桜井学の試験の答え

 あのホームルームから1ヶ月が経とうとしていた。

 明日になれば俺たちへ試験の結果が言い渡されるであろう。この日まで俺は様々な準備をしてきた。

この試験に関する事から、この先の事も見据えた準備だ。


 そして昨日、その全ての準備が整った。


「結構ギリギリだったな…」


 思わずそう呟く。おそらくこの一件を片付ければ、俺は学校側と教師から一目置かれる存在となってしまうだろう。

 一応予防線として矢島を利用する手立ては考えているが、全ての人がそれで納得するわけでは無い。

 これから先は目立たずに穏便に問題を解決することが求められる。


 ともかく、俺が表立って動くのはこれが最初で最後になるだろう。









 昼休み。教室では焦り狂う生徒が出ていた。


「おい‼︎ どうすんだよ! なにも解決してねぇじゃねぇか‼︎」


 鬼気迫るような顔で怒鳴り散らすのは赤髪の男、赤城翔也だ。それに続きクラス中から批判の言葉と困惑の言葉が投げかけられる。

 その全てを一人で受け止めていたのは、村田だった。


「みんな、少し落ち着いて欲しい」


 自分自身の退学がかかっているというのに、なんとも冷静な奴だ。しかし、それで収まるような騒ぎでは無い。それを悟った俺は、咲へ目配せをすることで騒ぎの沈静化を図ってもらった。


「み、みんな落ち着いて。まだあと1日ある。どうすれば乗り越えられるのか、みんなで考えようよ」


「この1ヶ月、全員でそれを考えてきたよな? それで何も変わっていないのに、今更何か変わるのかよ!」


 そう吐き捨てたのは、真中まなかりん。普段は真面目で静かな生徒だが、自分の身に火の子が降りかかりそうになると性格が激変する。要するにかなりの保身家である。ただ、彼の言葉はこのクラス全員の総意であろう。


 このままでは空気がどんどん悪くなる。そう感じていた時、意外にもこの騒ぎを収めたのは矢島だった。


「くだらないなぁ。今さら騒いでも無駄な体力を消耗するだけじゃないのかい? 大体、俺が待ってれば解決すると言ってんだ…ーーー静かにしろや」


 最後の方はいつもの見下したような話し方ではなく、脅しのようなものが混ざっていた。その迫力はかなりのものだ。

 矢島の言葉を皮切りに、教室から言葉は無くなった。なんとなく矢島と目があった気がする。


 わかってる。今日実行するつもりだ。




 帰りのホームルーム。

 担任の中村先生が、明日の連絡事項を伝えている。俺はこれからのことを考えて、スマホのカメラを起動し、録画モードにした。それを制服の胸ポケットに入れ、レンズだけが外へ顔を出すようにする。


 あとは行動を起こすだけだ。先生の話が終わり、最後の締めに入る。


「今日も1日ご苦労だったな。それでは…」


 そのタイミングで俺は席を立った。当然ながら周りの注目を浴び、中村先生の言葉はそこで止まる。


 俺は先生の前に立つと、右手を伸ばした。

 クラスの全員が見ている。確実な証拠。言い逃れなどすることはできるはずがない。

 そんな状況で、俺は担任である中村紗江の胸を思い切り掴んだ。女性特有の形をした胸を、だ。


 クラスのほぼ全員がポカンとしている。落ち着いているのは、目の前の彼女と矢島、あとは南くらいのものだ。


 もう十分であると判断をし、先生の胸から右手を離す。すると、中村先生にこう告げられた。


「桜井学。私と一緒に今すぐ生徒指導室へ来い」






 生徒指導室へ着くと、数分の沈黙が訪れた。


 先に口を開いたのは先生だ。腕を組み、ソファの背もたれにもたれながら質問をしてきた。そこに含まれているのは怒りではなく、興味である。


「桜井、なぜあのような行動を起こした?」


「あれがこの試験をクリアするための、俺の一手だからだ」


「なぜそう思った?」


 俺はその質問に対し、重要な部分を抜き出して説明をする。この試験のルール、抜け道、その他諸々、その全てを知り尽くした1人である彼女に、細かい説明は不要だ。


「まず俺はあんたの言葉から、この試験は正攻法で乗り切ることが不可能であることを悟った。それから、あんたの妙で独特な言い回しに気が付き、俺たちの低い評価を最低評価にするという方針で動くことを決めた」


「続けろ」


「…方針を決めて、一番初めに注目したのは「クラスポイント マイナス一覧例」という資料だ。これがこの試験の最大のヒントであることは、誰がどう見ても明らかなことだった」


 その言葉に、皮肉混じりのツッコミが入れられた。


「ふふっ。誰がどう見ても明らか、か。その最大のヒントに気がついたのは、クラスのほんの一握りだけだったみたいだかなぁ?」


 俺はそれを軽く受け流し、説明を続ける。


「そして、その中にあった 5.異性への性的接触 を実行に移すことにした。理由は簡単だ。これが一番確実な手段だったからだ」


 先生は「なるほどな」と呟くと、もたれかけていた体を起こし、腕を解く。前屈みになると、新たな質問をぶつけてきた。


「なら何故確実だと思った? その理由は?」


「それならあんたの言葉にある。全ては学校側や教師の独断と偏見によって判定される。それが全ての理由だ。6.は論外だとして、1.2.3.4.はどれもそのルールのせいで確実に実行に移せなかった」


