第35話 ことのは
「慎司くん、昔も今も、あたしはあなたが好き」
僕が動けないでいると、冷花は告白の言葉を繰り返した。
心臓がバクバクと音を鳴らす。数日前よりも鼓動が激しい。
集団の前で公開告白されたからなのか、僕の気持ちが変わってきたのか。
わからない。
自分の感情が。
どう反応すればいいか戸惑っていると。
「ううん、もしかしたら、間違ってるかも」
冷花は唐突に言い出した。
「あたし、慎司くんに運命を感じて、好きだと思い込んでいるかもしれない」
聴衆の困惑がステージにいても、伝わってくる。
告白したと思ったら、間違いかもと否定したんだ。神白冷花の行動を誰が予測できただろうか。
僕は流れに身を任せることにした。冷花を信頼しているから。
「たしかに、あたしは慎司くんが好きよ。友だち以上にはね。でも、恋人未満の可能性もある」
冷花が言うと、生徒たちが反応を示す。
「そういうことかよ」「友だち以上、恋人未満。あるある」
ただし、みんなが想像しているのとちがって。
「みんな、そうじゃないの」
冷花は首を横に振って。
「恋なのか、ただの好きなのか、自分でもわからないの」
琥珀色の瞳を天に向け。
「もしかしたら、慎司くんのこと、恋人以上に好きかもしれないし」
頭を抱える。
「あたし、自分の感情もわからない……思ってもない暴言を吐いて、人を不快にさせたり、傷つけたり。ホントにあたしってイヤな奴」
死神と呼ばれた少女があまりにもはかなげで、見ていられなかった。
僕は冷花の手を取る。
「感情と行動が一致してないから、精神的にしんどい思いをして、他人にも迷惑をかけるのよね」
「……そうだな」
僕は冷花の発言をいったん受け入れて。
「でも、おまえは自分の問題に気づけた」
彼女を励ますように言ってから。
「おまえも、僕も、話を聞いてる人も……」
僕は聴衆を見渡す。
「自分を完全にわかってる人ってどれだけいるんだろうな」
マイクを通して、つぶやく。
すると、みんなが神妙な顔で下を向く。
「感情が見えないのは当たり前だ。人は他人でなく、自分のことすらわからない」
なにをエラそうなこと言ってるんだろうな。
正直、イキっているようで恥ずかしい。
でも、冷花が勇気を出したんだ。僕もがんばらないと。
「でもな、だからいいんじゃねえか」
「慎司くん……」
「他人がわからないからこそ、僕たちは会話をして確かめ合う」
案の定、ヤジが飛んできた。
「でもさ、会話ではヘラヘラ笑っていても、裏サイトで悪口書く奴だっているだろ?」
もっともだ。
「ああ。誰かさんが言った要に、会話は曖昧だよ。セリフはウソをつく」
僕は学年主任の方を向いて、言った。
「だがな、僕たちは曖昧な世界で生きている」
僕は大人じゃない。大人の世界がわからない。
でも、見えないものに振り回されてきた僕だからこそ、身に染みている
「未来はわからなくても、学校に来て、友だちと話して、勉強して。放課後は部活したり、遊んだり。毎日が同じようでいて、明日は今日と違う。未来は確定してない。そんな曖昧な世界で、僕たちは生きている」
息を吐くたびに身体が熱くなる。
「でも、毎日が退屈か?」
生徒たちに問いかけると。
「いや、ウェイウェイしてると最高だぜ」「んだな」「あたしも、あたしも」
みんなが同意してくれる。
もちろん、日々の生活が退屈な人もいるだろう。しかし、そう感じる人はクリスマスパーティーなんてリア充イベントに来ない。
客層の偏りを利用させてもらった。
「楽しいかどうか。目に見えるものが正しいかどうか」
僕は再び学年主任をじっと見すえて。
「それは他人が決めることじゃない。自分がどう感じるかなんだ」
ここからが本当に言いたいこと。
「だから、冷花が僕のことをどう感じるか。それは冷花が決めればいい。誰にも文句は言わせない」
「慎司くん?」
「僕を愛してくれるなら、それでいいし。友だちとしての友情でもかまわない」
冷花の琥珀色の瞳を見つめて。
「僕も冷花のことが好きかわからない。もしかしたら、愛してるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
我ながらひねくれている。
「なんだよ、男らしくねえな!」「はっきりしろっての」
ヤジが飛んできたのも無理はない。
「仕方ねえだろ。自分の感情がわからないんだから」
あえて、僕は開き直った。 誰がなんと言おうが、気にしない。
「僕は、ありのままの自分を受け入れる」
宣言すると。
「ありのままの自分?」「甘えたこと抜かしてんじゃねえ!」
コワモテの男子生徒から怒鳴られてしまった。きっと運動部だな。
「ありのままの何が悪い? いったんは、今の自分を受け入れなきゃ」
気にせず、僕は話し続ける。
「僕は恋愛が嫌い。それが、ありのままの自分だ」
言い切ったところ。
冷花がクールな顔をして。
