。




ーーーー 2日前 〜村田と帰宅後〜 ーーーー


 俺は村田と公園で別れた後、一旦帰宅してから必要な物を持って、また学校に戻ってきた。クラスの問題とは別に、他クラスへの対策をするためである。


 今回の試験では、AとB、そしてCクラスへの対策は不要と言える。理由は単純なもので、そもそも敵として見られていないからだ。

 あまりに点差が開き過ぎているため、相手にすらされていない。まぁ、彼らみたいな上流階級の奴らは、一般市民を見下す傾向が強いため致し方ないことなのだろう。


 となると、警戒すべきはDクラスだ。もはや、こちらが本命と言っても過言ではない。

 前回の試験で屈辱的な敗北をしてしまったため、必ず何かしらのアクションを起こしてくるはずだ。それもEクラスに対して、である。


 そのため、俺は獅子が起こした行動を利用し、逆に有利に立つことを決めた。


 そうなると様々な準備が必要となってくるが、生憎その準備とやらは今日でほぼほぼ終わってしまったのだ。


 まず、俺は準備の一つとして、中村先生にあることを認めさせた。


 それはーーー「俺たちが思考し、工夫し、想像して試験に臨むことを望んでいるんだ。試験のルールの穴を見つけて、あんたらの想像を2つや3つも超えていくような方法を使って、あんたらの想像を遥かに超える結果を……」ーーーという部分だ。


 今回の試験は皆平等というのが肝になっている。


 中村先生が俺の発言を認めたことで、それを周知の事実にするために他クラスにも教えたはずだ。


 では、それを聞いた獅子は一体どうして来るのだろうか。

 きっと、ルールの枠に囚われず奇抜な発想をしてくるに違いない。


 そんなわけで、俺は獅子の思考をトレースしてみることにした。

 

 獅子の立場なら、俺は一体どうするのだろう。そう、考えてみる。


 獅子は前回の敗北を根に持っている。ということは、直接俺たちの妨害をしてくる可能性が高い。


 だが、今回の試験では直接妨害ができる方法はかなり限定されている。


 となると…


「やっぱり、できることと言ったら機材への細工…くらいだよな…」


 という結論に至った。




 それから俺は、鍵の周囲に傷をつけないように、多目的室の鍵を自室から持ってきたピックなどの工具を用いて解除する。そして、パソコンのメーカーや機種を確認すると、そのパソコンのプログラムをUSBへコピーしておいた。


 流石に携帯を壊されると何もできないので、回収しておこうとしたのだが、幸い、ここにはその携帯が置かれていない。ついでに言うとカメラもない。


 推測だが、携帯とカメラはプレイヤーが使用するため、会場となる場所に保管されているのだろう。



 やることを終えた俺は多目的室の鍵を閉めて、その場を去る。


 準備は終わった。


 後は獅子の動きを待つだけである。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 時は試験前日へと戻る。






 1年Eクラスのメンツは、昼頃には全員集合していた。


 前回までと大きく異なる点は矢島が参加していることだろう。

 俺との約束通り、しっかりと役目を果たしているようだ。


「全員揃ったようで何よりだわ。それでは、明日に向けて最終チェックをしましょう」


 そうみんなの前で発言したのは柊だ。柊峰、完全復活といったところだろうか。

 村田の視線が俺に向いているように感じるのは、感謝をされているからなのだろう。彼自身も、柊の様子が変なのは自分のせいだと自覚していたようだ。


 最終チェックと言ったものの、本当にやることは少ない。唯一のやることといえば、メールの時に使う表の暗記確認くらいじゃないだろうか。


 ほとんどのことは村田と俺で打ち合わせをしているし、柊もそのことを把握している。さらに矢島には、昨日のうちにやってほしいことをメールしてUSBを手渡したので、その確認さえ取れれば、あとの心配はいらない。


 明日が試験ということもあって、Eクラスの面々の気合いは十分だ。そのおかげか、思いの外早く説明と確認が終了し、解散となった。








 解散となり帰っていく生徒の中で、俺は佐々木優の跡をつけつつ、矢島へ確認のメールを送る。


 1分ほどでその返事が返ってきた。


【言われた通りのパソコンを買って、渡されたUSBのプログラムをコピーしておいた。あとはこれを明日持っていけば良いのだろう?】


【そうだ。仕事が早くて助かる。ありがとう】


 矢島に確認が取れたことに安堵しつつ、佐々木を見失わないよう距離を詰める。


 だいぶ人気が少なくなったところで、俺は佐々木に声をかけることにした。

 これが最後の準備となるはずだ。


「なぁ佐々木、少しいいか?」


 躊躇うことなく、大きめの声を出す。

 佐々木はその言葉に驚くこともなく、静かに振り返ると真顔で答えた。


「うん、いいよ。そろそろ来る頃だと思ってた」










 

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