第2話 偽りの英雄達

 集まった……50人……戦闘前の隊列へ戻る……

 何事も無かった様に……


 但し、峡谷を埋め尽くす程の死体の山を見なければ……


「ライド、脚を見せろ……」戦闘前に武器に毒が塗られている事を察知した中年の剣匠が近寄って来る。


 隊長が頷いている。


 剣匠が止血した脚を見る。

 そして「まぁ、多少遅いかもな……」と言い漏斗状の器具を傷口に当てる。

 そして、隙間無く密着させた事を確認して、器具のレバーを引く。

「ぐうぅ……」ライドの呻き声……

 レバーを引く度、呻き声が漏れる。

「良く我慢した……」剣匠は褒めると……器具を外す……中にはどす黒い血が溜まっていた。

 そして腰袋から何かしらの液体を取り出して、ライドの傷口に塗布する。


「グッ……」ライドがまた呻く、だがそのまま我慢する……直後……

「あっ……痛みが……」ライドの眉間のシワが弛む。

「沈痛効果が入っている……」剣匠は言う……俺は見てしまう……彼の手甲から少し出た腕は紫色をしていた。


「その腕……」俺は思わず……

「暗殺でな、昔ヤられたんだ……もう色は抜けない……」剣匠は俺に笑いかけ、事も無げに言う、そして手際よくチクチクとライドの傷口を縫う。

 縫いながら彼は診断する。

「僥倖だ……脚の切断はやむを得ないが、これなら膝が残せるだろう……歩く事も十分できよう……」


「……なら、稼業が継げますね……」ライドにほんの少しの笑顔……

 歩く事が出来るなら……殺せる……

 いや、四肢が無くとも殺せる……

 いや、武器が無くとも殺せる……

 いや、己が死のうとも、相手も死ぬる様に策を立てよ……


 ……剣匠の頭はこうだった……戦闘キ〇ガイ……殺人狂い……他国や、果ては自国の民からもこう評される我等……


 同じ人間ではないと、忌避される存在……

 その癖、こんな戦時下は都合良く使われる。

 まぁ、何も生産せず、国民から食わせて貰っているのだから、是非もない。


 隊長は右手で王都の方角を差す。


 我等は歩きだす。


 王都へと戻る。


 ライドは既に目が見えないとは思えない程、

 自律して、また、他の人と変わらない歩行スピードで歩く。

脚を引き摺ってはいるが……


 トラバー隊長は振り返りチラリと息子を観て……また前方に向き直る。


 悲しいような、嬉しいような……2つの感情が折り重なった表情……


 生き残ってくれた喜び……

 身体を損失してしまった悲しみ……

 それでも稼業を継ぐという息子の思い……


 しかしライドは成長した。

 それも強烈に……

 視野を失って余りある戦闘技能の上達……

 あの環境下で命のやり取りをした事が彼を急成長させた。

 耳と鼻、そしてあの……舌打ち……

 剣匠皆が、彼を驚嘆の眼差しで見る。

 彼は今、暗黒を歩いているのだろうか?

 そんな風にはとても見えない。


 ……

 ……


 麗らかな山道を我等は歩く。

 心地好い風が吹く。

 ただ、俺の心には鬼が住み着いた。

 いや、俺だけじゃない、ゼオにも、その他の若い剣匠全てに……顔の表情で判る……闇を覗いた目……その目に写る鬼……


 ずっと居る。


 ……多分、死ぬまで……


 殺人を本懐とする剣匠ならば、殺人で心揺らがぬ鍛練をしてくれても良かったのではないか?

 今の今まで、若年の我等にはそういった教育は成されなかった。

 あまつさえ『生命を大事に扱う事をヨシとした』教育がされた。

 植物に動物に感謝し食事を頂いた。

 鶏を絞める際、ライドは泣いたものだ。

 しかし……これは矛盾……ではないのか?

 殺人を躊躇する剣匠が仕上がるだけ……現に俺は躊躇した……そうだ……ライドも然り……

 其のためにライドは脚と目を欠損したではないか!


