第16話エリザベスとトーナメント一回戦
「一回戦は一日二試合やって、二回戦からは一日一試合。それで半月かけてトーナメントの優勝者を決めた後ジュニアの前哨戦をして、最終日にジュニア選手権って感じなのね」
恵さんが呟く。
「ジュニア王座への挑戦資格がない五年目の先輩たちが優勝したらジュニア選手権や前哨戦はどうなるのかな?」
思いついた疑問をあたしは口にする。
「トーナメントでいい試合をしたとか一番いい所まで行った人に挑戦権与えるとかなんじゃない?」
無責任な感じで恵さんが返す。
アマゾネス杯の日程については次の巡業の準備で忙しくなる頃、その続報がもたらされた。
元々安土女子は一ヶ月かけて各地を巡業し、二日続けて試合をした後一日の休みが入る。
なので一回戦を一日二試合行い半月後の休養日を挟んで決勝を行う予定だ。
「何で若手のトーナメントに中堅の人を出すのかな?」
不満気にあたしが返すと
「真美さんが言ってたけど、フロントはあたし達に試練と同時にチャンスを与えたんじゃないか?って話。だからリズ、ここを勝ち抜けたら一気にいけるよ。私は最初から優勝するつもりだったしね」
恵さんはそう言って微笑むとあたしの肩を軽くたたいて踵を返し去っていった。
それを聞いたあたしも良い試合をして優勝することを改めて決意する、その為の準備は既に整えているのだから。
デビュー戦で着た物とは別の青のリングコスチュームと白いリングシューズを身につけたあたしは優子ちゃんに先導され先輩の南野秋帆さんより先に入場する。
入場テーマはまだない。
ジュニア王座を奪ればテーマ曲を作って貰えるかもしれない、けど今は勝ちあがるだけ。
そう気合を入れて入場していると。
「このアマーッ!!」
という叫びと共に後頭部に衝撃と激痛が走る。
あたしはよろけながら空席のパイプ椅子にしがみつくと、
「やめてください!まだ試合始まってないんですよ!!」
そう叫ぶ優子ちゃんの声が聞こえる。
頭を振りながら呼吸を整え痛みをやり過ごすと
「入場したら試合開始じゃボケッ!」
という叫び声と共に打撃音がまた聞こえる。
後頭部を抑えつつ振り返れば蹲る優子ちゃんを打ち据えたのだろう折り畳んだパイプ椅子を手にした南野秋帆さんが仁王立ちしていた。
若手相手に奇襲かよ!?怒りに燃え上がりそうになるが、それだけ相手もこのトーナメントに賭けているんだという冷静な部分が意識を引き戻す。
あたしは立ち直るまで時間を稼いでくれた優子ちゃんに感謝の念を抱きつつ、助走をつけたトラースキックを秋帆さんのお腹に叩き込み。頭が下がったところをバズソーキックで刈り取る。
つんのめって体勢を崩した秋帆さんからパイプ椅子を奪うと、金属面で打ち据える様に一撃背中に入れ、そこらに放り捨てる。
うずくまる秋帆さんの首根っこを押さえ込んだままフェンス内に入ると助走をつけて鉄柱に秋帆さんの頭を叩き付ける。
エプロンからは攻撃できないので倒れ込む秋帆さんを無理矢理起き上がらせリングに押し込み自分もリングインする。
トップロープからもコーナーポストからも攻撃できないのでサードロープに秋帆さんの首を乗せてセカンドロープの上からジャンプして彼女の延髄に膝を落とす。
二回
三回
と繰り返し、四回目ですかされる。
サードロープに膝を打ち付けひっくり返ったあたしに額から血を垂れ流した秋帆さんが近寄りあたしの左腕を掴んで首に沿わせ左腕ごと両足を巻き込んで締め上げようとする。
ヤバい!三角締めだ!
両足で腕ごと締められ呼吸が満足にできないあたしは慌ててロープに逃げる。
なかなか外さない秋帆さんにレフェリーがカウントを取りはじめようやく締め技から解放される。
膝をついて起き上がり呼吸を整える。
流石中堅下手な攻めに拘れば隙を突かれる。
起き上がったあたしに向かって秋帆さんは反対側のロープへ走ると助走をつけビッグブーツで蹴り付ける。
ここ!
