第17話 エリザベスとトーナメント二回戦

 三日目に休養日を挟んで五日目でトーナメントの一回戦が終わった。

 勝ち残ったのは、


 飯富エリザベス

 福島敦子


 イシュタル

 不動恵


 小坂真奈美

 斎藤香織


 西郷麻美

 橋田真琴


 二回戦でのあたしの相手は現ジュニアチャンピオンの福島さん。

 一回戦の秋帆さんに続いて厄介な相手だが、この大会のルールでは敦子さんのフェイバリットホールドである『ムーンサルトフットスタンプ』はルール上使えない。

 なのでこの大会においてはあたしにも勝ち目はある。

 向こうもドラゴンスープレックス、いやワルキューレスプラッシュを警戒してるだろうから、それを意識させた上で別方向から崩すのが良いと思うけど…


 明日行われる二回戦の二試合目はイシュタルと、小堀さんを下した恵さん。

 イシュタルは直子ちゃんの蹴りが単調になったところを捉えて足を固めてギブアップをもぎ取っているし、恵さんは小堀さんの攻めを上手くいなし、相手の蹴りを受けるときには確実に関節を極めて、終始相手の思い通りにさせず息が切れた所をジャーマンで仕留めた。

 二人とも試合巧者と言って差支えがないだろう。

 ジュニアチャンプの福島さんの後にこの二人の内勝者と次にやるというのもしんどい話だ。


 休養日を挟んだ三日後の二回戦第三試合は響ちゃんとの乱戦を制した小坂真奈美さんと、ヒップアタックで試合を作っていく斎藤香織さんに執拗なまでの膝攻めを繰り返して勝利をもぎ取った優子ちゃんが当たる。


 四日後の二回戦第四試合はグランドの攻防で相手を消耗させた後華麗な空中戦を交えて明美さんを翻弄し勝ちを拾った西郷麻美さんと、フェイバリットホールドであるバックドロップを出させないようガンガン重爆キックで攻め立て今藤亜紀さんをTKOさせた真琴が当たる。


 見事に明暗が分かれたあたし達2年目の若手だが、試合内容自体は悪くはない。少なくともどこかで持ち味を出すことはできている。

 もし来年もアマゾネス杯が開催されるなら全員が少なくとも一回戦は突破できることは間違いないだろう。


 福島敦子さんは恵さんの前に愛川真美さんの付き人をしていた方だそうだ。

 今はベビーフェイスグループというかアイドルグループで若手の期待株としてそこに所属している。

 ジュニアチャンピオンで、得意技はムーンサルトフットスタンプ。

 それが決まればほぼ相手を仕留められるのだが、今までの巡業で試合を見ているとそこに至るまでの流れが上手くいかなくて上に食い込めていない感じがする。

 そして今回はそのフェイバリットホールドも使えない、ならば勝機は十分あるといえるだろう。


 控室から花道を先導されながら入場する間そう考えをまとめると、コーナーポストの最上段に飛び乗り天に向かって右手人差し指を突き上げてからリングイン。

 会場がざわめくのを気にせずリングとロープの感触を確認する、その間に福島さんが入場してきた。


 レフェリーにより両者がリング中央に招き寄せられ、ボディチェックと口頭での注意事項を伝えられる。

 それが終わると福島さんが右手を差し出してきたので握手だと思いそれに応じようとすると彼女の右手は軌道を変えあたしの左頬を張った。

 会場がどよめきとまばらなブーイングでざわめく。

 それを気にせず福島さんは左手であたしの頬を張り、もう一度右手であたしの頬を張ろうとしたところで、踏み込んで身をかがめ差し出された彼女の右手を掴んで肩に乗せ立ち上がると反動をつけてブロックバスターでリングに叩き付けた。

 仰向けになって苦痛にうめく福島さんのお腹に向けて肩から落ちるサマーソルトドロップで追撃をかける。

 悶える福島さんを尻目にあたしは素早く立ち上がると同時にレフェリーがゴングを要請し会場に響く。

 あたしはロープ際まで距離を取ると早足で福島さんに近寄り切れ込むようにエルボーを気道に叩き込む。


 フラッシングエルボー


 この技もまだこの世界にはない。

 そしてあたしは彼女に立ち上がる隙を与えず呼吸に苦しむ彼女をうつ伏せにして背中に乗り両手で顎から喉をロックしてキャメルクラッチを極める。


 ほぼリング中央ロープまでは距離がありすぎる、福島さんは脱出しようと藻掻いた後あたしが意地でも放さないことを悟ったようで両腕で身体を引き摺りながらロープへ向かって移動する。