 燃え盛る炎の如く俺の中には疑問が膨れ上がる。

 戦いの修行に間違いは無かった。

 自動運転の如く死体の山を築いた。


 しかしこの今の心に居る鬼……鬼を感じる心……

 鈍感になる教育をして欲しかった。

 殺人など……どうという事も無いと思えれば……

 この帰り道も、これ程悩まずとも歩けた筈。

 ユナにどんな顔で会えば良い。

 何を話せば良い。

 ユナに俺の所業が見抜かれるのでは無いか?

 アイツは変な所で勘働きが良いから……


「兄貴……」ゼオの声……

「あっ……」俺は隙を突かれる。

「なんだ……」何とか答える。

 ゼオは俺をじっと観て言う。

「……白頭鷲……」ゼオは指差す。


 青い空に、頭の白い鷲が優雅に飛んでいる。

 無駄に羽ばたく事無く、滑空している。

 剣匠は白頭鷲を尊び吉兆としていた。


 美しい豊かな姿……ヤーンは最初に白頭鷲を近くで観た時……

 その雄々しく美しい姿、

 凛々しい眼差し、

 尖った強固な爪、

 白い頭と尾のコントラスト、

 全てが美しいと感じた。


 そして、

 高く飛ぶその姿に憧れ。

 獲物に襲いかかる素早さに驚愕した。

 自身より重い獲物を軽々と運ぶその膂力。


 俺は憧れた……今もそうだ。


 白頭鷲の雄大さを観て……

 俺は思う。

 殺人など意に介さぬ俺なら……

 ユナは俺を相手にしてくれただろうか?


 優しく正しいユナなら……そんな真の殺人狂に心を許すか?


 ……答えは出ていた……


 ならば、これは必然か……殺人を行いその業を担ぎ苦しみ続けよと……そう思う。

 戦いの最中覚悟したではないか……

 生き残って後悔と自責の念を感じ、悔やみ続けるのだと……それでも生きるのだと……


 その顔を弟が観ている。

「ありがとう、すまなかった……」弟に感謝する。

「兄貴に一番多く、死が降り積もったから……」ゼオはボソリと言う。

「そうか……でも覚えていないんだ……」俺は答える。

「兄貴……」ゼオは口ごもり……悲しそうに笑う。


 それでも我等は進む……山道は石畳の綺麗な道に変わりその先に巨大な堀と壁に囲まれた王都が見えてくる。


 まだ着かないでくれ……覚悟が出来ていない……

 俺はユナに会う顔を持っていない……


 それでも足は進む……


 巨大な門の横にある、人が通れる程度の通用門が開く……我等はそこを通過する。


 ……我等は今まで見たことの無い景色に声を失う……


 国民が立ち並んでいる……

 城に至る道の左右に……

 拍手喝采……

 我等を讃える声……

 我等はその喝采の中をくぐる……

 一段と大きくなる歓声……


「百倍の敵軍に打ち勝った」

「死者を一人も出さなかった」

「亜人種の牙や爪に負けず討ち果たした」


 ……歓声の中に……

 そんな驚嘆の声が聴こえる。


『いや、我等は……その様な……誉められる訳が……』そんな想いが我等の心を充たす。


 だが既に、国民は我等を英雄と見なし、その偉業を聞きたいのだろう。

 我等の肩を叩き……喜びの表情を浮かべて……

 話しかけて来た。


 我等は答えを持たない。

 人間の農民を叩き潰した等と……言えなかった。

 国民皆が、我が国を救った我等は英雄……

 羨望の眼差し……

 頼むからそんな目で見ないでくれ……

 話す事など……

 話すに値する事など、持ち合わせていない。

 穢れた話なら幾らでも出来るが……


 若い剣匠達は皆一様に、前を向いて黙々と歩く。

 それしかない。


 熟練の剣匠達は、僅かに眉間にシワを湛え、それでも国民に手を振り歩いていく。


 早く城に入りたかった。


 入って助かるのかは知らないが……それでも……今はこの場所で称賛を受け止める事が出来ない。


 突然、一人の中年女性が飛び出して、ライドにすがり付く……


「貴方、ライド、目が、脚も……」ライドの母さんだった……ライドを両手で抱き締めて動こうとしない……隊列の進行が止まる。

頬に涙が伝う……残酷な……二日前に五体満足で出陣し、戻ってきたら、様々なモノを喪失して帰ってきた。


 母は勘づいていた……


 いつもこっちを見る可愛い瞳が、汚い包帯に覆われていたからだ。

 訊かなくても判る。

 ライドの顔が微妙に母の顔から逸れている。

 そしてキョロキョロと聞き耳をたてている動作から……


 あの美しい青い瞳……喪失したのだ。

 あぁ、脚も怪我をしている。

 なんと酷い……!!

