第6話 死神のなやみごと


「エロゲみたいな恋をしたいの」


 死神こと神白冷花は、同じ発言を繰り返した。聞き間違いじゃなかったらしい。


 驚いた。まさか、死神が恋をしたいだなんて。あれだけ残酷に告白を振ってたじゃん。てっきり、恋愛に興味ないと思っていたよ。


 しかも、である。


 意味不明さはもちろん。

 死神とエロゲ。どう考えても結びつかない。クールな顔と、エロゲのギャップがすさまじい。


 あらためて、死神の色を見る。何度見ても、ピンクだった。

 死神の仮面の下に、恋に恋する乙女の顔を隠していたようだ。


 正直、かなり動揺している。


 だが、神白のつぶらな瞳はあまりにも純粋で。

 僕たち対人支援部に本気で相談しているのが伝わってきて。


 ならば、神白冷花の想いを全力で受け止めよう。


 と、思いはするも、あまりにもインパクトが強い。


 無策で話を聞く前に、頭を整理すべきだ。

 軽く深呼吸する。


 自分のうちに起きた感情を振り返る。

 びっくりした。の感情を、まずは認める。驚いたら相手に失礼だとかは考えない。


 そのうえで、僕個人がエロゲについて、どう思うかはいったん捨てておく。

 神白の言葉や気持ちを受け入れて、共感する。


 それが、僕に与えられた使命。

 いまの僕は神白を支援する立場なのだから。


 大丈夫。僕ならできる。

 事前にモモねえが神白と接して、僕を相談相手に選んだ。そこに意味はあるはず。僕の手に負えないんだったら、最初からモモねえは自分で対応している。


 僕は神白に向けて微笑む。


「神白さんは、恋をしたいと思ってるんだね」


 セクハラになったらマズい。あえて、問題の単語を避けたのに。


「うん、みたいな」


 この女子高生。僕の気も知らずに、堂々とエロゲ言いやがる。

 本人が言ってるんだ。気にしないことにした。


「詳しく教えてもらえますか?」


 神白は白い歯を見せた。こいつも笑顔になるんだな。

 こっちまで気分が明るくなったところで――。


「母の遺言なの」


 重い話をいただきました。

 腫れ物に触るように細心の注意を払って、僕はたずねる。


「……お母さんの遺言。どういうこと?」

「あたしが小学生のときに亡くなった母。エロゲオタクだったの。父もだけどね」

「そ、そうなんだ」

「あたしの前でも堂々とエロゲをするし。そんな両親が恥ずかしくて……嫌いだった」

「嫌いだった……」


 神白が発する感情の言葉をオウム返しする。

 オウム返しは一見すると、意味がないセリフだ。


 だがしかし――。

 神白は瞳孔を開き、全身から山吹色を放つ。

 彼女から読み取った感情は、「話を聞いてくれて、うれしい」だ。


 これがオウム返しの効果。「話を聞いてもらえている」安心感が得られる。プロのカウンセラー《モモねえ》に教わった技術だ。


 さりげなく、僕は死神との心理的距離を縮めていく。

 安心したのか、神白の口が軽くなる。


「小5のとき、同じクラスのイケメン男子に告白されたの。女子から大人気な彼を秒殺しちゃって、女子から白い目で見られたわ」

「……」

「不機嫌な気分で家に帰ってみたら、母は泣いていた。当時、もう入退院を繰り返していたから、心配で、心配で、あたしまで不安になる。なのに、ノーパソの画面には、エロゲが映っていて。あたし、むかついて言ってやったんだ。『エロゲなんかで泣いて、恥ずかしくないの?』って」


 神白がまとう色が灰色になる。全身で悲しみを表現していた。


「母は微笑を浮かべて言ったわ。『エロゲしてるとね、お父さんとの恋を思い出すの……冷花には悪いけど、お母さんにとっては一生の宝物なのよ。いまのうちに味わっておかないとね』と。かすかに母の瞳に涙が浮いていた」


