付け入る隙

「あんた、裏切るつもり⁉︎」


「いや、でもよぉ」


 バンッと、机を叩き怒鳴り散らす女子生徒。そしてそれに怯える男子生徒。どちらもDクラスの生徒である。


千帆ちほちゃん。少し落ち着こう」


「お、落ち着こうって、あんたねぇ…」


 千帆、フルネームは大道千帆だいどうちほである。そしてその生徒を宥めた女子生徒こそが、Dクラスに2人いるリーダーのうちの1人、綾瀬愛里だ。


「ねぇ波人くん。私は君を止めるつもりはないよ。でも、それでもね。獅子くんのやり方は間違いだと思うの。だから、獅子くんが道を踏み外さないように、ちゃんと見ていてあげてね」


 彼女の真っ直ぐさに罪悪感を覚えたのか、波人くんと呼ばれた生徒は首肯せずに走り去ってしまった。


「なんなのあいつ」


 そう毒づく千帆。


「千帆ちゃん、そんなこと言わない」


 そう優しく注意する愛里。

 一見余裕そうに見えるが、実はもう後がない状況である。千帆が毒づいてしまうのも無理はなかった。


「それに波人くんを責める事はできないよ。あんな噂が流れちゃったらね…」


「獅子についてのあんなくだらない噂で裏切る奴を責めないなんて、愛里もほんとお人好しよね。それにしても、あの噂…本当だと思う?」


 その問いかけに長考を見せる愛里。あの噂、というのは、ある人物が流したものだ。


 獅子優馬は昔、人を殺したことがある。裏切った者を退学するまで追い詰めた。中学生の半年間少年院にいたことがある。という、そんなありそうであり得ない噂がながれたのだ。

 そして獅子はその噂をあえて利用し、否定せず、相手に本当だと思わせて従わさせた。


「できれば…、嘘であればいいな。そうだったら、誰も悲しまないから」


 どこまでも優しい本当の善人である愛里は、悩んだ末にそう答える。

 そして一つの決意をした。


「それでも、嘘じゃない可能性も0じゃない。だから…私は私なりに動こうと思うの」


「…どうするの?」


「Eクラスと手を組むことにする。それで獅子くんを止めるの」


 それがクラスを裏切る行為である事は、愛里にも良くわかっていた。

 それでも、多くの人が傷つく前に獅子優馬を止めることを選んだのだ。


 それが彼女の下した選択であり、決意だ。そしてそれに千帆も賛同の意思を示した。


 しかし、彼女たちが知る事はないだろう。


 この状況を作り出し、彼女らにこのような決断をさせたのが、全てある男の思惑通りだったことなど…。

 そう、全くもって知る由などないのだ。






「えぇ、うそ…でしよ?」


「本当だ。今日Dクラスの綾瀬愛里から、そう頼まれた」


 俺と南は俺の部屋で会っていた。南が「この試験をどう乗り切るのか俺にアドバイスをもらいたい」そう言ってきたからだ。


 そして今日、綾瀬愛里から協力要請があったことも情報として共有しておく。


「ねぇ、それってさ。なんであんたのところに協力要請が来たわけ?全然理解できないんだけど…」


「そうなるよう仕向けたんだ」


「はぁ?」


 意味がわからない、というように睨んでいる南。俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。


「…そうなるように仕向けたんだ」


「いや、それさっき聞いたし。仕向けたって…あんたまさか、Dクラスが対立してんのもあんたの仕業?」


 そう疑いたくなるのもわからなくないが、流石にそれはない。しかし、こいつも意外と感が良くなってきている。


「いいや、それは元からだ。俺はその状況を利用しただけに過ぎない」


「んー、もうよくわからないから、一から説明してくんない?」


 そう言われてしまったら仕方がない。俺は前回の試験から準備していたことを含めて、南にもわかりやすく説明をした。


「まず、俺は先生が発したある言葉から、他クラスとの競争がある事は確信していた。その確信をしたのは入学式のホームルームでだ」


「そ、そんな前から⁉︎」


「ああ。だから俺は、あえて前回の試験で1ヶ月の猶予をギリギリまで使い、他クラスのことを調べ上げた。流石にAクラスまでは調べられなかったが、それ以外なら全て調べることに成功したんだ」


 ここで当然の疑問が南からあがってくる。


「え?じゃあ私に集めろって言ったDクラスの情報は?いらなかったじゃん」


「いや、あれは必要だった。南が集めた情報と俺が集めた情報。その2つを照らし合わせると大きな誤差が生まれていたんだ。お前にはこの誤差が生まれた原因がわかるか?」


「…相手が他クラスだってわかってから集めたのか、そうじゃないかの、違い?」


 自信がなさそうに答えているが、しっかりと正解している。やはりそれなりに頭の回転は良いようだ。


「そうだ。そのことからDクラスが俺たちを警戒している事は明白だった。だが、若干名俺の情報と南の情報で一致する者がいた。その理由については?」


 今度は答えを導けなかったのだろう。大人しく左右に首を振っている。

 それを確認してから俺は話を続けた。


「理由はDクラスが対立しているからだ。性格からして、嘘をつくように命令したのは獅子優馬だろう。そしてそれに対抗したのが綾瀬愛里だ。クラス内での対立、それがDクラスのウィークポイントであるのは疑いようもない。だから俺は、そこに少しだけ手を加えてやった。それがーーーー」


「獅子優馬についての、噂?」


 俺の言葉の続きを南が拾った。それを肯定し、俺は続ける。


「それによって対立していた関係が大きく崩れた。獅子優馬を恐れた愛里陣営側の生徒が、裏切って獅子側に着く。そうすることで愛梨を追い込んだんだ。そうなれば彼女は決断を迫られる。獅子に従うか、これ以上犠牲を出さないために対立するかという決断を、だ。そして本当の善人である綾瀬愛里は後者を選んだ。それで俺の元へ相談が来たってわけだ」


「なるほどね。でもなんであんたに相談が来たのか、説明がないんだけど」


「俺が単に信用に値する人間だったってだけだろ?」


 いや、本当はそんなはずはない。確かに仲良くなりそれなりの関係は築けたが、そこまでではなかった。

 ならなぜか。俺は俺にその相談が来るよう、自分の有能さを愛里にアピールしたのだ。

 勿論さりげなくではあるが。前回の試験でこんななことをしたのだ、と。さりげなく会話に混ぜ込んだ。

 俺がEクラスに口止めをしなかったため、俺がやっていた事は他クラスにまで広まっていたが、その噂に信憑性を持たせたのだ。


 隠す意味はないとは思うが、一応である。もし表立って動かざるおえないような状況になってしまった時、今回のことを指摘されると痛い。まぁ南がそんな事をするとは思えないが。


「…ん、わかった。そういうことにしとく」


 俺の答えに満足できていないが、一応頷いている南。俺に答える気がないことに気が付いたか?まぁ良いか。


「今回の件、他言無用で頼む。俺が秘密裏に動くことにする」


「わかってるけど…、意外だよね。あんたってそんなに積極的に取り組む人なんだ」


 そんな風に言って俺を一瞥する南。俺は少しだけからかうことにした。高校生といえばおふざけだもんね!


「当たり前だ。なんてったって、南を守るためだからな」


 すると、南は顔を赤くし俺の肩をバシバシ叩いてくる。いや、地味に痛いからね…。


「…そういうのマジでやめて。べ、別に嫌じゃないんだけど、さ。と、とりあえず、わ、私以外には…や、やらないでねっ」


 そう言って颯爽と部屋を出ていく南。これがいわゆる既視感デジャブというやつだろうか…。







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