試験への話し合い その2

多少変更がありました。

内容には関係ありません。

2020/08/27










 先生との話を終えた俺は、教室の扉へ手をかける。俺が教室を出ていってから経過した時間は約5分ほど。その間に、一体どのような話し合いが行われていたのだろうか。


 俺が教室へ入ると、鋭い視線が送られる。全員ではなく、一部の男子からだ。


 先程廊下に聞こえた騒がしい声の主は、どうやら赤城のようだ。それに加え、江口と平口雷ひらぐちらいも何やら騒いでいた様子。


 なにで揉めているのか、俺には知る由もない。そう思っていたが、ホワイトボードに書かれたプレイヤーのメンツを見て大方見当がついてしまった。


桜井学

桐崎南

蒼井ミミ

佐々木優ささきゆう

柊峰


 見事に俺以外が全員女子である。

 まぁ確かにこのクラスの男子は女子よりも劣る部分が多い。だからこうなっても仕方がないのだが、「なぜこいつがメンバーに?」と疑問に感じる奴もいる。俺からしたら、今すぐにでも人選理由を尋ねたいのだが…。


 当然、そんな俺の思いが彼らに届くことはなかった。


 騒いでる男子の理由は、「俺のことを嫌っているから」か、単に「羨ましい」からという奴が大半だろう。

 しかし、今回の場合は赤城にも明確な理由がありそうだ。


「だ〜か〜らー、このメンツじゃあ弱っちぃだろうが。俺みたいなつえー奴がいねーと、取れるポイントも取れないんだよ」


 どうやらこれが赤城の意見らしい。

 まともな意見のようにも聞こえるし、実際に良い意見だ。が、「あわよくば咲に良いところを見せたい」という本心もある気がする。


「そうかもしれないけど、これがみんなで話し合って決まったメンバーなんだ。僕はみんなで決めた意見を尊重したい」


 うん、なんとも村田らしい理由だな。真意はわからないが、きっとこれも赤城達を想っての事だろう。

 例えばだが、赤城やその他の男子の意見をのみ、プレイヤーを変え、その結果負けたとする。


 当然それで責められるのは赤城達だ。そして赤城の性格上、そうなると怒ってしまうことは想像に難くない。

 そんな状況になれば、一学期終了を目前にしてクラスの輪は崩壊。二学期からは悲惨な結果が待ち受けているだろう。

 きっと、そこまで考えての反対。


 今回ばかりは仕方がない。

 クラスの信頼を集める努力をしてこなかった、赤城達の方に非があるだろう。


 しかし、どうやら赤城達は村田の真意に気がつかなかったようだ。


 まぁ、俺としては誰がプレイヤーでも良いから、この話し合いが終わるまではじっとしておくか…。


「なら、桜井君と力比べをすれば良いんじゃないかしら。それで納得できるでしょう?」


「それだよそれ!もし桜井が俺に勝てたら納得してやるぜ。そんじゃあ、腕相撲をやんぞ!桜井、出てこいや」


 この話し合いを静観して乗り切ろうと思っていたが、その目論見は柊の言葉によって失敗に終わる。

 またあいつかよ…。俺の名前ばっか出すじゃん。


 どう考えても、この空気では断れそうにない。赤城はやる気満々だし、村田は俺に「お願い!」みたいなジェスチャーをしている。


 さて、どうしたものか。

 断ることはまずできないだろう。かと言って、勝ってしまうのもどうなのだろうか。

 仮にも赤城はバスケ部で、運動能力はかなり秀でている。

 パワーとスピード、どれをとっても超高校級であることは間違い無いだろう。



 そして、考えた結果、俺は僅差で負けることにした。


 腕相撲はただ力が強ければ良いだけではない。重心の移動や手首の角度、力の伝え方など様々なテクニックがある。

 それを知っていた、とそう言っておけばなんとかなるだろう。それに、そろそろ俺の力を見せなければならない奴がいる。


 とりあえず呼ばれているので、前に出る。わざわざ前でやる必要はないと思うんだけどね。


