未来に役立つ人材の育成

 俺はトイレへ向かうフリをして廊下に出る。すると、そこには俺の予想していた通り中村紗江がいた。


「先生、いったいそこで何をしているんですか?」


 俺がそう尋ねると、先生は壁に寄り掛かっていた体を起こして、俺の方へ向かって来る。

 そうして、先生は俺の目の前で立ち止まった。


「その問いに、私が答える必要があるのか?」


「いえ、答える義務なんてありませんよ。ただ、なぜ今回に限って俺たちの動向を把握しようとしているのか、そこが気になりまして」


 俺はそこまで話し、中村先生を観察する。自ら俺の目の前に立った事から、先生は相当心理戦に自信があるらしい。

 その自信は本物のようで、俺から見てもどこにも隙がない。


「まぁ、今回私たちが、お前たち生徒の動向を把握しようとしていることは認めよう。もちろんこれにはちゃんとした理由がある」


「…今回の試験は、クリアまでの過程も評価基準に入っているから。ですか?」


 俺の問いに対し、先生はしばらくの間、沈黙を作る。どうやら言葉を選びかねているようだ。多少なりとも、今回の試験の核心をつけたのかもしれない。


「…なぜ、そう思う?」


 ここからは俺も強気で行こう。今が攻める時だ。


「俺には今回の試験の説明で不思議に思ったことがあった。それは今回の試験の説明が全くなかった事だ。試験のように見立てた脱出ゲームは、試験と呼ばれずにゲームと呼ばれていた。途中で出てくるワードも、試練であり試験とは全くの別物だ。それなのにあんたの「もう試験は始まっている」という言葉。こんなの、何か裏があるに決まってるよな?」


 先生がその問いに答えることはない。それでもいい。当然、俺もそんなことは百も承知だ。


 俺は考え得ることで可能性の一番高いものを先生にぶつける。


 今回の試験で、俺はこの学校の特徴を完璧に掴むつもりでいる。これはそのための答え合わせのようなものに過ぎない。


「そして、俺はさっきのあんたを見て確信したんだ。今回の試験は過程が評価基準になるってな。そうじゃなきゃ、あんたら教師が俺たちの動向を気にするはずがないだろ」


「…仮にそうだとして、そんなことをして何になる。過程がどうであれ、結果が全て。違うか?」


「まぁそうだな。だが、それはこの学校が普通の学校であるなら、の話だ。普通の学校なら結果が全て。授業で寝ようが、勉強を疎かにしようが、テストや提出物で高評価を叩き出せれば良い。だがこの学校は違う」


 そこで俺は一旦言葉を区切る。これから発言する内容を整理し、言葉を組み立てる。ほんの数秒の間にそれを終わらせ、また話を続けた。


「もちろん結果も大切だ。でも、それ以上に大切なことがあるんだろ?「未来に役立つ人材の育成」。それがこの学校の目標なんだろ?そのために、この学校では他には無い試験があり、他クラスとクラスポイントで争っている」


「…つまり、お前は何が言いたいんだ?」


「つまり、あんたら教師は俺たちが指示通りに試験に臨むことを求めているわけじゃ無い。俺たちが思考し、工夫し、想像して試験に臨むことを望んでいるんだ。試験のルールの穴を見つけて、あんたらの想像を2つや3つも超えていくような方法を使って、あんたらの想像を遥かに超える結果を出す。それを求めているんだろう?」



 これが俺の持ち合わせる情報で出した一つの答え。


 今までは、言われたことをちゃんとこなしていれば役に立てるような社会だった。が、もうそんなことはない。


 技術が進み、単純作業は機械が行うようになった。それも、人間よりも安く、速く、正確にだ。

 そしてAIの発達により、人間の仕事のほとんどが失われていくだろう。


 そんな中で勝ち残り、役に立っていくためには何が必要だろうか。

 それはきっと、言われたことに加え+α《プラスアルファ》何か手を加えることができる人だろう。


 他にも、独自の発想を持っていたり、工夫を凝らすことができたり、卓越した技術を持っていたり、そういった人物が今後の未来に役立っていく。


 だから、今回の試験では過程を大切にするのだ。何を考え、どんな行動を取るのか。そこの考え方が、近い未来に必要となってくる部分なのだから。




 俺の話を聞き終えた先生は驚きの表情を浮かべていた。そして、ふっと笑みを見せる。


「驚いたよ。この時点でそこまでたどり着くとは。本来なら、今回の試験で散々な目にあったお前たちに話すことだった。想定外だ」


「いや、俺自身もそれほど完璧に理解しているわけじゃないです。それに、これくらいのことをやり遂げる生徒は他にもいるのでしょう?」


「ふっ、さぁな。確かに今年は優秀な生徒が多い。もしかしたら今回の試験は波乱の展開が起こるかもな」


「…つまり、何処かで他クラスか教師側の介入がある、と?」


 そう訊くと、中村先生は憎たらしい笑顔を見せる。まるで揶揄うような、そんな笑顔だ。


「ふふ、その問いには答えないでおこう。素早い適応能力や状況判断、即興性も評価基準なのでな。当日は何が起こるかわからんよ。お前も気がついている通り、まだ試験のルールは知らされていないだろう?」


「ええ、確かにその通りです」



 とりあえず、これで先生としたかった話は大方終わった。

 あとはクラスの話し合いを聞き流せば良いだけだ。と、思っていたのも束の間、クラスからは怒鳴り声が聞こえてくる。


 どうやら、先生もそれに気がついたようだ。


「いいのか?どうやらお前が不在で揉めているようだが」


「そんなわけないでしょう?俺がいなくても村田と柊が話を進めるでしょうし、もともと俺は話し合いにそれほど参加していません」


 もうこれくらいにしよう。そう思って話を切り上げようとしたが、先生はまだ話をし足りないらしい。

 俺と先生のちょっとした雑談は、もう少しだけ続きそうだ。


「そうか?そうには見えなかったんだがな。…そういえば、今回の試験は随分積極的に動くんだな。感心したぞ」


「こちらにも事情がありましてね。先生ならもう察していると思っていたのですが」


「ふっ、そうかそうか。ま、頑張りたまえ」


 そう言って廊下の壁に寄りかかる先生。どうやら、まだクラスの話し合いを聴いていくようだ。


 俺もそろそろ戻らなければ。

 長いトイレだな、と思われてもやだし。それに揉めている理由も気になる。


 さてさて、もうひと頑張りでもしちゃいますか…。



 

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