村田陽との帰宅

 声をかけられた俺は、寮までの道を陽と一緒に歩いていた。

 陽から誘ってきた割には特に会話はない。ただただ二人の歩く足音だけが聞こえてくる。それほどの静けさがあった。


 陽から何か話があると思っていたのだが…、話しにくいことなのだろうか。


 このまま受け身になるのはどうかと思い、俺の方から話題を振ることにした。


「そういえば、今日は部活はないのか?確かサッカー部だったよな?」


「え?あ、うん、そうだよ。1年生だけが休みでね、前々からなんでだろうって思ってたんだけど…その答えが今日わかったよ」


「なるほどな、試験があるからってことか」


「まぁそうだろうね」


 試験の話題になってもまだ話してこないのか。


 このタイミングで俺に話をしたいって言って来たから、てっきり試験についての話だと思ったのだが…。


 そう思っていると、今度は陽の方から口を開いた。


「ねぇ、桜井君。少しだけ、遠回りをして行かないかい?」


 そう言って陽が指を指した方角は、寮の道からそれていく道だ。


 どうやら話は長くなるらしい。


 俺はその誘いに首を縦に振って答え、陽の後を追った。








 しばらく歩くと公園が見えて来た。とても小さな公園だ。

 人気はなく、ただベンチと散歩コースがあるだけ。公園というよりは、広場と言ったほうがいいのかもしれない。


 陽はその広場へ足を踏み入れると、ベンチに座り、俺に手招きをしてくる。


「ここに座りなよ。もう気がついているかもしれないけど、少し話が長くなりそうなんだ」


「そうか、なら失礼するぞ」


 俺は陽の右隣へと腰を下ろす。今思えば陽と友達になってからというもの、こうして2人きりで話すのは初めてかもしれない。


 そんな風に思っていると、どうやら陽も同じようなことを考えてたらしい。

 少し照れながらも、爽やかな笑みで話しかけてきた。


「なんか、こうして2人きりで話すのって少し新鮮だね」


「そうだな。それで、話って何なんだ?」


「うん、それじゃあ単刀直入に訊かせてもらうよ。君は、一体何者なんだい?」


「すまん、質問の意味がわからないんだが?」


「ごめんね、少し急過ぎたかもしれないね。なら、君は本当の実力を隠しているんじゃない…かな?」


 やはりその手の質問か。いつも通り、とりあえずしらばっくれてみる。


「さぁ?なんのことだかさっぱりだな。…それにしても、何故そう思ったんだ?」


「…確信はないんだ。でも、僕たちのクラスは、毎回試験で良い成績を収めることができていたよね?それは…きっと、君のおかげなんじゃないかと思ってね」


「いやいや、そんなことはないだろ。1回目の時は確かに俺が動いたけど、考えたのは矢島だし、2回目の試験は柊のおかげなんじゃないのか?」


「うん、そうだね。でも、いずれも君が関わっている事には変わりないよ」


 まぁ確かにそうだ。表向きはそうなっているが、実際はそれが事実ではない。

 陽に、俺が本当の実力を隠しているという事が立証できないように、俺自身もその事を否定する材料はない。


「ただ、訊いてみたかったんだ。何でそんな事をしているのか。もちもん、していないのかもしれないけどね…。だから僕の問いには答えなくていいよ。でもね、もし桜井君が本当に実力を隠しているのであれば、これまで通り、裏で動いて欲しいんだ」


 なるほど、俺の口から答えを求めないのか。その発想は無かったな。相手の嫌がることは強要しない。みんな仲良く、それが村田陽という男が目指すものなのだろう。


 今後、この男は俺の計画の中で重要なパズルのピースとなる。

 今回の試験で村田陽を利用する。それはもはや、俺の中では決定事項だった。


 この機会を逃すわけにはいかない。


「陽、お前の言っていることは当たっているぞ」


「え?」


「俺は本当の実力を隠している。まぁ実際に本気を出しても、上の下くらいの力しか出せないがな」


 隣に座る陽を見ると、俺の突然の自白に目を丸くして驚いていた。まさか、俺が自ら自白するとは思ってもいなかったのだろう。


「驚いただろ?でも、これにはそれなりに意味があるんだ。なんだかわかるか?」


「えーっと、今回の試験…に関係するのかな?」


 流石だ。やはり頭の回転が速い。俺の突然の行動にもちゃんとした意味を見出している。


「そうだ。今回の試験はお前の協力が必要になってくる」


「…協力って言っても、いったい何をするんだい?そもそも今回の試験は協力ありきの試験だよね?」


「ああ。だが、今回の試験は今までの試験とは少しだけ違う部分があるんだ。それは、まだ試験の内容が分からないってところだ」


 俺の言っている言葉の意味がわからないのか、しばらくの間、陽は首を捻って考え込んでいた。そして、鞄を開きながら俺に問いかけてくる。


「…うーん。それはどういうことなんだろう。試験の内容は今日告知されたんじゃないのかい?」


 そう言って、陽は今日配られたプリントを先ほど開けた鞄から取り出した。俺もそれに従って自分のプリントを取り出す。


「もう一度、よく目を通してみてくれ。…どこに試験内容が書かれているんだ?」


 5分ほど沈黙の時が流れる。その間、陽はずっとプリントを見つめていた。やがて顔を上げると、納得のいった表情を見せていた。そこには驚きの感情もあるように思える。


「よく…気がついたね…。…ちなみに、君が今、試験についてわかっていることってなんだい?」


「そうだな…。まず、今までの試験とそう変わりはないこと。すでに試験は始まっているということ。試験は全クラス公平に受けること。くらいだな」


 またも沈黙が流れる。しかし、今回のそれはほんの僅かな出来事であった。


「…つまり、試験の内容はわかっていない。でも試験は始まっている…と。今回は試験までの過程も大切になって来そうだね」


「同感だ。しかし、よく気がついたな」


「その言葉は、そっくりそのまま君に返すよ」


 そう言って微笑むと、すぐさま真剣な表情に戻る。…器用な奴だな。


「それで、僕はいったい何をすれば良いんだい?」


「ああ。それはなーーーーーーー」





 1回目の試験で南という手駒を手に入れた。2回目の試験ではさらにその手駒を増やした。

 今回の試験では村田陽を育成する。そして、2学期には仕上げに入るだろう。


 柊と村田。この2人を中心にこのクラスを構築していく。全ては俺のために、だ。


 ただ、俺にはひとつだけ気掛かりがあった。


 それは矢島という存在ではなく、佐々木優という女子生徒の存在だ。


 俺は彼女を知っている。そして、彼女も俺を知っている。


 今まで動きが見られなかったため静観していたが、今回の試験で動きが見られた。


 何をするつもりなのか、皆目見当もつかない。それでも、何かしらの布石を撃たなけれ手遅れになる可能性もある。


 明日の一手が、今後を左右する事になりそうだ。





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大変お待たせしました。


テストまであと4日です。あと少しですので、お待ち下さいますようよろしくお願いします。


かさた











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