歯を食いしばって吹き飛ばされないようその衝撃に耐え、秋帆さんの蹴り足を捕まえドラゴンスクリューで転がし裏返す、辺りに血飛沫をまき散らしながら秋帆さんが転がる。
もしあたしが美夜子さんの伝手でトップの方々とのハードなスパーリング三昧だった日々を経験していなかったら場外まで吹き飛ばされてただろう。
経験したことのないパワーで蹴られれば来ることが分かっていても耐えられなかったと思う。
まったく美夜子さんには感謝しかない。
右膝を抑えて転がる秋帆さんに素早く近寄ったあたしは膝を抑えている両手を振りほどき膝十字を極める。
「うあぁーっ!!」
たまらず秋帆さんが絶叫しながら悶え苦しむ。
もがき苦しむ秋帆さんがロープに逃げようとするがその手前で膝十字を外しリング中央へ彼女を引き摺って右ひざを4の字に曲げそこを支点にして変形の四の字固めをかける。
頭を掻きむしり苦しむ秋帆さん。
両すねだけでなく二人分の重量がかかる膝を痛めつけながらポジションを気にしつつ逃がさないようこちらでコントロールし続ける。
流石に体格やそこからくるパワーの差もありロープに逃げられるが四の字を外しても秋帆さんは息が上がってなかなか起き上がれない。
そこへすかさず右ひざ側面にローキックを連打する。
攻め急がないように息を整えつつ執拗に連打する。
それを嫌がった秋帆さんがロープに手を伸ばすが構わず蹴り続ける。
レフェリーがカウントを取り始めるので4カウントまで蹴り続けてやめる。動きが止まった秋帆さんの両足を捕まえてリング中央へ引き摺り戻すと、右膝の裏にあたしの右腕を噛ませながら右足首からすねを脇の下に畳み込み左足を支点に秋帆さんの胴をまたいで逆片エビ固めで絞り上げる。
胸をそらし腰を落として秋帆さんの膝と腰をこれでもか!と痛めつける。
痛みに絶叫を上げながらそれでもロープに逃げようとする秋帆さんを何度もリング中央へ戻し攻め立てる。
あまりに執拗に固められている秋帆さんにレフェリーが何度も
「ギブアップか?」
と確認するがその度に汚い口調で秋帆さんは拒否し続ける。
そして彼女は残りのスタミナを振り絞るかのようにプッシュアップの要領で上体を浮かせると勢いをつけて体を返し逆片エビから脱出した。
やはり底力が違う。
仰向けになって息を整え右膝を曲げ伸ばしながら調子を確認する秋帆さんの様子を窺いながら息を整える。
秋帆さんが立ち上がろうと身体を返した瞬間走り出すと勢いをつけ膝立ちの秋帆さんの延髄に前宙からのドロップキックを突き刺す。
つんのめるようにうつぶせに倒れる秋帆さん。
マーメイドスプラッシュを決めたあたしは息をのんでこの試合を見守る観客に向かって胸の前で両腕を斜めに交差させ、それを振り切ると秋帆さんの髪を掴んで無理矢理立たせ背後にまわって両腕を彼女の両脇の下から延髄で両手を組むように回し絞り上げ、ずに低く早く弧を描くようにリングに叩き付ける。
投げる前にそれを外そうとしていた力が抜け、全く身動きしなくなった彼女をブリッジでホールドすると、一瞬呆然としたレフェリーがカウントを取る。
1
2
3
3つ入ったのを確認しホールドを解くと、意識を失ったのか秋帆さんは身動き一つしない。
レフェリーが試合終了のゴングを要請し、あたしの右手首を掴んで掲げる中リングアナが試合時間を告げる。
喝采と共に若手がなだれ込み秋帆さんの介抱をはじめる。
ドラゴンスープレックス
フルネルソンスープレックスとも呼ばれたこの技はこの世界には存在しない。
何故なら日本が満州を建国するどころか、そもそも第二次世界大戦がなかったのだ。
東南アジアは海洋進出しだした日ノ本の影響下に早い時期から置かれ、17世紀初頭、東インド会社によって植民地化の足掛かりを築かれたインドも軍事力を送り込めるようになった日ノ本の援軍により奴隷商人どもを駆逐すると、その後は緩衝地帯として独立し続け、キリスト教と奴隷商人によるアジアの植民地化どころの話ではなく”海からくるタタールの再来”に怯えなければならなくなったからである。
なので力道山が日本でプロレスを始めることはなく、講道館の木村政彦をはじめとする一団がヨーロッパのレスリング興行と融合したのがこの世界の日本でのプロレスの始まりであり、ブラジルで力道山に『ルー・テーズの体格に似てるから』という理由で猪木がスカウトされることはなく(そもそも移民していたかどうかも分からない)、猪木の試合を見てプロレス入りを決意する機会がそもそもない藤波が日本プロレスに入門する訳がなく、ゴッチの元でトレーニングすることもなかったのでMSGで行われたWWWFのジュニアタイトル戦で鮮烈な初披露と共に5カウントくらい入るノックアウト劇を魅せることもなかった。
まさにバタフライエフェクトである。
この事実は子供の頃に知っていたので、日本プロレス界が生んだフェイバリットホールドの中であるものとないものを調べつくしたことがある。
美夜子さんに付き人として付き始めた頃
「フルネルソンを極めたままジャーマンのように投げたらどうですかね?」
と話を振ったら、
「そないな危ない技ポンポン使われたら10年持つ体が3年くらいで事故死するで?」と釘を刺されたことがある。
ただアマゾネス杯の初戦の相手が南野秋帆という意識のある限り立ち上がり続ける精神力の塊であり、意識を刈り取らなければ泥仕合になった挙句先にガス欠になるのはこちらであり、この危険な必殺技でノックアウトせねば勝てないと思い美夜子さんに協力してもらって完成させることができた。
意識を刈り取るなら、チョークスリーパーという手もあるが試合中一瞬で落とすだけの技術が今のあたしにはなく、初見なら予想以上のダメージを与えつつも首周りをきちんと鍛えた中堅以上相手なら怪我をさせたり事故死させることがないように完成させたのが、あたしのフェイバリットホールド「ワルキューレスプラッシュ」である。
チョークスリーパーの練習もやっているが美夜子さんは肯定的ではないので捗っていない…
まぁ勝ち上がってジュニアタイトル戦まで出られればまたこれを使うかもしれないが当分は封印するしかない。
ある程度以上首周りを鍛えてある上で、キチンと受け身が取れる相手以外に使うには危険すぎる技だからだ。
意識を取り戻したもののまだ呆然とする秋帆さんに一礼し、四方に礼をしてリングを降りる。
ざわめく観客の間を抜け控室を目指す。
まずは一回戦突破、まだまだ先は長い。
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