桜井学の4週間 その4


「少しお聞きしたいことがあります。どうして咲ちゃんは今回の依頼を断ったのでしょうか? その理由をお聞かせ願えますか?」


 10分後、指定した時間通りにファミレスに来た愛花がそう質問してきた。


 正直「答える必要はない」と思ったが、咲が理由を説明していないのに俺が納得していたので、説明しないのもどうかと思い答えることにする。


「俺の推測が外れていなければの話だけど、多分咲はこの策の問題点に気が付いたんだろうな」


「問題点?」


 意味がわからない、という風に聞き返してくるので先ほどの会話をおさらいすることにした。


「愛花は俺に、どうして4.か5.の策にするのか聞いただろ? でと俺はその問いには答えず、どうしてそう思ったのかを訪ねた」


「そうですね。それで私は、私たちを説得できるなら人手はいくらでも用意できるのでは? と答えました」


 なるほど。ちゃんと覚えてたんだな。ならすぐに気がつくだろう。あの時は偽の理由をでっち上げるのに必死だったから、気がつかなかっただけだろうしな。


「そうだな。それで、俺はなんて答えた?」


 しばらく黙り込んで、記憶を引っ張り出す愛花。そして確かに俺が口にした内容を要約した。


「確か…。1.2.3.の策は全て先生側や学校側の独断と偏見によって決まるから実行できない…と、4.5.の策は証拠と被害者を用意すれば問題ない。でした、よね?」


「そうだ。4.と5.は証拠と被害者を用意すれば実行に移せる。だから問題はない。だが、完璧ではないんだ」


 そこまで聞いて、愛花はやっと理解をしたようだ。何度も顔を縦に動かし、驚いたように俺を見た。


「咲ちゃんは別として、あなたがこれに気がつくなんて…。実は、すごく優秀だとか?」


「もともと俺が考えた策だぞ? 問題点くらい把握している。咲がそういう奴だってことは知っていたしな」


 さて、ここでちゃんとした説明をしよう。


 俺が解答した4.5.を行う理由は、証拠と被害者を用意すれば問題ないから、だった。そう、確かに問題はないのだ。

 しかし、それはいじめが嘘でなければ、の話である。


 一覧例の資料の最後にはこういう一文があった。


『また、4.5.6.については教師、当事者同士での話し合いを行い、処分を決定するものとする。』


 ここからわかること。

 それは「嘘であることが話し合いによって見抜かれたら、処分が下らなくなる」ということだ。


 そして、嘘であれば確実に見抜かれてしまうだろう。仮にクラスの全員に協力を要請して、いじめをした証拠と被害者を作り上げたとする。

 そうすると被害者が4人にもなるのだ。


 これを不思議に思わないほど、学校と教師は馬鹿ではない。

 ちゃんとした探りを入れてくるだろう。そうなれば、何処かの綻びから嘘が露見し計画は白紙となる。

 一応、それを防ぐ方法は存在する。その方法というのは、本当のいじめをすることだった。


 しかし、それを咲は拒んだのだ。


 彼女はとても優しい生徒だ。

 みんなを大切にしたい。だからこの策には協力できない。先程、咲は俺に向かってそう言っていたのである。


「ま、そういうことにしときますね」


 俺の答えを聞くと、そう言って愛花が席を立った。それに続いて俺も席を立つと、今度こそ本当の「また明日」をお互いに告げて、彼女は早足に帰っていった。


 しかし、あのヒントだけでよく気が付いたものだ。愛花も咲もかなり頭が回るようである。


 ただ、最後まで彼女たちが気が付かないことがあった。そう断言できるのは、彼女たちがこの策が成功するものであるという前提で話を進めていたからだ。

 そもそもこの策は、実行に移せても成功はしないのである。


 「話し合いで処分を決定する」ということは、つまり、そこで判定を行うということだ。そして、全ての判定は学校側や先生の独断と偏見によって決まる。つまり、1.2.3.同様、どうしようもないのだ。

 俺は、この考えにあいつらがたどり着くか試していた。そうすることで、彼女たちのポテンシャルを測っていたのだ。

 愛花と咲は確かに頭の回転が速いが、それは天才のそれには遠く及ばない。

 中の上、もしくは上の下と言ったところだろう。


 今振り返ってみても、もはやこの状況を切り抜ける方法はあれしかない。

 あとはタイミングだ。手駒のことは知れたが、クラスのことはほとんど知らない。

 それを踏まえて、俺は最終日の前日に行動をすることに決めた。

 その期日に設定したのは、このクラスの対応を最後まで見届けるためだ。今のところ、ただそれだけが俺の目的である。

 

 

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