遺作

遺作 番外

 その部屋は、いかにも本が好きな人間の部屋だった。


 左右の壁一面に本棚が置かれ、一冊取り出すだけでも苦労するほどにびっしりと、本が収められている。

 そこは本しかない部屋なのか?

 ──否、窓に背を向けるように置かれた黒檀の机があり、そこには一人の女性が椅子に座って、一冊の薄い文庫本を読んでいた。

 ブックカバーの掛けられていないその本には、帯に『これぞ、平成の文豪の遺作!』などと大きく書かれていた。

 女性は楽しそうな笑みを浮かべながら、その本を読んでいる。

 それは、一年前に自殺した老作家が生前に書き残していた物で、老作家の死から三ヶ月後に偶然妻が見つけ、担当編集と相談した末に、一周忌に出版することが決まり、先日無事に発売された物。

 女性はその話が大好きだった。

 それは彼女の理想通りの話であるから。

 死んだはずの好きな登場人物が生きており、その彼が無事に夢を叶えているから。

 自分が死ぬ時には絶対に棺に入れてもらいたいくらい、彼女はその話が好きだった。……ただ、その話には一つ、悲しい所もあった。

 彼が死なない代わりに、別の人物が死ぬのだ。

 それが正直とても悲しいのだが、贅沢は言えない。

 もう二度と、言えないのだ。

 何度も何度も読み返しながら、彼女は考える。

 どこでどうすれば、こんなことにはならなかっただろうか、と。

 それなりに健康な彼女のこと、時間なら一応、それなりにある。


 ゆっくりゆっくり、ひとまずは四年ほど考えてみようかと思いながら、彼女は今日も、大切で、大事な、大好きな本を読むのだった。

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四季坂文吾が遺した物 黒本聖南 @black_book

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