 何とかロープに右手をかけた福岡さんに対しあたしは肩越しに右足をかけロープにかかった福岡さんの右手を払う。その間もキャメルクラッチは外さない。

 レフェリーがカウントを取らないことに気が付いた福島さんは更に力を振り絞って両肘で抱えるようにロープにしがみつく。レフェリーがようやくブレイクを命じたのでいったん離れ、福島さんの首をサードロープにかかるようにしてから反対側のロープに駆けていきロープの反動を利用して加速、前宙して延髄に膝を叩き込む。

 ロープとニードロップに挟まれた後福島さんはロープの反動で吹き飛び大の字になって荒く呼吸を継いでいる。

 立ち上がって呼吸を整えたあたしはリングサイドに倒れている福島さんの右腕をつかんでリング中央よりちょっと向こう側に引っ張っていくと、ロープに近い方に背を向けさせ上体を起こさせると彼女の背後から右手を肘で曲げさせそこに腕を通し左腕で彼女の頬骨をえぐりながら彼女の右肩の上で両腕を組み絞り上げる。

 極められた肘と肩、そしてあたしの左腕によってえぐられる頬の激痛に耐えかね福島さんが暴れる、だがあたしが彼女の左足を自らの左足で押さえつけているので逃げ切れない。


 チキンウィングフェイスロック


 前世の世界で旧UWFから新日に参戦した高田延彦がジュニアチャンピオン経験者だった越中詩郎を散々苦しめ、時にはギブアップさえ奪った複合関節技。

 ちなみに今後チキンウィングが警戒されるようならば、三沢光晴のフェイスロックに切り替えることも考えてはいる、まぁ重要なのはいつどこでやるかだとは思うけど。


 身動きができず極められ続ける福島さんにレフェリーがギブアップの確認を何度かするが福島さんはくぐもった声で拒否する。

 尻餅をついた体勢から左手を使って右足側から体勢を崩し、何とかにじり寄ってロープに足をかける福島さん。

 流石安土女子のジュニアタイトルホルダーだ、恐らく初見であろうチキンウィングフェイスロックなんて言うマイナーな技を耐えきってくるとは思わなかった。


 ならば!


 左手で左頬を抑え仰向けに息を整える福島さんをロープの方に向かせるよう立ち上がらせると両脇の下から腕を差し込みフルネルソンを極めようとすると福島さんが激しく暴れる。

 その抵抗により両手のクラッチを切られたあたしは素早く屈み込み彼女の股間から右腕を右足に回し同じく股間から右足を回し込むと後方に倒れ込み左足も使って福島さんの左足をロックし丸め込んで固める。

 素早く反応したレフェリーがカウントを取る。


 1

 2

 3


 虚を突かれた福島さんはあっけなく3カウントを取られる。

 三つ入ったことを確認したあたしは彼女から体を離すと、右手首を掴まれ右腕を掲げられる。

 リングアナが試合時間とあたしの勝利を告げる。


 横回転式エビ固め


 前世のアメリカではスクールボーイとも呼ばれた丸め込み技の代表格の一つ。

 福島さんがワルキューレスプラッシュを警戒し過ぎていたから十分以上に効果を発揮したともいえる。


 しばらくきょとんとしていた福島さんは、立ち上がって右手を差し出す。

 あたしはそれに応じると今度は握手が成立し、

「今回は完全にやられたわ。ジュニア戦ではこうはいかないから、勝ちあがりなさい」

 そう言ってあたしの手を掲げてくれるとリングを降りて行った。

 あたしはその背中に一礼すると、四方に礼をしてリングを降りる。


 先輩を二人も破ったんだから負けられないよね。

 改めて優勝の重みを感じると決意を新たにして美夜子さんの待つドレッシングルームへと戻るのだった。

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