第六幕 蛙鳴と蝉噪

 屋敷の中へ運ばれた蛙の親分は、風の通る縁側に敷かれた布団の上でずっと唸り、眠っている。夜に鳴く牛蛙のようなその唸る声は、本当ならば大変に面白いものである。しかし、どうした訳か、俺の心は何だかしんみりとしてしまい、まるで盛り上がらぬのだった。

 次郎さんは、あれからすぐに医者を呼びに行ってしまった。

 一郎さんは、呻く親分のひたいに浮かぶ汗を、ずっと濡れた衣で拭ってやっている。

 そして俺はと言うと、何をすればよいものか、皆目見当つかぬままでいた。いちおう、用心棒らしく親分の近くに居てはやるが、それが正しきことなのかは、よく分からぬ。

 よう分からぬから、たいへん立派な庭にある、広い池の中をぼんやりと眺めていた。池の中の黒い鯉が面倒気に尾ひれで水面を叩いたのと、一郎さんが俺の方を見てためいきをついたのは、ほとんど一緒のことである。

「まるで疫病神じゃなあ、馬鹿椿。」

「やくよう、神……とは一体?」

「……縁起の悪い奴っちゅうことじゃ。」

「なるほど、縁起の悪い神さまですか。」

 自分がいつの間にそのような神様になってしまったのか、まるで覚えはない。しかしお家の母が倒れ、奉公に来た先では蛙の親分がこのような哀れな姿になってしまったのは、事実である。縁起の悪きことは、おりがみ付きである。

 それに思い返せば、優しかったばあ様も父も、随分前に死んでしまった。そういえば、子供の頃から仲の良かった隣の家の犬も、何年か前に死んでしまった。もしやすると、それらは全て、俺のせいだったのやも知れぬ。いや、きっと、そうなのであろう。だって、俺よりも物を良く知っていそうな一郎さんが、さもかしこそうにそう言うのだから。

「……どうも、どうも、すみません。」

「ば、馬鹿もん!?泣く事があるか!」

「……いつの間にそのような怖い神様になってしまったのか、自分でもまるで分からんですが、きっと俺はいつの間にか、やくようがみなんです。……どうも、どうも、ほんとうに、ずみまぜん。」

「だから泣くでないて、この馬鹿!……えぇい!わしが悪かった!お前が疫病神と言うのは嘘じゃ!嘘八百の八百八町じゃ!」

「……じゃあどうして、親分は俺が来てすぐに死んでしまったんですか。」

「まだ死んどらん!……親分が倒れられたのは、あの箱のせいじゃ!だから泣くでないて!」

 一郎さんと次郎さんは兄弟らしく、そのお顔は良く似ている。俺には二人の区別がたいへんつきづらい。しかし、どうやら、一郎さんの方は、えらい大うそつきである。

「……怪しげな箱が門前に置かれるようになったのは、お前が来る三月も前からじゃ。それで親分は用心の為にお前を雇った。ただ、それだけじゃ。お前は悪うない。」

 気の早い蝉達の鳴き音と、眠る蛙が唸る中。大ほら吹きの一郎さんは、何だか決まり悪そうな顔で俺から目を逸らすと、あの腐れた箱の、その事の起こりを話し始めた。

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