第11話 エリザベスと付き人達

 巡業に帯同するようになり練習時間を確保しながら会場の設営やら先輩から命じられた雑用をこなす日々がしばらく続いたある日、あたし達はそれぞれ付き人としてエース格やトップレスラーの方々について身の回りの世話をするよう言われた。


 付き人として付いた先達の影響を弟子や後輩たる付き人は強く受けるようだしなぁ。

 前世で有名なエース格のレスラーの付き人だったあるトップレスラーがエースになった後も社長にってからもその師匠の言いなりのような状態だったことを思い出す。

 そして、


 ああはなるまいと心に強く決める。


 そしてあたし達は、

 エースの愛川真美さんの付き人に不動恵。

 前世界チャンピオンのレッドブル中村さんに橋田真琴。

 レッドブル中村さんのタッグパートナーであるバッドガール鹿目さんに長友優子。

 アイドルレスラーグループのリーダーである萩尾奈々さんに支倉響。

 格闘技系ギミックのトップレスラーである山本淑乃さんに小山直子。

 アヅジョで最も男性人気の高いアイドルレスラーであり萩尾さんのタッグパートナーであるスウィート佐々木さんに山下恵子。

 愛川さんのタッグパートナーでありアヅジョきっての試合巧者といわれている上坂焔うえさかほむらさんに達川明美。

 そして海外修行を終えてトップレスラーとして最近めきめき頭角を現している猪森美夜子さんにあたし、という錚々たる面々の付き人になることに決まった。


 多分あたしは幸運なのだろう、少なくとも他の付き人達よりは…

 そのことは他の付き人の仕事ぶりに対してのトップの方々の対応を数日見ただけで痛感した。

 愛川さんは新弟子だったころからは想像できないくらい性格がきつくいつもピリピリしている。

 それこそ太々しい恵さんだから付き人としてやっていけるようなものだ。

 その恵さんに負けず劣らず太々しい真琴は見かけるたびに中村さんに殴られている。

 礼儀から何からすべて厳しくしつけられてるのだ。

 これは将来真琴の付き人になった子は相当苦労するんじゃないかな?

 その二人と比べるとかなり幸運なのが優子ちゃんだ。

 まぁ彼女の場合上下関係などに元から厳しい所にいたらしいのでアツジョでもそこら辺は上手く乗り切っているし、そもそも良い所のお嬢様だったらしいので礼儀作法もきちんとしているから怒られる要因が元々少ない。

 鹿目さんが温厚な方というのもあってうまくやっている方だと思う。

 意外というと失礼なのかもしれないが響ちゃんも奈々さんの付き人を大過なくこなしている。

 彼女は多分グラビアという女の世界を渡り切った経験を生かしているのもうまくやれている理由だろう。

 それに比べて悲惨なのが山本淑乃さんに付いた直子ちゃんである。

 山本さんは愛川さんのデビュー戦の相手を務めた方なのだが、元から気性が激しい上にここ数年怪我がちで一時はエースに一番近かったはずなのだが今は上手くいってない。

 そこへ気の弱い直子ちゃんが付いたものだから相性は最悪で、会場設営が終わった後のスパーリングなどでも『これでもか!?』というほど厳しくしごかれている。

 その様をみた井村営業部長と長山さんが止めに入った上で、

「付き人はサンドバッグじゃない!」

 と厳しく訓戒したほどだ。

 それ以後かなりましになったとはいえ彼女にとって厳しい生活が続いていることに変わりはない。

 佐々木さんの付き人になった恵子ちゃんは佐々木さんの付き人自体は上手くこなしているようだが、佐々木さんと彼女を推すフロントへ怒りや嫉妬あるいは憎悪を募らせた中堅選手の悪意というか嫌がらせに巻き込まれて大変そうだ。

 新弟子の大半から嫌われている達川さんは一言多い癖が災いしてか焔さんによくお説教されている。

 お説教で済ます焔さんがやさしいのか?

 お説教で済まされる程度の失敗しかしない達川さんが世渡り上手なのか?は、傍から見るだけではちょっとわからない。


 そして猪森美夜子さんに付いたあたしだが…

「リズ~!ご飯食べに行くでぇ~!!」

 美夜子さんにものスッゴク可愛がられていた。


 彼女の言によると今アツジョのトップ所は

 愛川さんをトップとして、

 レッドブル中村さんの邪悪同盟。

 萩尾奈々さんのアイドルユニット。

 山本淑乃さんの格闘技ギミックグループ。

 がしのぎを削っているらしい。


 しかもトップ所は重傷から復帰してまだベストなコンディションに戻っていない山本淑乃さん以外派閥のマムの座は安泰、美夜子さんは格闘技ギミックが好きではないので加入したくない。

 そういう状況なのでいくら海外で実績を積んだ美夜子さんといえどもそう簡単にタイトル戦線に割って入るのは難しいらしく、新ユニットを立ち上げようと思ったところにあたしが付き人として回ってきたそうだ。

 そしてド新人かと思って落胆して試しにスパーリングしてみたら、これは鍛えたらモノになるんじゃね?と思われたらしく、可愛がって懐柔して鍛えて自分のユニットに組み込もうと思ったそうな。


 他の先輩に聞いたところ、美夜子さんは入門当時から明るくておちゃらけた所がある変人だったそうで、付き人であるあなたも彼女に付き合うのは大変だと思うけど頑張ってと諭されてしまった。

 お祈りメールを送り付けられたような気持ちだ。


 だが美夜子さんはレスラーとしては既に超一流で、特にそのバンプ受けの技術はアツジョでも屈指と言える。

 試合の組み立ても巧みで、トップで鎬を削り合っているどのグループも欲しがるほどではあるがグループのトップに据えたくはないと扱いが難しい立場だ。

 なので今は便利屋的な使われ方をされている。


 実はこの扱いが彼女のプライドを酷く傷つけているようで、トップとしての実力がある自分が何故前座や中堅の空いてる所にその日その日で流れもなくはめ込まれるのか!?と時折腹に据えかねてあたしに愚痴をこぼしてくる。


「せやから、リズがさっさとデビューして若手トーナメントで優勝してチャッチャとジュニアのベルトとか取ってくれると、うちもタッグとして使いたいとフロントにもねじ込みやすいんやけど?」

 彼女は笑いながらそう言う。


 付き人として普通に仕事をしてるだけで練習の指導やスパーリングの相手もしてくださる上にご飯もよくごちそうしてくださる、本当にいい人につけてもらえたとは思うが、

「デビューもしてない16歳の小娘に何を期待されてるんですか?」

 こちらも笑いながら返す。

 今のジュニアチャンピオンは波瀬咲さんだ、軽口とはいえお世話になった先輩のことを悪くは言えない。

「リズは背こそちっこいけど、身体能力はかなりのものやん?あとなんかようわからん動きやらするからやってておもろいし、それを生かした動きと試合の組み立て方すればかなり受けると思うねんけどなぁ」

 あたしが苦し紛れに前世で穴が開くほど見た名レスラー達の動きを再現しようとしてるのを彼女は興味深いという。

 まぁそれはそうだよね、完全に再現できている訳ではないけどプロレス史に残るような人達を手本にしてるんだから。

「まぁいつになるかわからんけど、そう遠くないとおない内にデビューすると思うから、きっちり仕上げたるさかいな」

 そう歯を剥きながら笑う彼女の笑顔は肉食獣じみていたのだった。


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