第3話 庶民から庶民王

 簡単に現在のキルシュナ国の状況を説明したい。


 我等が王オルセーは隣国アルテアの王の様に世襲で即位した訳ではない。

 更に言えば、成りたくて王に成った訳でもない。

 王の弁を借りれば、『どうにも否応なく……出来れば断りたかった……』との事……

 なんともオルセー王らしいと言えばらしいが……

 この本人曰く、なし崩し的に王になったオルセー王以前は、キルシュナ建国時の血族である、ゴート一族が世襲で王に成っていた。

 しかしオルセー王の前王は病弱だった。


 よく言われる事だが……

 近親婚が続くと様々な障害が出る。

 種とは多種を取り入れて行くことでより多くの可能性に対応できるのだ。

 逆に同族で婚姻を重ねると、所謂『血が濃くなる』という状態になる……同じ血族ばかりが掛け合わされる事で、その血族の弱点は補完されないと言う訳だ。

 だから生まれた子供に両親と同じ障害があったり、特定の疾病が発生しやすくなる。

また重なる事でその障害や疾病も重篤に成りやすい。


 ゴート一族は正にその近親婚を続けてきた王族だった。家族全員、似た顔になっていた。

 そしてオルセー王の前任のグリス王は王政を行おうにも病弱すぎた……その為、政事は大臣に任せ……療養に専念するといった始末。

 次第に大臣の権限が増大し……

 いつの間にやら、ほぼ王が不在でも全ての政事が執行できる様になる。

 王の仕事は記念事の時に城のベランダから民に手を振るだけで良い....

