一学期最終試験前日 早朝の出来事

 時刻は午前5時30分。


 起床した俺は、手早く水分補給と着替えを済ませて家を出る。軽くランニングを行うためだ。


 この学校に入学してから、不定期ではあるが早朝にランニングを行なっている。

 学校の授業で体育という科目はあるものの、あれでは少し物足りなかった。


 なら部活をすればいいのでは?と思うかもしれないが、生憎そこまで本気で打ち込むつもりもない。

 これくらいが丁度良いのだ。



 体感で1時間程度走った後、近くのコンビニによる。すると、そこにはよく見知った顔があった。


「あ、あれ?学くんじゃん。こんな朝早くにどうしたの?」


 そう言いつつ俺の元へ近づいてきたのは、1年Dクラスの綾瀬愛里あやせあいりだった。


「走ったついでに朝食の食パンでも買おうかと思ってな。愛里こそこんな早くに何してるんだ?」


「ん?ま、まぁ学くんと似たようなものだよ…。私、料理とか全然出来なくてさ。あはは」


 なぜだかわからないが、恥ずかしそうに話す愛里。確かにできることに越したことはないが、できなくてもさほど問題はないだろう。

 ただ、挑戦する意思は大切だと思うが。


「そうなのか。ってことは毎日買いに来てるのか?」


「いやいや、それは流石にないよぉー。今日はたまたまなの。…ねぇ、学くんってさ、私が料理できない事、意外とか思ったりする?幻滅…したかな?」


「そんなわけないだろ。意外とは思ったが、幻滅はしないな。人それぞれなんだし。ただまぁ、挑戦してみるのは大切だと思うぞ」


「うん、そうだよね。私も挑戦しなきゃとは思ってるんだけど…。いざやるってなると、何からやれば良いかわからないし…もし失敗したときに、どう対処すれば良いのかわからないし…。なかなか挑戦できないんだ」


 愛里の言うこともわからないわけではない。

 初心者からすれば、新たなことに挑戦するときは何かと不安になることだろう。

 すぐそばで経験者が支えてくれる安心感はとても心強いものである。


「ま、そうだよな。なら、俺で良ければ協力しようか?人並みくらいならできなくもないぞ?」


「え…?本当に?でも…んー…、なら、お、お言葉に甘えても良い…のかな?」


 どこか嬉しさを滲ませながらも、愛里はやや申し訳なさそうにはにかみながら頼んでくる。

 俺としては特に迷惑だと思っていないのだから、愛里がそんな風になる必要はないのだが…。

 これも友達になったからできることだと思っている。


「ああ、特に問題はないから安心しろ。詳細は後でメールで送ってくれ」


「う、うん。そうするね」


 恥ずかしそうに、そして照れるように頬を染める愛里。この間の試験以来関わることがなかったので、こうして関係を築けるのは嬉しい限りである。

 特に深い意味はないが、友人として、さらに関係を深めるためには必要なことなのかもしれない。

 柄にもなくそんな風に思うのであった。



 それから俺たちは、コンビニで買い物を済ませると帰路へついた。


 沈黙の中2人で歩くのに抵抗があったのか、愛里が色々と話題を振ってくれている。

 俺としてはかなり助かっているので、感謝を述べたいくらいだった。


 すると、話題は自然と明日の試験のことになった。


「明日の試験、学くんのクラスは順調そう?」


 駆け引きすることなく、ただただ純粋に訊いて来る。前のように別の思惑は無さそうだった。


「どうだろうな。可もなく不可もなくって所じゃないか?まぁ、あまり俺の口から許可なく情報は漏らさないからな。そんな詳しくは話せないが…」


「あ…。そ、そうだよね。ごめんね、前科があるのに」


「いいや、気にしてない。それにお前のことはちゃんと信用している。それで、そっちはどうなんだ?順調そうか?」


 先ほどから目が合わないが、会話はちゃんと成立している。まぁ、歩いているから前方を向いているのは不自然ではないか。


「んー。どうなんだろう。私、今回の試験でうちのクラスが何をするのか、全く把握してないの。前回のことで、獅子くんにリーダーの座を奪われちゃって」


「そうなのか」


 となると、中心で動いているのは獅子優馬ししゆうまなのだろうか。


「なら、獅子が指揮でもとってるのか?」


「それがさ、何もしてないの。一応プレイヤーにはなったんだけどね…。今は代わりに小岩進太郎こいわしんたろうくんがクラスをまとめてるよ」


「妙な話だな。前回あんな大口を叩いたんだ。そんなあいつが何もしていないはずがないんだが…」


 愛里は俺の言葉を聞いて「うーん」と唸っている。どうやら真剣に考えてくれているらしい。


「クラスのみんなが知らないんだよね。私の友達とかじゃなくてさ。でも、獅子くんの側近がどうかはわからないんだけどね」


「そうか。まぁ今気にしても仕方がないな。明日にならなきゃ詳細はわからないし、俺たちはそのための準備をしているだけに過ぎないからな」


「うん、そうだね。あまり深く考えない方がいいかも」


 そう結論づけて、俺たちは寮への道を急ぐ。

 寮へ到着すると、「また学校で」という言葉とともに、各自の部屋へと戻っていった。



 先程の話を聞いてわかったことがある。

 それは、今回の試験で俺と獅子が行った対策に共通点があるということだ。


 獅子はなぜ何もしていないのか。

 理由は、優秀な手駒が手に入ったからだと推測できる。

 俺も同じように手駒の確保を行ったため、共通していると言えるだろう。


 とは言え、「それが何もしない本当の理由であるか」と問われると、そうではないような気がする。

 いや、そうではないような気がするのではなく、実際にそうではないのだ。


 俺にはもうわかっていたのだ。獅子が何をしようとしていたのか、それがどのように実行されたのか。その全てを把握している。

 そう、既に獅子の計画は実行されているのだ。


 それはとても苦しいことであるはずなのに、俺の広角は自然と上がっている。

 この状況を楽しんでいるのか、それとも喜んでいるのか、どちらも定かではない。



 ただ、ひとつだけ確かなことは


 「俺の勝利は揺るがない」


 ということである。

 


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