 それでも母は気丈に「生きて、有難う…⁉️お帰りなさい」と言った。

「ただいま、母さん……」ライドは答える。


 トラバー隊長は無言で……ただ二人を見つめていた。


「母さん、城に行くよ、直ぐに戻る……」ライドはそう言い母親の細い腕をゆっくり自身から外した。


「はい……」ライドの母は頷いて、周囲の人達に抱き抱えられ離れた。


「王に今回の戦いの内容を報告する……其ほど時間は掛かるまい、終われば我等は暇を頂く」トラバー隊長は静かに言うとまた歩き始めた……城の正門を通り抜け……中庭に入る……

王族や守護兵がすれ違い様に挨拶や我等を褒める。


 城に入り暫く歩くと……向こうから王が近寄って来た。

 我が王は威張り散らさぬ賢王だった。

 アルテアの王ならば、平民と同じ床になど来はしない。

 一段高い場所から相手をするだろう。


「皆が生きて帰って来てくれて誠にありがとう、あの様な戦場に送り込み、真に申し訳ないと思う……」

 開口一番、王は大きな声で言う。周囲には他の貴族や兵士も居る。

 その中で、王は自分の非を謝る。

 賢王と云われる所以だった。


 その様な振る舞いを王として「如何なものか」と苦言を呈する者も居る。

 だが王は変わらなかった。

 謝るべき事は謝った……城から平気で飛び出し、酒場で皆と酒を飲み会う事もあった。

 こんな王だから、国民からは、親しみを込めて『庶民王』などと呼ばれている。


 トラバー隊長が一歩前に進む。


「王……私達が殺したのは、まごうことなき人間でした」

「???なんじゃと……」王は口ごもる……

「亜人種はいませんでした……おそらく人間の農民・商人・職人……謂わば平民です……訓練された兵士は一人もおりませんでした……」トラバー隊長は続ける。

「故に、死人1人も出さずに我等はここにおります……」

「……酷い事だな……よくぞ耐えた……」王は我等を一人一人見て頷く。

「ワシは亜人種でも人間でも、殺せば同じと思うておる……命は同じよ……しかしな……相手国は亜人種達の国の筈……」


 ……王は城の天井を睨み……暫し無言……


「……ッ……いや……おるわ人間が…‼️」王の表情が曇る……

「それは……」トラバー隊長が王に促す。

「……元々我等の祖先はここに植民に来たのだ……元来ここに住んでおったのは彼ら亜人種達よ……それはそなたも知っておろう……」トラバー隊長以下剣匠達は各々が頷く……王は続ける。

「この度の敵国であるガゼイラでは、人間達は今も亜人種を虐げておったらしい……亜人種が採掘した希少金属を只同然の金銭で買い取り……奴隷として自身の農場で働かせ……死ねば農地の肥料にした……」王は自分の言葉に吐き気がしている様だった。

「……今も!!!その様な者が居たのですか……」トラバー隊長は信じられないとでもいう様な表情……公式の歴史書には出てこないが……そういう噂を聞いた事がトラバー隊長はあった。

 強ち根も葉もない噂だとは思っていなかった……植民したのだ……原住民とのその様な軋轢がでることもあっただろう。

 それにしてもしかし……

「その差別と暴力は酷いものだ……遠い昔は隠しもせず行い、今は他国に気づかれぬ様に山奥の集落で行われていたらしい……斥候に出した……ゴードン達から聞いたよ……それはほんのつい最近まで……ユーライ帝がガゼイラを建国する迄……続いていたらしい……」


「その様な……」剣匠達がざわめく……


「ガゼイラは知っておろうが、希少金属の産出が北ラナ島一番だ……多分埋蔵量もな……お主らの使う刀剣に付与された魔法を封じ込めるに使う希少金属よ……おおよそ想像が付くが……採掘に亜人種を奴隷として掘り出していたのだ……その集落は、城塞の様であったとゴードンの報告にある……」王はトラバー隊長を見る。