「おせーよ桜井。ほら手を出せ、やるぞ」


「わかった」


 俺は教卓を挟んで赤城と向かい合う。そして右手を掴み合い、肘をつけた。どうやら審判は村田が行うようである。


「それじゃあ準備はいいね。いくよ…、レディ……ゴー」


 その合図とともに俺は右腕に力を込め、少しだけ重心を低くする。上腕二頭筋だけでなく、手招き動作で使用する橈側手根屈筋を使って赤城の手を引きつけた。

 油断していた赤城は多少の遅れを取るが、その太い上腕二頭筋を使って体勢を整えている。


 さて、ここからが見せ所だ。


 俺は一旦力を緩めて押されている雰囲気をつくる。好機と判断した赤城は、自分の体重を乗せてきた。


 俺はそれを確認してから、右脇を閉めてから肘の角度を90度に調整し、肘が肩の少し内側にくるように体を移動する。

 俺がこれから行うのはてこの原理を利用したトップロールという技法。

 相手の指先を作用点とし、肘が支点、肩が力点となる。

 作用点である相手の指先を後ろ上方に吊り上げるイメージを持ちながら、力点の肩を下に落とし、その力を肘を支点に作用点に伝える。


 わかりにくい場合は、釘抜きを使って釘を抜く動作をイメージして欲しい。


 そして、それと同時に相手の手首をストロークし、相手の手の平を上に向けさせる。

 こうすることで、相手はいくら力があっても力が入りにくくなる。


「っ⁉︎…っくそ…がぁぁぁあ‼︎‼︎」


 赤城が雄叫びを上げる。俺がトップロールを駆使していても先ほどよりも強い力で俺の腕を軋ませた。かなりの根性と腕力だ。


 もう十分だな。


 そう判断した俺は、力を少し弱める。ある程度のところまで押し込まれると、俺は床についていた足をわざと滑らせ、体勢を崩した。


 その隙を赤城が見逃すはずもなく、全体重をかけて攻めてくる。


「うぉぉぉりゃぁぁぁあ!!」


 またもや赤城の雄叫び。そして、「ガタンッ」と腕が教卓に叩きつけられる音が豪快に響いた。


「はぁ…はぁ…はぁ…、っくそが」

「はぁ…はぁ…」


 俺と赤城は互いに息を切らす。俺の場合は単に演技なのだが、赤城はかなり辛そうだ。

 それにしても、勝ったというのに嬉しそうじゃないのは…なぜだ?


「えーっと、勝者は赤城君…だね」


 村田は勝者を告げると、柊の方を見る。その視線に気がついているだろう柊は、座り込んでいる赤城の近くへと寄り、見下ろすような形で話を始めた。


「どうやら赤城君が勝ったようだけれども、ほぼ僅差のようね。桜井君が足を滑らせていなければ、この勝敗なんて分からなかったわ。…ねぇ、あなたはまだこのメンバーが弱いっていうのかしら?」


 何をもって強いというのか。それが腕相撲で決まるなんてことはない。それは柊も、赤城も、どちらも分かってはいるのだろう。


 しかし、どう見ても格下である俺に良い勝負をしてしまった。そして、その姿を咲に見られてしまったのだ。それが赤城のメンタルを深く傷つけてしまっているようである。


「…ちっ、勝手にしろ…」


 赤城はそう吐き捨て、自分の席に着く。それによって、騒いでいた男子達も静かになっていった。


 足を滑らせたのは一番自然な負け方だと思ったからだ。変に力を抜けば、赤城に勘付かれてしまう。

 そう思っての行動だったのだが…。なんだか赤城には悪いことをしてしまったな。




 結局、プレイヤーは変更することなく、今日の話し合いは幕を閉じた。


 明日の話し合いの時刻を決め、後は寮に帰るだけとなる。が、帰ろうと教室を出た俺に、声をかけてくる人物がいた。


「桜井君。一緒に寮まで帰らないかい?」


 そう尋ねてきた人物は、村田陽だった。





 


 

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