第42話 戒・改・解

 人影は、ゼオとライド……

「じいちゃん!」

「クラちゃん!」

 同時に呼ばれ、二人が近づいてくる。

「じいちゃん」と呼んのはゼオだ。

「クラちゃん」と呼んだのはライドだ。

 クライスが何故こんな呼び名になったのは後述するとして、クライスはいきなり

「……身長180センチ、肌は黒、痩身、筋肉質」と小声で言いながら広間の椅子に「よっこらしょ」と腰掛けた。

 ゼオとライドも椅子をクライスの横に置いてチョコンと座る。

 それだけで孫の相手をしている好々爺と、老年を気遣う孫息子の絵面になっている。

 好々爺は耳が遠いのか手で耳を覆い、話を聞いている。

 二人の孫はその耳に顔を近づけ話す。

「王城に入る時に観た……アイツ、師匠ほどじゃないけど、結構引き連れている」とゼオ。

 好々爺は「うんうん」と頷いてニコニコ。

「隠密が生業の人かな?けど香水の匂いがした、隠密するなら駄目だよね……あと靴の踵に何か隠してる、音がしたよ」とライドは続ける。

「そして、また場内で見つけたから、尾行したんだ……匂いで尾行しやすかったよ、クラちゃん」と鼻をクンクンさせてライドは自慢気。

『クラちゃんは余計……』クライスはそう思いながらも、「そうか、そうか、それであやつはどうしたんじゃ?」とニコニコとライドの話を聞く。

「クラちゃん、アイツはね、そのまま入出国管理の受付に入って暫くしたら、出てきて、さっさ王城の正門に向かって歩いて行った」ライドは可愛い孫の役目を果たすつもりなのか、相変わらずのほんわか口調で話す。

『ライド、お前、クラちゃん言いたいだけだろ……』クライスは眉間に皺が入るのを我慢して話す。

「どう思う……」ゼオを見る。

「あいつの情報は仕入れたよ……まぁ偽名かも……名前はナーヴァラ・カナイ、25才、職業は輸入商人、キルシュナとの付き合いは、数年前から履歴がある、常連さんみたい」ゼオが親衛隊の資格証をふりふり……早速自分の資格証を活用した様だ。

「ほぅ、なるほど……」

「輸入商人の肩書を利用して、キルシュナでの諜報活動……隠密行動なんてしなくて、基本は商人の営業活動を隠れ蓑に、キルシュナの至る所に出入りしている……だから奥様連中に媚を売るなら……香水も……かな……」とゼオ。

「……多分なぁ……」

「けど、尾行はそこ迄、後は早々に撒かれた、っていうか、王城を一直線に出ていった……僕らが尾行できるのは城まで……アイツ、相当やばい奴?」ゼオはクライスに訊く。

「まぁ、もう事後だろうな……母国に帰る可能性が非常に高い、メインの国道に配備された関所はもう機能しておる……ならば徹夜で山を超えるだろう……今は戦時下だ……」

「トスカ山中……」ゼオはそう言った後、『ハッ』とした表情に変わる。

 クライスは静かに頷く。

「……そうだ……」

「……兄貴……」ゼオの美しい顔が微かに歪む。

「まぁ、苦戦はするが、死にはせんだろう」飽く迄、呑気なクライス……そして欠伸。

「本当に……兄貴大丈夫かな?」

「お前が心配しても仕方あるまい……」

「そりゃ……」

「ゼオ……お前は、本当に兄貴の事になると……それではいかんぞ……」クライスが珍しくゼオの顔を真正面に観て指摘する。

「……えっ……何……」ゼオはクライスの言葉が今一つ判らない。

「お前が、今からヤーンの外的要因に、影響を与える事が出来るなら……それは何だ?」いきなり小難しい事をクライスは言う。

「……外的要因に影響を与える?」ゼオはオウム返し。

「そうだ……お前が今この王城より、トスカに駐屯するヤーンの環境を変化させれる可能性……心配するだけでは何も変わらん」クライスの視線はゼオの両眼を捕らえる。

 クライスの視線が離さない……

 ゼオは想う……

『師匠が時折見せる、恐ろしい集中力で相手を観察する』その目だった……

 その目で観られている……

 行動まで……思考まで……そして感情まで……

 その目から逃れられない……

『この人の技量とは体術や剣術、格闘術が表立っているけれど……一番怖いのは、人読みなんだ……対象の人間が……何をしたいのか?何を考えているのか?何から逃げているのか?それを恐ろしい精度と速度でいつも考えている』この目で見詰められた時、ゼオはいつもそう想う。

