桜井学の4週間 その5

 次の日。


 俺は大型ショッピングモールの中にあるカフェに来ていた。昨日の夜にメッセージがきて、今日直接ここで待ち合わせをすると言われたからだ。


 しばらく2人席で待っていると、南がやってきた。


「ま、待ったっ⁉︎」


 急いで来たのか息が上がっている。俺と同じ時間に帰りのホームルームが終わったというのに、なぜここまで遅れたのだろうか。

 実際に結構待たされたので、事実を伝えることにした。


「ああ、結構待ったぞ。30分くらいな」


「そ、そこは待ってないって言ってくれても…って、ほんとに結構待たせてたんだね…。なんかごめん」


「いや、別に良い。それで一体どんな話なんだ?」


 俺がそう聞くと、南はなぜか言いにくそうにモジモジしてしまった。遅れたのは気持ちを整理するためなのか? そもそもそこまでしないとできない話って何だ?


「あ、あのさ、結局あの件はどうなったの?」


「あの件って言うと、退学のことか?」


「うん」


 まぁそこまで隠すことではないだろう。後々こいつとはかなり深く関わる予定だ。今のうちから少しくらいは俺のことを知ってもらう必要がある。


「ま、お前たち3人を守るって話だからな。退学のことについては何とかしてやる」


「何とかって、どうするの? なんか難しいこと言ってたけど、結局はあの4.の策は実行できないんだよね? そうなると5.の策だけど、あれって…ね? 流石にやらないんでしょ?」


「異性への性的接触のことか。てか、あれしか方法が無いんだからやるしかないだろ」


「えぇっ⁉︎ だ、誰に⁉︎ 誰にやるの⁉︎」


 そこまで食いつかれると言いにくいんだが…。とりあえず話を変える方向でいくか。


「まぁそんなことより、本命の話は何だ?」


「へぇ? え、え? 何でわかったの? …って話変えんな、ばか」


「わかったよ、ちゃんと話す。俺がやろうとしてることはーーーー……ーーーーということだな。」


 俺が考えた本命の策を説明すると南が硬直してしまった。おーい、大丈夫かこいつ。


「なんか…とんでもないこと考えたね。もしかして、桜井ってかなりの切れ者? 天才?」


「さぁ、そこら辺は俺にもわからないな。それよりもお前の話を聞かせてくれ」


 俺がすべき話はもう終わったのだ。早く本題に行って欲しい。


「わ、わかったよぅ」


 たじろぎながらもそう答えた南は、こちらをチラチラ見ながら話し出した。


「私さ、小4から中2までいじめられてたんだ。ずっとずっといじめられてて、すごく辛かった…」


 中2までということは、中3からはいじめられなくなったのだろう。俺の予想が当たっていれば、咲が関係しているはずだ。


「中3になると咲ちゃんと同じクラスでさ。私がいじめを受けてることに気がついて、一瞬でやめさせちゃったんだ。それだけじゃなくて、そのあとも守ってくれて友達にもなってくれたの。それで、今も守ってくれてる…」


 そういうことか。南が言いたいことはなんとなくわかった。


「つまり、南を心配して咲が高校にまでついてきたってことか?」


「うん、多分そう。だから咲にはもう迷惑をかけたく無いの。守って貰わなくても大丈夫なようにしたい。でも、それは私1人ではできない。だ、だから桜井に守って欲しい。それと、私をもっと強い人間に育てて欲しいの。ほんと何バカなこと言ってんのって感じなんだけど、なんだけどさ…」


 そこまで言って彼女の口が止まった。そして俺の目を真っ直ぐに見据えると、立ち上がって頭を下げる。


「お願いします。私を守ってください」


 南はそう言ったっきり、頭を上げようとしない。俺はそんな彼女に質問を投げかけた。


「一つ聞いて良いか? なんで俺なんだ?」


「え? それは、守ってやるって言ってくれたから、そんなに悪い人じゃ無いのかなって思って…」


「ま、そうだよな。俺は南を守ってやるって言ったんだ。そして約束をした。それで十分だろ?」


 俺の返事が意外だったのか、南は2度目の硬直に入ってしまった。それが溶けるのを待っていられないので話を続ける。


「それにな。南は咲に守ってもらってるって言ってたけど、本当にそうなのか? 確かにきっかけはいじめを救ったことかも知れない。けれど、それで仲良くなるなんてほんの一握りだろ? ましてや同じ学校にするって、なかなかしないもんだろ」


「そ、それは咲ちゃんが誰にでも優しいからで…」


「それだったら入学式に助けたあの女子生徒、確か…美咲みさきだったっけ? とは毎日喋って遊んで飯食ったりしてんの? してないだろ? あいつだって友達と親友の区別くらいはつけてるんだよ」


 俺の言葉はどう聴こえているだろうか。南のこの勘違いは彼女の積極性を失わせてしまう。優秀な手駒にするなら、今のうちに気がつかせるのが得策だろう。

 騒々しい店内で、俺の言葉を聞いて驚きを含んだ表情を見せた後に、南は淡く微笑んだ笑顔を見せた。そして、その目尻は確かに光っている。


「そう、だね。ありがとう、学。君はやっぱり優しいね」


「そうでもないだろ」


「そんなことあるよ。私が会ってきた人の中で優しさランキングを作るなら、確実にトップ5には入るよっ」


 そう言って制服の裾で目元を拭いた南は、席に座って改めて頭を下げた。


「本当にありがとう。そのかわり、学が手伝って欲しい時には言ってね。出来る限り協力するから」


「ああ。わかった、ありがとう。…なぁ、ひとつ聞いて良いか?」


「うん、なに?」


「…なんで急に名前呼びになったんだ?」


「そ、それを今聞くな、ばか! 学のばか! 変態!! もうバイバイ! 私帰るから!!」


 そう言ってバタバタと荷物をまとめると、風のように去ってしまった。

 そんなに早く帰れるならもっと早くきてくれよ。そう思ってしまう学だった。

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