桜井学の4週間 その3

 放課後。俺と咲、南、愛花の4人は学校の近くにあるファミレスに来ていた。

 4人ともドリンクバーを頼み、それぞれが飲み物を持ってきたところで南が話を切り出す。


「それで、その策ってどんな方法なの?」


「ああ。だがそれを話す前に、俺の考えを聞いてほしいんだがーーーー」


 そう言って俺は、これまで考えていた簡単な抜け道について説明した。そこまでしっかりとは説明せず、大枠のみである。その理由は、彼女たちの思考力を測るためだ。


「え⁉︎ ってことは、ここに書いてあることをやれば退学は免れるってこと?」


「俺の推測になるが。まぁそうだな」


 「クラスポイント マイナス一覧例」の資料を指差しながら興奮して質問する南に、俺はそう答えた。推測とは言ったものの、十中八九そうなのだが。


「ま、愛花はどう思う?」


 南にそう聞かれた愛花は、頬に右手を添えて考えながらもその問いに答えた。


「とても素晴らしいお考えだと思います。低い評価を最低評価に変える。こんなことなかなか思いつきませんし、今考えれば中村先生の言っていたことはそういうことなのかもしれません」


 愛花はそこで言葉を止める。すると、机の上にある資料を見て質問をしてきた。


「…ではなぜ桜井君は、4.もしくは5.の例を行うと決めたのでしょうか? そこの理由をお聞かせ願えても?」


「なぜ、か。どうしてそこが疑問に思った?」


 そう聞くと、愛花は「ふーん、なるほど。そうきますか」と相槌を見せる。思考力を測るための質問だったが、まさかそれに気がついたのか? だとすればなかなかのものだが。


「そうですね…。だって、私たちを納得させる理由があるのですよ? 人手が必要なら、クラスの皆さんを説得して集めれば良いのではないですか?」


 即席にしては良い理由をでっち上げたものだ。

 第一、愛花は「今考えれば、中村先生の言っていたことはそういうことなのかもしれません」と言っていたり、俺の探りに気がついているのだ。それほど記憶力が良く、頭の回転も速いのにあんなことに気が付かないわけがない。


 石橋愛花、か。ちょっと厄介な奴だな。まぁ一応気がついていないフリでもしておくか。


「なるほど、そういう考え方もあるな。でも、結局全ては教師や学校側の独断と偏見によって決まるんだよ」


「つ、つまり…どういうこと?」


 今の発言者は南だ。俺の言ったことがいまいちよくわからないのか、キョトンとしている。南のために、俺はもう少しわかりやすく説明した。


「1.も2.も3.の例も、どれもマイナスされるかの判定は先生に委ねられるんだ。毎日遅刻しようが欠席しようが、先生が認めなければマイナスにはならない」


「マ、マジすか…。じゃあ、桜井はどうするつもりだったの?」


「4.と5.の例のどちらかをやるつもりだった。どちらかというと4.の例だな。この2つは被害者と証拠を準備すれば問題ないからな」


 まぁ本当は問題あるんだけど…。


「そ、そうなんだ。なんとなく、わかった…」


 そう言って頷いて見せる南。あ、これわかってないやつだね! でももう面倒くさいから説明しないよ!!


「で、でもさぁ」


 そう言って切り出したのは、意外にもここまで一言も喋っていなかった咲だ。彼女は言い辛そうにしながらも意見を述べる。


「あの…、私的にはそういうことしたくなくてね。たとえ、それで私たちやクラスメイトが助かるんだとしても、そういうことをみんなにやらせたくないしやりたくないの」


 そういうこと、というのはいじめのことだろう。頭が良くて優しい彼女は、俺が言う前にわかってしまったのだ。俺が協力を求めようとしていたこと、そして危惧していた問題点に。


 それがクラスのためになるのだ、とわかっていても彼女は拒否をした。それはきっと、彼女の「誰も傷つけたくない」という優しい心の現れだろう。


 こうなることは当然わかっていた。ただ、俺は微かな望みにかけて行動を起こしたのだ。だからこうなることは想定内であり、特に問題はない。


「そう、だよな。すまなかったな、変な頼みをして」


 俺が簡単に諦めたことに驚いたのか、咲は大きな瞳をこちらに向けてくる。

 俺としてはもう十分すぎる成果が出ている。いや、これから出る、が正しいが。


「え? そんなあっさりと…。も、もっと責めたりとかしないの? わ、私のわがまま…なんだよ?」


「責めたりなんかしないさ。咲のそういう優しさが君の長所だ。逆に悪いのは俺だよ。その優しさに漬け込んで、咲なら協力してくれるんじゃないかって思ってたんだ。ごめんな」


「ううん。大丈夫だよ。私こそ、ごめんなさい」


 そう言ってお互いに頭を下げ合う。そこでチラッと他の2人を見ると、どうにも納得して無いようだ。

 すると咲が朝にもらったばかりの携帯を取り出した。朝にもらったばかり、というのには理由がある。

 この学校は外部との連絡が取れないため、今まで使っていた携帯は没収されてしまったのだ。そしてその代わりとなる携帯が、1週間経った朝に配られた。俺がわざわざ1週間待ったのにはこういう理由も含まれている。

 見ると、咲のテンションは普段のものに戻っており、切り替えは早いようだ。


「じゃあさ、桜井君。メールの交換しよっ! 今回は協力できないけど、次からはできることがあったら協力するから。その時に連絡して」


「ああ」


 咲の提案に乗って俺が携帯を取り出すと、南と愛花もそれに続いて携帯を取り出す。


「私も交換しましょうか」


「あ、私も…する」


 こうしてメールの交換会が始まり、無事3人のメアドが登録されたところで、この集まりはお開きとなった。

 ちなみにお代は俺が3人を集めたこともあり、俺が払うことにした。


「じゃあ、また明日!」


 そう言って元気に手を振る咲。それに続いて南と愛花も手を振ってくるので、俺も手を振りそれに応答する。


「おう、また明日な」


 ふぅ…。やっと終わった。マジで長かった…。誰かと話すのってこんなに大変なんだな。身をもって感じたよ…。


 それにしても、今日は十分な成果があった。


 それは「優秀な手駒の確保」である。

 しかも女子が3人。これで俺の戦略の幅はかなり広がる。


 咲は女子のリーダー的存在だし、他の2人もカーストトップの存在だ。

 さらには見た目もスタイルも良い。大抵の男子と女子ならお願いを聞かせられるだろう。あとはもっと忠実な手駒の確保をするだけである。


 そんなふうに思っていると、先ほどポケットにしまったばかりの携帯が震えた。

 見るとメッセージが2件入っている。愛花と南からだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


南 「明日、放課後空いてる? 少し話があるの。別に告白とかじゃないからねっ‼︎」


愛花 「10分後、さっきまでいたファミレスに集合」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 送り方的には南の方が正しいんだよな。

 てか愛花さん? ちょっと急すぎやしませんか?

 2人きりで聞いてくるとか、どれだけ聞きにくいことを聞いてくるんだよ…。怖ぇよ…。



 はぁ…。面倒だな。


 思わずため息が出てしまうのであった。



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