『……考えなきゃ……』

 恐らくそれが兄貴を助ける事になるのだろう。

 だから、視線で顔面が削れる程、僕の顔を観ているのだ。

「今得た情報を、一刻も早くトスカに駐屯している兄貴達に伝えて貰う……」ゼオは筆で引き書かれた様な美麗な眉を、歪めて答える。

「……10点」とクライス。

「えっ、10点満点!」とはゼオ。

「んな訳有るか!100点中10点じゃ!」ゼオの額をデコピン。

「痛ッ!」おでこをさする……『やっぱり、そんな答えじゃなぁ〜』ゼオは内心そう思う。

「それは……過去じゃ……済んだ事……」ゼオの眼球に針が刺さる様な……まるで痛みを感じる程の視線。

「えっと……だから……過去じゃ駄目……未来……」クライスの突き刺さる視線、間違えればまたデコピン。

 否、デコピン位どうでも良い。

 ゼオには観えていた。

 問題はソコじゃない。

「……そうだ……」クライスの肯定。

 ゼオは一息つく、第1関門突破。

 しかしクライスはそれ以上何も言わない、無言……

『ゼオ、さぁ、早く質問の答えを言え!』その目がそう言っている。

 コレは最早、大人数での尋問……

 恐ろしい恨み辛みの大軍……

 ゼオには、クライスが引き連れた金魚のフンの如き怨霊が、ザワザワと三人の周りを取り囲んでいるのが観える。

 それが痛いほどの視線の原因……

 デコピンなど……

 最早、どうでも……

 あの視線……僕の眼球から血が吹き出そうな視線……あの目をした時から……

 周囲の怨霊がより一層……

 近く……

 多く……

 強く……

 僕を見詰めている。

 答えを聞いている。

 この王城の大広間を、怨霊の一個中隊が埋めている。


 ライドは室内の温度が急速に冷えたのを……

 いや、そんな訳は無い、未だ初秋、いや残暑、そんな時期……

 鳥肌が立つ程、冷え込むなど……

 先程から断続的に冷気を感じる。


 ゼオは自身を見るクライスに怯える……

 いや、そんな訳は無い、師匠であり、父親代わり……

 鳥肌が立つ程、怯えるなど……

 先程から継続的に霊気を感じる。

 それは、こいつらの視線だ……


 ゼオは師匠を恨む……

 こんなの酷い話だ……

 怨霊の全周包囲だ……

 八方塞がり……

 孤軍奮闘……

 四面楚歌……


 自分の一挙手一投足を、中隊×2の目で見詰められながら答える。

「そうだ!未来……そう!これからの為……アイツみたいなスパイを監視するんだ!王城は国家の政が行われ、国家の情報も蓄積されるから……必ず重要な情報を仕入れる為に、ココに来る筈!それを僕が防ぐ!今からは絶対に情報を漏らさない!」汗が止まらない……これで良い筈、確信が在る……ゼオはそう思う。

 もう、孫の演技が出来ていない……

 恫喝されているんだ……怨霊達に……

 そんな余裕は無かった。

「……75点……」師匠は宣う。

「大凡はヨシ、正し絶対は無い、万が一情報漏洩の際の対策も考えよ……

 策は重層的に考えるのだ……

 先ず、城に入れない……

 城に入っても情報は取れない……

 手に入っても城からは出れない……

 城から出れても我が国からは出れない……

 自国に帰れても、得た情報を話せない……」

 クライスは矢継ぎ早に話す。

「風邪への対応と同じ、病を予防し、薬を処方し、完治する……」

「……なら、予防が一番大事だ」ゼオが挟む。

「そうだ……そして今の王城の状況は?」

「風邪を引いてる……薬は未だ……って状況?」ゼオはクライスを見る。

「まぁ、そんなとこだろう、どれ程の情報が漏れたのか……漏らした人間に訊かねばならん……それはワシがしよう、お前は……」

「僕はこれから情報漏洩しない様に警戒する!……ってのは前提条件で、親衛隊隊長にも進言する!そして王城への入門、退門のルール、情報取得の制限、身体検査、出来る事は沢山有る!」

「エルサールにはワシからも申し伝えておく、組織を変えるのだ……若造のお前達で簡単に仕組みが変わる訳では無い、これは身内との戦争でもある……外との戦いより、余程面倒かも知れん……」クライスは二人を見る……

 背後の怨霊達も二人を観る……


 唐突にゼオに一つの疑問が浮かび上がる。

 師匠に怨霊達が纏わり付いているのは、周知の事実だ……だけど、だからといって、怨霊達が、師匠と同じくゼオを観てくるのが判らない。

 そんな必要は無い。

 彼等は師匠を恨んで、怨霊に成ったのだから……いや、それすら実の所、ゼオの脳内変換で観ているだけなのは、先日の師匠との会話で結論が出た筈。

 なのに、何故?

