第五幕 忘形見の腐箱

 蛙の親分の住むお屋敷は、この港宿場辺りでも類を見ぬほどの大屋敷である。

 親分達がおっとり戻った、町の中央に在るその恐ろしく大きな御屋敷の門前には、古く黒い細長の木箱が一つ、ぽんと地面に置かれていた。

「一郎!……開けい。」

「へ、へい……!」

 俺は一郎さんが怖気腰でその木箱へ近付いていく様を見て、まだ昼日中だと言うのに、何だか面妖なものを感じ入り、親分の方へとそっと寄った。そうしてから良く良く見てみると、普段は偉そうな親分のガマ蛙のつらが、真っ青になっている。そうなってしまった親分は何だか、小さきアマガエルのようで、えらく、しみじみとした気持ちにさせられる。

「……クソッ!えらいおんぼろです、親分。まるで釘を打った様に蓋が噛み合っちまって、中々……っ!」

「一郎さん、俺がやろうか。」

「ええいっ!黙って見てろい、この馬鹿椿……っ!」

 一郎さんが顔を真っ赤にして思い切り力んだかと思うやいなや、黒木箱の蓋が勢いを持ってぱこりと開いた。

 それと共に、青と灰の色をたしかに伴う、面妖なる煙があたりに立ち込める。

「こりゃ、たまらん……!」

 それはまるで、ものの腐った臭いである。鼻の奥をツンと刺すその臭いに、俺は涙目になりながら鼻を摘まんだ。しかしその煙は、ドロリともしていて、まるで付きまとうようにして、口と鼻の奥の方へとこびりつき、そうかんたんに離れる気配がない。

 そうして皆が一様に、咳をしながら手をうちわにしてあおいでいると、やがて青灰の煙のその色が、だんだんと薄くなってきた。が、その腐れた臭いは、一向に消えぬ。俺が思うにこの臭いは、その箱の荷から発されているのである。

「なんだぁ、この棒っ切れ……?」

 未だ辺りにうっすらと立ち込む煙の中から、一郎さんが持ち上げて見せたのは、どう見てもぼうきれではない。それは長く大きな、黒鞘におさめられた、見るからに立派な、刀である。

「……ごんごう鬼の、大太刀……!」

 ごんごうおにの、おおたち。親分は喉からぎゅうと絞り出したような声でそう言うと、まるで煙に当てられた虫のように、するりと力なく、地面にそのひざこぞうを落とした。

「ば、馬鹿椿!なんしちょるか!?早う親分をおぶって屋敷へ入れい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る