「……もし……そうなら....我等はその集落の人間を殺したのですか……」

 亜人種の国というガゼイラにとって邪魔な人間……

 500年間差別された来た怨みの対象……

 ろくな武器も持たせず……

 鎧も着せず……

 唯一の頼みは武器に塗った蛇毒だけ……

 統制を執る司令官の類いも居ない烏合の衆……


 ……全ての辻褄が合う……


 剣匠、皆があの虐殺の意味を理解する……

 死刑宣告……

 処刑はキルシュナの剣匠が行ってくれる……

 毒を塗った武器でキルシュナ軍に被害が出れば尚良し……

 どうせ、ガゼイラに居ても危険分子でしかない……


 ……なら、死んで役に立て……


「……酷い……」ライドは呟く……


「其ほどの事を彼等はしたのだろう……したと聞いている……口にするのも憚れる所業をな……」王は遠くを見る様な目線で続ける。


 そして目に力を込める。

「ガゼイラを治めるユーライは古今東西で比肩する者の居ない程、魔法に長けておる……大陸にもあれ程の使い手は居るかどうか……その国に希少金属が豊富にある意味を考えねばならんな……」

 王にとっては死活問題だった。


 魔法に長けた者に、魔法の希少金属の産地がある。

 好条件だった。

 そして今、それを統括していた人間は全て剣匠が始末した。


 一石二鳥……


 ただ敵の誤算は、剣匠誰一人として始末出来なかった事……キルシュナの戦力は全く削げなかった。


「ユーライ帝が考えた策略か……」俺は怒りが込み上げ、ボソリと言う。

「……それは判らんよ……ワシはユーライと話した事も有るが、理知的で、正しい判断をする好人物だったよ……アルテアの空気の読めない王より余程な……」王がヤーンの言葉を聞いて答える。

「……王、失礼しました……」ヤーンは自身の短略的な考えを恥、王に謝罪する。

「そなたらの受けた苦痛を考えれば無理もない……ユーライと対話したのはワシだけなのだから……」王は優しく諭す。

「ユーライは亜人種との混血よ……両方から差別され虐げられた……だが、亜人種との血の混じりは彼に大きなgiftを与えた……」

「魔法の才ですか……」トラバー隊長は言う。

「そう、その通り、しかし才だけでは無く……尋常で無い努力もな……彼に最初から魔法を学ぶ環境が与えたられていたとは到底思えん……」王は推測する。

 魔法を学ぶ事は今の時代、高等教育だった。

 先ず文字が読め、そして金も掛かる。

「亜人種と人間の混血……有り体な原因としては人間に慰みモノにされた亜人種のおなごの子供となろう……ガゼイラでもその様な人間は最下層よ……両方から蔑まれる存在……彼はその嵐の中で、自身を保ち、完全なる実力にて勉学に励んだ……のではないか」王は言う、但しこれは王の推察なのだろう。


『それが真なら、尊敬に値する好人物ではないか……』

『その様な傑物があの様な卑劣な手を???』

 剣匠それぞれが、そんな事を思う。


 王は今回の計画はユーライ以外の手により策略されたのでは無いと思っている様だ……


 しかしこれ以上はいまの情報では判断不能だった……察した隊長は完了報告を行う。


「……先ずは報告は完了いたしました……暫しの暇を頂きたく……」隊長は王に伝える。


「トラバー、そうしてくれ、剣匠達よ!!!大変な仕事、よくぞ達成してくれた……そして耐えてくれた……そなたらのお陰で、キルシュナ軍は前線まで配属が完了した……誠に有難う……」王は頭を下げる……最後までこの王は、王らしくない王だった……


「王、頭を上げてください……」トラバー隊長は恐縮する……

 他の剣匠達も、声声に「かたじけない」「お気になさらず」等と言いながら、居心地が悪い様な体……

『こんな王だから我等は体を張るのだ……』俺は思う。

 賢王などと言う通り名では表現しきれない……真に王たる男……

 それが庶民王と呼ばれる、オルセーという男だった。

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