 怨霊が自分に意識を向けていると、自身の脳内が変換するのはどういう事なのか?

 それがゼオには不思議だった。


 クライスは怨霊を操作でも出来るのか?

 師匠は明らかに、怨霊を尋問に、恫喝に、使った……少なくともゼオの脳はそう感じた……


「……戦時下であれ、平時であれ、戦争は継続的に続く……使用する武器が変わるだけ……」クライスの視線がゼオを捕らえる、もう怨霊達はそっぽを向いている。

「戦争とは、剣を交え、命の殺り取りを行う部分だけでは無い……それは戦争の比較的美しき一部分……」いつもは、あれだけ適当に言葉足らずの師匠なのに、こういった時だけ、明瞭で饒舌に喋る。

「……暗く……深き……穢らわしい……たった独りで……いくら懺悔しても足らぬ……そんな戦争も在る……」クライスは言葉とは裏腹に、にこやかな笑みを浮かべる。


「全部が判った訳じゃないけど、此処から自分に出来る戦い……それが兄貴の為になる、最初、僕は兄貴と離れ離れになって、もう兄貴を……助けられないと……けど此処からでも……」ゼオはもう決断した顔だった。

「……そうか、それは大海に水滴を落とす様な行為かも知れん……大きな波にかき消され意味を成さぬかもしれん……それでも……」

「それでも、ほんの小さな波でも、僕の兄貴ならそれをモノにする!兄貴ならそれに気付く!そして、僕は兄貴の為に、出来る限り大きな波を立たせてやる!」

「そうか、信じるか……」

「うん、信じる!ついさっき迄……もう無理かも……諦めかけた……けど馬鹿だった……そんな事はない、変えられるんだ……少しでも……兄貴の……いや、出軍した皆の可能性……」ゼオの視線がクライスを抉る。

『ほぅ……荒療治が効いたかな?』クライスは思う。

「お前の想いが、実るか……実らぬか……これからの戦いは、眼の前の敵を倒す様に、判り易い戦いではないぞ」

「判ってる……それでもやると決めたんだ!ハギに止められても僕はやる!」

「……大丈夫だ……剣匠の神ハギは勝利に必要な事全てを止めん、ただ観ているだけ……」

「そう、僕の邪魔しないんだったら、それでイイや」ゼオは神様に対して、隣のおっちゃん程度の言い草。

「アッアハハハハッ!」クライスは膝を叩いて笑う。

「それはヨシ!!兄はお前に背中を護って貰え、幸せだろう」

「もう自分で考えられるな、ワシは行く、もう一つ仕事が残っているのでな」杖を支えに立ち上がる。

「じいちゃん、元気でな」とゼオ。

「クラちゃん、一寸怖かった」とライド。

 ライドの肩に手を置き。

「おおぅ、すまなんだなぁ〜」とクライスは謝る。

「では、行くとしようかの」クライスは二人に背を向け歩き始めた、時折思い出した様に振り返り、二人を見て笑い手を振った。

 二人が見えなくなり、クライスは大広間から階段を降り、屋外広場を抜ける。

 門番に住民証を出して、堀を見ながら橋を渡り王城を出た。


 準備完了……一仕事終えた。

 ゼオの気持もこれで前に向かう。

 ゼオにとっては新しい戦い……

 自身が戦いに直接参加出来ない……

 それでも、戦況を遠方から変える為に、小さな事でも良いからヤルのだ。

 悔やむだけでも時は過ぎる……そんな時間無駄に他ならない。

 悔やむ暇が有るなら、儚い事でも策を練るのだ。


 その儚い事でも塵と積もれば……

 いつかは大山に成るやもしれぬ……


 クライスは本通りを歩く。

そろそろ夕方、しかし秋口でもまだまだ陽の落ちるのは数刻先。


 リーダーを失くした残りの三人はどうせ、動きもしない……下手をすれば、最新情報も教えられていないかも知れない。


 恐らく、ブテック付近で屯して、マクシミリアーノの指示を待っているだけ。


 自身では動けず、指示待ち。


 透けて観える。


 彼等もツケを払わなくてはいけない。


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