 そこまで説明すると、中村先生が不敵に笑うのが見えた。そして、俺の話で矛盾していたことを口にする。


「そうか。1.2.3.は私が注意をしなければ何も始まらないし、4.の場合は私が証拠の信憑性やいじめの有無を認めなければ無かったことになる。と、そんなところか? だがな桜井。そうなると矛盾が生じるな。5.だってそれは同じであろう? 私が性的接触を認めなければ、それは不問となる」


「ああ。だから俺はあえて、クラス全員の前で行動を起こした。それが確実な証拠になるとともに、もしこの問題を認めなければ、あんたの教師としての、何より女としての尊厳は失われる。それに、この噂はあんたがこの学校にいる限り耐える事はないだろう」


 さて、この脅しに屈するだろうか。

 答えは否。きっと彼女は屈しない。だから俺は、もう一つの保険を用意した。いわゆる脅しの一手である。


「生憎、私はそんなことは気にしないのでな。問題はない」


 想像通りの答えだったので、俺はスマホを出して先程撮った映像を流す。


「…それは、さっきのやつか?」


「そう、これは俺があんたの胸に接触した時の映像だ。俺がこの「投稿」というところを押せば、この映像がネットへ流れる。それと同時に、この会話も外へ流れことになるな」


 それを聞いて、初めて中村先生が少し動揺を見せた。しかしまだ認めることはない。ギリギリまで食い下がるようだ。


「…そんなことをしたところで、見る奴なんて限られているだろう。それに、お前がしていることは犯罪だ」


「そうだな。だが、そのための準備期間だった。俺は自分で学校情報サイトを立ち上げ、あることないこと、面白おかしいことなどを書き込んだ。事実と嘘を交えてだ。それが見事に効果を見せて、今やこのサイトの閲覧回数は1日1万回を超える。あと、ついでに言っておくが、俺は「この高校の生徒」であることを忘れるなよ?」


 俺の最後の一言で、先生はすべてを察したようだ。両手を上に挙げ、ため息をついた。


「見事だ、桜井。君たちはこの試験をたった今クリアした」


 そう言った。これでEクラス全員の退学は免れることになる。



 俺の最後の一言の意味。そう、俺はあくまでもこの学校の生徒なのだ。


 俺が犯罪者になったとしても、汚されるのはこの学校の看板。伝統があり、今や世界に進出した最高峰の学校。そんなところから、俺みたいな犯罪者が出る。それは何としても避けたいところだろう。


 そして、その未来はただの教師でしかない中村紗江が握っている。この件を認めるか、認めないか。つまり、彼女は認めればいいのだ。ただそれだけのことで全てが解決する。


「まさかこんな手を使うとはな。ギリギリの作戦だ。正直グレーゾーンだぞ?」


 俺はそんなことはない、と首を振る。それはこの試験のルールも同じだからだ。


「そんなことはない。この試験のルールはかなり理不尽なものだった。もはやルールではないだろ。そちらが有利なように作られていた。狙いは何だ?」


 その質問に対し、先生は全く持って関係ない話を切り出す。しかし、その話が理由であることに、俺はすぐに気がついた。


「桜井。お前の入試の点数と数学の小テスト、かなり面白いものだった。英国数理社に面接と体力テストの点数、そして2回行われた数学の小テスト、どれも一貫性はない。が、それぞれの数字がある意味を成していた」


「ある意味? 何のことだ?」


 当然ながら俺はしらばっくれる。わざわざ自ら認めることはない。あくまでも偶然であると言い切ることが大切なのだ。


「ふっ。英語31点、数学23点、国語91点、理科12点、社会71点、面接51点、体力テスト63点、数学の小テストは共に50点だ。これだけのことをして、まだしらばっくれるのか?」


 もはや確実にバレている。それでも俺は嘘をつき通す。


「さぁ。それがどうしたんだ?」


 俺の問いに対して、先生は「気のせいなら良いんだ」と前置きをして説明を始めた。


「全ての点数をポケベルの番号に当てはめてみると、お前の名前になるんだよ。31は「さ」23は「く」みたいな感じでな」


「…数学の小テストはどう説明するつもりだ?」


「2つのテストは共に50点。足すと100になる。二進法で見ると、100は4だな。つまり04。ポケベルでは濁点を表している。まなぶの「ぶ」に含まれる濁点だな」


「偶然にしてはなかなか面白い発見ですね。つまり、それで俺の力を試したと?」


 その質問に迷わず「ああ」と答えた先生は、俺の目の前に立ち優しい笑顔を見せた。


「お前はなかなかやるようだ。やはりあいつの息子なだけある」


「…母をご存知で?」


 これは思わぬ収穫だったため、ついそう尋ねてしまった。しかし、先生から俺の欲しい情報が得られることはなかった。


「親友だった。が、今どこにいるのかは知らない」


「そう、ですか」


 まぁいずれわかることだ。もう用はないと判断した俺は、先生へ別れの言葉を告げる。すると、最後にこんな質問を投げかけられた。


「この学校はお前が思っているほど甘くはない。絶対に、お前が本当の力を見せつける機会が来るだろう。お前はそんな時、一体どうするんだ? 今のように力を隠しながら戦うというのか?」


 もちろん答えは一つだ。しかし俺はあえて悩むような仕草を見せて、答えを出した。


「隠すも何も、俺の力なんて微々たるものだ。まぁそうなったら、その時はみんなと協力でもするさ」


 俺はそう言葉を残して、部屋を出た。





 次の日。


 Eクラスには、俺たちが試験をクリアしたことが告げられた。こうして、全員が無事退学を免れることになったのだ。






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 合宿でなかなか投稿できませんでした…。すみません。


 もしかしたら、どこか話が食い違ってるかもしれません。もしそうなら教えてくださると助かります。


かさた

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