第5話 対人支援部(後)

「わたし、見た目はこんなだし。昔からリア充でいなきゃって思ってきたの」


 美輝はアシメロールにした金髪を空いた手でいじる。上半身が動くものだから、大きなお胸もたぷんたぷん。


「中学時代はテニス部で、朗らかに人当たりよく。誰からも好かれるように振る舞っていたんだよぉぉっ」


 派手な見た目とは裏腹に、美輝は頼りなさげに息を吐く。


「本当のわたしは弱くて、自信がない。部活も勉強もそれなりにがんばってた。でも、豆腐メンタルだから本番に弱くて、試合でも試験でも良い成績は残せなくて」


 いつもの甘い口調は鳴りをひそめている。


「高校に入るのをきっかけに、変わろうと思ったの。本当の意味でリア充になりたくて、弱い自分を捨てようとした」

「美輝」


 事情を知っている僕としては、彼女の話を止めたい気持ちもあった。だが、過去の辛い出来事を自分の口で語ることで癒やされるケースもある。僕は見守ることにした。


「教室では、いつもニコニコ。そのせいか、入学してすぐにクラスの陽キャグループの仲間入り。でも、ずっと心の中でモヤモヤしていたの」

「モヤモヤ?」


 死神こと神白冷花が反応する。


「本当のわたしは気が弱くて、誰かに頼りたい。なのに、みんな、明るくて、笑ってばかりのわたししか見てくれない。ワイワイ騒いでいても、孤独で、孤独で」


 死神は神妙な顔でうなずいていた。


「寂しい陽キャをチラチラ見てる、同じクラスの男子がいたんだよぉぉ。それが、慎司さま」

「あのさ、人をストーカーみたいに言わないでくれるかな?」


 美輝がクスリと笑う。


「だって、また見られてるって思って、キモかったのはホントだし。影から見てるタイプの陰キャだと思って、安心してたんだけどねぇぇ」


 地味に傷つく。


「ある日、理科室で授業があって、でも、わたしが教室に忘れ物して取りに戻ったら、慎司さまもやってきた。」

「そうだったな。『あのさ、部活決まった?』と、話しかけた気がする」

「うん。返事をためらっていたら、『まだだったら、僕と一緒に部活しない?』って、いきなり口説かれたんだよぉぉっ。草食系だと思ってたのに」


 美輝は頬を染める。


「で、彼は言ったの。『おまえ、悩みあるだろ?』って」

「いま考えると、ありえないよな?」

「ううん、誰かに聞いてほしいと思ってたから」


 美輝が僕の手をギュッと握ってくる。

 僕は照れを隠すように言う。


「まあ、あのときは事情があったんだよ。モモねえから対人支援部の部長になれって言われて。1週間で部員を3人にしろだなんて。困ってたら、『悩んでそうな子に声をかけてみたら?』って、ありがたいアドバイスを顧問にもらってさ」

「それで、わたしに声をかけたの?」

「ああ。教室で美輝を見ていて、孤独なのがバレバレだったから」


 僕にとっては当たり前の事実なんだが。


「それが不思議なんだよぉぉっ。わたしがファッション陽キャだって、誰も気づかなかったのに。なんで、慎司さまは簡単に見抜けたの?」


 言えない。感情が見えるなんて。

 だから、僕は表向きの理由を答えた。


「僕は対人支援部の部長。人の悩みを聞いたり、支援したりする部活だから。人間観察は仕事みたいなもんだ」

「そのときの慎司さまが大人に見えたんだよぉぉっ。慎司さまなら本当のわたしも見てくれる。甘えられる。そう思って、対人支援部に入ったのぉぉ」


 美輝が口を閉じるのを待っていたかのように、夢紅が手を上げる。


「その後、ボクも誘われたのさ。彼、ボクの秘められし壮絶な真実も見破ったわけ。彼は隠なる者にして、叡智ある存在。まさに、タロットの隠者なり」


 言い方はオーバーだが、むずがゆくなる。


 僕に叡智はない。他人の感情が見えるだけだ。

 それでも、上手く扱えば、 僕の力は叡智の代わりとなりうる。


 黙っていた神白がおもむろに口を開く。


「彼があなたたちの悩みを解消してくれたのね?」

「うん、完全に解決ってわけじゃないけど。わたしは慎司さまの前でなら、素の自分でいられる。弱い自分を受け入れられる。いまは、それで満足してるんだよぉぉ」


 美輝の答えを聞いて、死神は目を閉じる。考え込んでいるらしい。

 しばらくして。


「わかったわ。あたしの話を聞いてくれるかしら」


 僕に試すような目を向けてくる。


 できるだけ柔らかい声を作って、僕は神白に話しかけた。


「神白冷花さん。ご相談内容とは?」


 第一声は成功だったらしい。神白の色はオレンジになる。数秒前よりも、おだやかな気分らしい。


 神白は豊かな双丘に手を置く。彼女の色が、オレンジから徐々に青みを増していき。


「あたし、エロゲみたいな恋をしたいの」


 へっ?

 なにを言ったの、この子。

 気づけば、ピンクなんですけど。さっき、神白にコクった男子よろしく、ピンクなんですけど⁉

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