 神白はぎゅっと唇を噛みしめる。


「あたしは悲しかった。切なかった。母を見てると、寂しくなるのに……なぜか怒りも湧いてきた。『エロゲなんかしてないで、休んでいて!』と、叫びたかった。


 でも、あたしは我慢して、部屋に閉じこもった。

『あたしじゃダメなのかな。無愛想で、かわいくない子どもだから』って、自分を責めて、膝を抱えて泣いていたの。


 いつのまにか、寝ていた。気づいたら、外は暗くなっていた。寝たら気分も落ち着いた。母に謝ろうと思って、リビングに行ってみたら――」


 神白の声が震える。


「倒れていたの」


 沈黙が室内を満たす。僕はあえて無言を選んだ。神白が抱える問題を一緒に感じていたかったから。


 刻一刻と陽が傾く。神白の銀髪が茜色に染まる。

 はかなげなのに、綺麗だと思ってしまった。


「母は救急車で運ばれた。

 ある日、あたしが見舞いに行くと。


『冷花、エロゲみたいな恋をしなさい』


 母の目は真剣だった。

 あたしは黙って、うなずいた。


『お父さんはね、エロゲ仲間だったの。若い時は一緒にゲームを開発したのよ。ゲーム愛を語り合っているうちに、気づいたら恋をしていたわ。お父さん、好きなもののことになると夢中で、いざというときはエロゲ主人公みたいに頼りになって。

 お母さんにとって、お父さんが理想の主人公だったのね』


 母の顔があまりにおだやかで、あたしは母に誓ったの。


『大きくなったら、あたしもエロゲ主人公を見つけるわ』


 そう言うと、母は満足して眠りについたわ。

 亡くなったのは、翌日だった」


 神白は口を閉ざす。


「「うぅぅっっ」」


 夢紅と美輝が嗚咽を漏らしている。モモねえがハンカチで、ふたりの涙を拭う。

 みんなが落ち着くのを待ってから、僕は声をかけた。


「お母さんとの約束があるから、エロゲみたいな恋がしたいんだね?」


 コクリと神白はうなずく。


「そう。母の死後、あたしはエロゲを始めた。両親がエロゲオタクだから、大量に家にあったし」


 感動的な話の最中で恐縮だが、インパクトがすごい。女子小学生がエロゲしている姿が思い浮かばない。


「中学に入った頃から、あたしもエロゲの開発を始めた。どうしても、自分で作りたくなって」

「そ、そうなんだ」

「その一方で、毎日のように男子から告白される。ちょうどいい。エロゲ主人公探しにはね」


 神白はニヤリと笑ったかと思うと。


「と思って、待ち合わせ場所には必ず行くようにしていたんだけど……現実リアルの男は陳腐すぎ。とても恋をする気になれないわ。そもそも、あたし、人には興味がない人間だし」

「現実の男子に魅力を感じないってこと?」


 僕が理解した神白の感情を、僕の言葉で言い換えて伝え返す。これも、モモねえに教わったカウンセラーの技術だ。


「そうね。100回を超えたあたりから、告白なんてどうでもいいイベントになったの。でも、諦めなければ、そのうち理想の男子が現れるかもしれない。だから、とりあえず行くようにしている」

「そ、そうなんだ」

「でも、最近では時間の無駄としか思えない。いいかげん疲れてきたわ」

「……それで、さっきみたいな毒舌を?」

「最初は遠慮してたんだけど、あまりにも陳腐な男が多すぎて……つい言っちゃうのよね」

「……」

「このまま向こうから来るのを待っていても、埓があかない。でも、万が一にでもエロゲ主人公と出会えるかもしれない。どうすればいいのかな?」


 だいたい事情は飲み込めた。


「ここまでの話をまとめますね」

「うん」

「神白さんはお母さんとの約束もあり、理想の恋人を見つけたい。それこそ、エロゲみたいに。でも、現実はフィクションじゃない。コクってくる男には興味が持てない。このまま待ってるだけじゃ埓があかない。これから、どうすればいいかで悩んでいる」


 これまでの内容を僕が理解した言葉を用いて、要約する。

 僕が言葉にすることで、神白は耳で自分の相談内容を聞くことになる。そうすると、頭も整理されるらしい。また、双方の認識が合っているか確認も取れる。


 今後の方向性を考える前に、意図的に内容をまとめたのだ。


 ただし、言っていないこともある。

 神白の問題は、現実と理想のギャップ。それが、死神へと駆り立てている。エロゲ主人公を見つけられれば、彼女の精神も安定するかもしれない。そうすれば、教師をいじめることも減る可能性もある。


 ただ、超難易度が高いぞ。どう支援すればいいんだ?

「あとはがんばって。応援してるから」としか言えない気がする。


「さすが、対人支援部。あたしの話をちゃんと聞いてくれた」


 あれ?

 神白の僕を見る目がピンクな気がする。


「友だちはいないし、誰にも言えなかったの。あたしの馬鹿げた話をまともに聞いてくれた人は初めてよ」


 神白の瞳は完全にピンクです。ピンクです。

 どうやら僕はフラグを立ててしまったらしい。エロゲ少女だけにフラグとは。


 間違いであってほしいのだが。


「お願い。あたしのになってくれない?」


 神白は上目遣いで僕にねだってきた。

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