 ……だが、そんなお気楽王も長くは続かず……体調悪化でベランダで手を振る仕事も、儘ならなくなる。

 ますます大臣の権力が増す……悪循環……


 まぁ、それでも大臣が道徳観・倫理観を持ち合わせた有能な男であれば、任せて置いても良いのかも知れなかったが……

 生憎、当の大臣は女好きの酒好きの博打好き……必要も無く宴会を開き酒池肉林……

 という絵に書いた様なクズだった。

 というのも、大臣の家系も世襲で継いでいたからだ。

 能力ではなく、先祖代々大臣の家系……

 だからコイツも大臣……能力は関係ない……

 お陰でキルシュナの財務体質は悪化の一途……

 収入に対して経費(女・酒・賭事を経費と言うならだが……)過多の典型的なその場凌ぎの国家運営となる。

 金銭の備蓄が無い為、市民からの税の取り立てが早くなり、取り立てた税は既に待ち続けている国の各部署に送られるが、当然だが実行は遅れ……

 また市民から進捗が遅い事を影で詰られる羽目になる。


 動きの鈍い王政……

 それに不満の国民……

 そのくせ税金は早めの徴収……

 もちろん少しの猶予も与えず……

 当然、貧困層は火の車……

 ずる賢い者は脱税しだす始末……


 ……まぁ、当然の帰結……

 元来、キルシュナは農作物にも恵まれ……

 我等が戦闘したアルテ峡谷などはガゼイラに次いで希少金属の産出が有り豊かな国家だった。


 ……巧くやれば……いや、普通にやれば、傾国しない筈の国家。

それが富裕層が他国に移民する程傾いた……

 この国は望み薄だと言わんばかりに……

 まぁ、移民先はアルテアしか無いわけだが……

 この時期まだ、ガゼイラは建国していなかった。


 こうなると、富裕層から徴収していた納税が絶たれる……経費過多の国家の収入が更に減る……逼迫する……


 役立たずの大臣はアルテアに「移民を受け入れないでくれ」と懇願したらしい。

 アルテアは当然だが無視……

 というか、「そんな事はそっちで止めろ、ウチはそんな面倒まで見れない」と至極ご最もな返事……


 その頃アルテアでは、キルシュナのグリス王が咳き込みながら自身の国民と追いかけごっこをしている風刺画が流行っていた模様……


 まぁ、書かれても仕方無い……

 そして漸く、オルセー王が表舞台に登場する。


 彼は元々、我等が剣匠ギルドを含め、盗賊組、石工職人組合、刃物鍛冶連盟……様々な職業組合の統括管理していた商工会の会頭だった。

 その為、各職業の長と交流があった。

 彼は謂わば、各種職業組合の古狸達と常時交渉を続けていた折衝事の達人だった。

 そして幸か不幸か、キルシュナで元々商工会は発言力が在った。まぁ、各産業の統括をしているのだから当然……


 国の統治者の体たらくに商工会及び各組合の長は既に我慢の限界だった。

 このままではキルシュナはダメになる……それこそ、アルテアの属国に成りかねない。


 国王は臥せっている時間が大半となり……大臣は当初の安楽王政を叱責され、業務の遅滞を急かされ、王政の建て直しを強制させられていたが……彼には荷が重すぎた。

 今までの散々遊んできた彼には政事を治めるなど出来はしない……この大臣の興味は、自身の欲望だけであった。自身が遊べれば良いのだ。

 そういう意味で彼は御しやすい人材だった。


 そこで商工会の長達は一計を案じた。


 長達は、なにも知らないオルセーを連れて城の謁見室に出向いた。

 謁見室には大臣が常駐している。

 まぁ、本来なら王、或いは王の秘書なのだろうが、王は居室から出てくることは無い。

 大臣を前にしていきなり長達は、オルセーを短期間の経済復興の為の特務大臣として採用しないかと、役立たずの大臣に進言した。

「大臣は王の記念事の補佐と健康面を留意して頂く事に重点を置いて頂き、経済・財政面での面倒な王政はこのオルセーにお任せ下さい」長達はそう言い……一斉にオルセーを指差す。

 ……皆、沈黙……

「へっ……」思わず声が出たのはオルセーだった。

「はっ、何を……」周囲の長達を見てキョロキョロ……

 意味も判らず城に連れてこられ、挙げ句大臣に成ってこの傾いた国を建て直せとは……

 やっとの事で内容を理解した彼は本気で拒否した。

 商工会の運営でも、神経が磨り減る思いなのだ。

 国家の運営など、どんな栄誉が与えられようとも絶対にしたくなかった。

 当然、役立たず大臣の前でオルセーは主張した。

「勘弁して下さい!」

「その様な、大任お受けでいません!」

「商工会の会長でも限界なのです!これ以上は何卒……」

 有らんばかりの拒否の言葉をオルセーは捲し立てる。

 本当にイヤだ……絶対にイヤ……

 まるで虫歯治療に行く前の子供の様な言い様……


 

 これこそ、長達の思う壺……

 オルセーは大臣の目の前で迫真の演技(本人は至って演技などでは無い)で断るだろう。だからこそ意味がある。無理強いだと……

 オルセーには受けたく無いという態度でいて欲しい。


 大臣は、彼の余りの拒絶に、オルセーに自身の立場が乗っ取られる危険を感じない。

 まぁ、実際オルセーは乗っ取りたくなど無いのだが……


 大臣の脳裏を様々な意見が交錯する。

『コイツなら一時的に任せても、ワシの地位は揺るがないか???』

『王政が軌道に乗ればまた、コイツには辞めてもらい……』

『まぁ、いっそ面倒な業務はコイツに任せておいて……』

『確かにワシもコイツの気持ちが判る、ワシもあの様な仕事したくないわ……』

 結局、この男は何処まで行っても安直で、自身の欲望に忠実だった。

 オルセーの全身全霊の『拒否』によって、大臣は長達の甘言に乗ってしまう。


「……判った……オルセーよ、其方がやりたくない気持ちもワシはよく判るが……ここは1つ大任ではあるが、ワシを助けると思うて引き受けてはくれぬか……」大臣は仰々しく言う……