「慎司くん、男子高校生はおち○ぽ猿なのよ。エッチとエロで成り立つ生物なはず。はっ、もしかして、隠者だから、おじいちゃんみたいに枯れちゃったの」
毒舌を吐きやがった。
僕にコクった彼女の発言が、一般生徒たちの声を止める。
僕は冷花を向いて。
「そう言われても、苦手なものは苦手なんだ。悪いけど、今の僕には恋愛は無理」
「そうね。あたしが言ったぐらいで変わるんだったら、あなたは悩んでないわよね」
僕が期待したとおりの答えを返してくれる。
「ごめん。今は恋愛嫌いだけど、いつか恋愛したいと思ってる」
「……あたしに可能性があるってこと?」
「もちろん。こんな僕でよければ……」
そこまで言ったところで、僕は再び聴衆に呼びかける。
「ありのままの自分をいったん受け入れたうえで、どうするか考えていけばいい」
「そうね。あたしも本当に慎司くんを愛しているかわからないわけだし」
冷花はすっきりした顔でうなずく。
「ああ、僕も冷花も自分がわからない」
「……あたしたちは青い鳥を求めて、さまよっているのかもしれない」
「そうだな」
「慎司くんと、ううん、みんなといろんな経験をしたい」
「経験?」
「そう。恋を知らない自分を受け入れて、そのうえで理想の恋を知りたいの。みんなと話し合ったり、遊んだり。そうやって、少しずつ理想に近づいていけばいいのかな」
「ああ。地獄の果てまで付き合うからな」
「あたしが死神だからって地獄はないでしょ」
冷花の冗談が予想外に受けた。
そこで気づく。聴衆を置いてけぼりにしていたことに。
つい熱くなってしまったが、言いたいことは言い終えた。
あとは運を天に任せよう。
僕は冷花と顔を見合わせたあと、まとめに入ることにした。
「というわけで、対人支援部は理想の恋探しのお手伝いもしている。全力で関わるから、相談したい人がいたら、連絡してください」
冷花と揃って、頭を下げる。
「待て!」
すると、学年主任が叫んだ。
「貴様らは廃部になる。こんな話なんか大人には通じんぞ」
つかつかと前に出てくるが。
冷花は怯まずに言う。
「顧問の華園先生に教わりながら、毒舌体質を治すように治療を受けますから」
「貴様は理想の恋をしたいだけだろ。本気で毒舌を改善しようとしとらんくせに」
学年主任が怒るのも無理はない。
振り返ってみれば、当初の計画とだいぶ話がずれてしまった。高校生の指示を集めながら、神白冷花更生計画をプレゼンするつもりだったのだ。
いよいよピンチか。
終わりを覚悟したが。
「待ってください!」
モモねえが学年主任の前にたちはだかった。
「冷花ちゃんが毒舌だったのは、心に余裕がなかったから。スクールカウンセラーとして、そう見立てています」
「華園先生……」
相手は専門家。学年主任も文句を言えない。
「理想の恋を知りたくて、なのに現実がわからない。彼女が抱えているのは、心の不一致。理想と現実のギャップが大きいと、人は病むこともあるのです」
「……」
「くわえて、彼女は不器用で人付き合いが苦手です。コミュニケーション障害の傾向も見られます。精神科医でないので、あくまでも推測ですが」
まるで、医者が診断を告げるような口ぶり。本人を前に、コミュ障を指摘するとはモモねえとは思えない言動だ。
冷花はうつむく。裏切られたと思っているのかもしれない。
でも、僕にはわかっている。モモねえが意味なく、厳しくしないことを。
僕は冷花の手を握りしめる。僕の指をギュッと掴んできた。
「さすが、カウンセラー。あなたはわかっている」
それが、学年主任には好印象だった模様だ。
「ですが、ここ1ヵ月。対人支援部に関わって、彼女も変わり始めています」
「……っ」
学年主任は下を向きつつ。
「たしかに、数日前までは落ち着いていたのは事実」
モモねえの会話術に乗せられていく。
「なら、生徒の可能性に賭けてみましょうよ~」
「可能性?」
「そうです。若い人には無限の可能性があるのです。私も、あなたも若い頃は自分を知らなかった。迷って、悩んで、道を切り開いてきたはず。安全な範囲で、生徒に経験をさせるのが、大人の務めではありませんか」
にっこり。天使の微笑を学年主任に向ける。
「……あなたの言うとおりです。さすがは心理学の専門家」
すると、あっさり学年主任はモモねえの意見を受け入れ。
「オレは大事なものを見失っていたようだ。数字ばかりに囚われて、生徒の心が見えていなかった。いやはや、恥ずかしい」
学年主任は背を向ける。
すぐに振り返ると。
「不器用だが、おまえたちの気持ちは伝わった」
堅物教師それだけ言って、出口の方へと歩き始めた。
○
しばらくして。
クリスマスパーティーがお開きになるまで、僕は3人の女子とダンスを踊るのだった。
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