第15話 エリザベスとトーナメントの噂

 美夜子さんの伝手で巡業中には折を見て、シーズンオフにはガッツリと百人組手じみたスパーリングを半年ほど続け秋も深まった頃、その特訓は唐突に終わった。

 それに代わるようにあたし達若手の間に流れてきた一つの噂に皆落ち着かず、中には露骨にそわそわしている者も出始める。


 2年目から4年目までの若手によるトーナメントが近々始まる、優勝すれば賞金500万円とジュニアのベルトへの挑戦権、そしてその結果次第ではトップレスラーの方たちとの試合も組んでもらえるとか…


 そんなご褒美があるのなら誰だってそわそわしてしまう、あたしだって本当かどうか美夜子さんに聞きに行ったくらいだ。

 美夜子さんからは次の巡業前には決まってるはずとしか聞けなかったが話自体はあるような匂わせ方だった。


「ジュニアチャンピオンの福島さんは出るの?」

 ご飯を食べている真琴に訊く。

 口いっぱいに食べ物を頬張った真琴は咀嚼し終わると、

「出るつもりらしいね。あの人もまだ4年目だしジュニア王座への挑戦権はともかく自分を売り出すには美味しい特典もあるようだし」

 真琴がそう答えると、

「あぁ七番勝負ね…でも本当にそれ組んでもらえるの?」

 あたしが疑問を口にすると、

「試合内容次第とも優勝した後の活躍次第ともいわれてるし、可能性はあるってくらいなのかもね」

 あたしの隣に座りながら恵さんが話に加わる。

「目的は若手を腐らせず活性化させることだろうから、生き残り組が少なかった去年までとは状況が違うし久しぶりにやるんじゃないの?」

 恵さんの隣に座りながら優子ちゃんがそういう。

「あたし達8人と4年目の先輩までで福島さんも出るなら、イシュタルと小堀さんと復帰した小坂さん、ジュニアのベルトを返上してアジアチャンピオンになった咲さんは流石に出ないだろうから、4年目の香織さんと3年目の麻美さんは出るとしても、後二人足りなくない?」

 シードとして出場するのかもしれないけど…

 あたしがそういうと、

「もしかしたらそこら辺で意見が割れてるのかも?」

 優子ちゃんがはっとしたように指摘する。

「え?どういうこと?」

 真琴があまり仲の良くない優子ちゃんに問う。

「参戦するのが4年目までの先輩だけじゃないかもしれないってことよ」

 優子ちゃんが不安気にそう言う。

「5年目の先輩丁度二人いるしね…」

 気が重そうに恵さんが補足する。

「5年目の先輩って中堅じゃん!」

 真琴が憤りながらそう言うと、

「キャリアもやれることも段違いで、体も出来上がってる人達に混ざられてもね…」

 この数ヶ月トップの方たちとスパーリングし続けたあたしがそういうと、

「5年目の先輩と試合組んでもらえるのを幸運というべきなのかな?」

 恵さんがそう呟く。

 その幸運をトーナメントで味わいたくはないあたし達は意気消沈してしまった。


 それから数日後オフの半ば頃食堂や道場に『第一回アマゾネス杯』として、噂されていた若手のトーナメントが開催されることが貼り出された。

 詳細としては2年目から5年目の選手全員によるトーナメント戦で、トップロープやコーナーポスト最上段からの攻撃は禁止。

 他にはリングエプロンより高い位置からの場外への攻撃禁止などの安全性を考慮した特別ルールに加え、2年目の選手にあった前座の試合はドロップキック一回までという規制の排除が記されていた。

 優勝すれば賞金一千万円とジュニア王座への挑戦権、さらにはトップレスラーとの試練の七番勝負を組んでもらえるらしい。

 組み合わせも既に決まっているらしく、一回戦は


 南野秋帆

 VS

 飯富エリザベス


 福島敦子

 VS

 山下恵子


 イシュタル

 VS

 小山直子


 小堀夕子

 VS

 不動恵


 小坂真奈美

 VS

 支倉響


 斎藤香織

 VS

 長友優子


 西郷麻美

 VS

 達川明美


 今藤亜樹

 VS

 橋田真琴


 そこから勝ち上がった者同士で次の試合は組まれるそうだ。

 ちなみに一回戦の組み合わせは2年目のあたし達と先輩という方針ではあったがそれ以外は完全なランダムで決まったらしい。


 これらの事を美夜子さんに報告すると、

「こうなると可能性はあると思うとったけど、まさか実現するとはなぁ。リズはやっぱり持ってるで。うちがもっと上の人とスパーリング経験させてたのがここまではまるとはなぁ」

 と、呆れ気味に自画自賛すると、

「優勝出来たらジュニアも狙えるし、七番勝負次第では扱いも変わる。こら狙っていかなあかんで」

 と言って次のシーズンまでみっちり付き合ってもらえることになった。


 あたしが一回戦で当たる南野秋帆さんは美夜子さんに言わせると、

「体格ふつー、パワーもスピードもふつー、試合の組み立てもふつーで技の切れもふつー、ただしその根性というか精神力の強さは異常で格下とのトーナメントやったら普通に叩き潰しにくるやろ。勝とう思たらそれこそ意識を刈り取るくらいの気持ちでやらなあかん」

 とのことだった。

 意識を刈り取るって…と呆然としてたら、

「あいつはプライド高いから隙を突くとかそのくらいしにいかな絶対勝ちを譲らへんと思うよ」

 と付け加えた。

「でもリズが隙を狙って丸め込んでくるのはもう相手もわかってるから、その方向で勝つのは難しいやろな」

 とあたしの希望をへし折っていく。

 八方塞で悩んだ末あたしは一つの解決法を思いつき次のシリーズまでの間美夜子さんを相手に秘密の特訓を重ね、シリーズ開幕直前に合格を貰った。


 波乱のアマゾネス杯を抱えたシーズンが始まる。

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