『半人前以下のお前が何を言う』長達は心の中で毒づく……

『しかし、阿呆め、巧く引っ掛かりおった……』と顔には出さず満面の笑み。


「いや、大臣、私めには荷が重すぎます……どうか……どうか……」悲鳴じみた懇願で膝をすりすり大臣にすがり付く……


『おぉ、迫真の演技……いや、本音か……』

『目尻に……泣いておらんか……』

『どれ程、嫌なのだオルセー……』


 長達は半分呆れ顔で思う。


 すがり付くオルセーを上から眺め、両の手で優しく肩を抱く。


 そして宣う。

「其方の商工会の仕事はソコにいる長達に引き継ぐ様にしよう……さすれば其方の負担も軽減されよう 」大臣は、『良き提案を自分はしたぞ』と自画自賛の表情。


『アイツは慈母神にでも成ったつもりか……』

『酔ってやがる……コイツは真性の馬鹿だ……』長達は表情を隠して、

「御意に……」と言い頭を垂れる。


 画して、庶民王と呼ばれるオルセーの一世一代の出世が始まる訳である。


 ……

 ……


 そんこんなで、特務大臣の任に就いたオルセーは先ず税収の取り立てを遅らせた。いや通常の期日に戻した。市民からはそれだけでも感謝された。


 そして次は、国家財政……

 オルセーは財務体質を見て愕然とした。

 大臣の公金使用が群を抜いて多かった。

 オルセーにははっきり判る。

 大臣の費用を削減出来れば、国家として年々定期的に貯蓄が出来る程、収入は有るのだ。


 アイツの所為で俺はこんな面倒な事に巻き込まれた……膨大な資料を前にオルセーは憤慨する。


 あの茶番劇の後、

 長達は、全員、土下座して謝った。

 そして、国を建て直してくれ。

 お前しか居ない。頼むと懇願……

 実は長達は大臣に言われるまでも無く、オルセーの代わりに商工会を切り盛りする算段だった。

 更にオルセーの大臣としての細かな諸業務を全て代行してくれた。

 オルセーの指示は、迅速且つ明確に長達から、署員には伝えず、別の実行部隊に伝えられた。

 長達は、現状のなまくら大臣の管理下の元で働く署員を信用していなかった。

 だから.一時的に軌道に乗るまでは、長達が商工会の人材を使って実務を行った。

 オルセーは指示を与えるだけで良かった。

 有難い事だった。

 しかし、それにつけても、憎いのは大臣だ。

 財務資料を見れば見るほど、ヤツへの憎しみが増す。


 俺を大臣に抜擢したあの男……


 庶民からみて、国家内の財務体質の原因など判るわけが無かった。

 ただ大臣の政治手腕が酷い事は、国の現状から判っている。

 しかし、国の税金をこれ程までに私用に使っているとは、知らなかった。

 大臣は今まで、公金使用を隠す事も無く……

 舞踏会・飲み会・発表会・etc 様々な理由にて会を催し、湯水の如く税金を使っていた、まぁ、国賓を呼んで行う宴も有るから、上記の全てが私用か否かは判断し難い点も有るが、何せ回数が多過ぎた。

 大半は明らかな私宴であろう。

 大臣からすれば、どちらも同じ宴会であり、税金使用時に、同じ名目で出金出来きる良い隠れ蓑……

『まぁ、尻は丸出しだがな』オルセーは薄ら笑い。

「成る程、何とか成りそうだ……」オルセーは呟き……調査資料を閉じた。


 久しぶりに早めに家に帰ろう。


 そうだ!娘にも会いたい。


 オルセーは眼鏡を外し目頭を揉む。

 そして蝋燭を消し、大臣室から出て行った。



 まぁ、様々な思惑を孕みながらも、オルセーはキルシュナを傾国から救うのである。


 そして、嫌々ながら責務を果たす……隣国にはない珍しい王となる。

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