第7話 僕はエロゲ主人公になるっ!

「エロゲ主人公……どういうこと?」


 エロゲ主人公になれ。いきなり言われても意味がわからないのだが。


「あたし、エロゲみたいな恋をしたい」

「お、おう」

「なのに、理想の愛がわからなくて」


 神白は唇をかみしめる。


「誰かにエロゲ主人公役になってもらいたいの」

「エロゲ主人公役って、なにすんの?」

「だから、エロゲみたいなことをしてほしい――」


 神白は口を手でふさいで、真っ赤になった。彼女がまとう色は、鮮やかなピンクである。エッチなことを考えてるようですな。


 もしかして、エロゲのエッチシーンを想像したのか?

 堂々とを連呼しておいて、急にポンコツになるとは。クールな死神とのギャップがかわいらしい。


 僕がじっと見ていたら。


「別に、エッチなこと考えてたわけじゃないんだからねっ!」


 神白は半分切れたように言う。

 エッチなこと考えてたんだな。わかってたけど。


「あくまでも、練習」

「練習?」

「そう。あたし、現実リアルでの経験がないから。どういう恋をしたいのか、自分でもよくわかってなくて」


 神白は恥ずかしげに目を伏せたあと、僕に琥珀色の瞳を向ける。


「だから、ウソでもいいから、主人公を演じてほしいなって」


 なんとなく、神白の言いたいことがつかめてきた。 


「僕とエロゲごっこするってこと?」

「あくまでも、擬似的な恋で、エッチはしないけどね」

「わかってる。神白さんは理想の恋を見つけたい。でも、現実だと、なにしていいかわからない。だから、まずはウソの恋をして、経験を積む」


 神白は首を縦に振る。


「そのとおりよ。あなた、隠者のように目立たないけど、理解力はあるのね。ミジンコだと思ってたけど、フジツボレベルに認定してあげてもいいわ。光栄に思いなさい」


 なぜか僕を罵倒する神白さん、全身からピンクを発してますよ。全力で僕に向けて。


 マジかよ。


 恋に恋する死神が、恋愛嫌いの僕に全力でフラグを立ててます!


 堂々と僕に抱きついてくる子ですら、みじんも恋愛感情を持ってないというのに。

 よりによって、死神ですか⁉ 


 本当だとしたら、迷惑すぎる。

 だが、感情が読める能力は非公開だし、勘違いの可能性もある。


 態度に出せないよな。さりげなく断ろう。


「ごめん。理想の主人公を探してるんなら、レンタル彼氏に演じてもらえばいいんじゃね。仕事だろうし、きっちり――」

「彼らはプロすぎる。エロゲ主人公は必ずしもリア充じゃないの。むしろ平凡な男子が多いわね」

「……」

「普段は冴えなくて目立たない。そう、あなたみたいに」


 琥珀色の瞳がキラキラしていた。色は純白。恋に恋している。

 死神の本性はピュアな乙女でした。


 完全に墓穴を掘りました。

 だからといって、受け入れるわけにはいかない。


「フツメンなんて普通にいるだろ。なんで僕なの?」

「あなたは、あたしの話をバカにしないで聞いてくれた。それだけで充分でしょ」


 死神は上目遣いで僕を見つめる。

 ぎこちない微笑みが、あまりにも一生懸命で。

 まぶしすぎて。

 

 僕は彼女の想いに胸を打たれていた。


 人としての気持ちは、神白を応援してあげたい。

 のだが――。


「突然、エロゲ主人公になってだなんて、迷惑だよね」


 神白は銀髪をいじって苦笑する。

 うっかり態度に出てしまったようだ。


「ここは対人支援部だ。迷惑じゃない」

「じゃあ、引き受けてくれるの?」


 神白の瞳孔が開く。期待してるところ悪いが。


「ちょっと考えさせてくれ」


 僕は恋愛嫌い。

 完全にウソの恋愛ならいいのだが……神白は僕のことが好きらしい。

 本気になられたら、困る。


 僕の戸惑いを感じたのか。


「冷花ちゃん、部員で相談させてほしいの。廊下で待っててもらえるかな?」


 モモねえが助けてくれた。


 死神が部室から出ていく。

 すっかり陽は傾き、あと10分ほどで下校時間になる。さっさと決めよう。


「僕、恋愛ごっこなんて勘弁だからな」


 真っ先に、僕の希望を伝えると。


[でも、隠者くん。ボクたちとコアラごっこしてるよね。パイオツするのと、恋愛ごっこ一緒じゃん」


 夢紅は、コアラごっことエロゲ主人公を同列と捉えているようだ。

 コアラごっこでは、ユーカリ役になり、女子の心を癒やし。

 エロゲ主人公では、ウソの主人公になり、神白の自分探しを手伝う。


 夢紅みたいな見方もあるのかもしれないな。


「……あの子、怖い。でも、女子として気持ちはわかるというか」


 美輝は感受性豊かな女の子。普段、陽キャグループにいて、恋バナの経験も豊富なはず。女子の心情を知ってるからこそ、神白の応援をしたいんだな。


 ただひとり、モモねえだけは複雑な笑みを浮かべて。


「見えるのね?」


 モモねえは僕の秘密を知っている。僕の様子に引っかかっているのだろう。


 僕は肩をすくめる。それが、答えだ。


「ごめんね。慎ちゃん、恋愛が嫌いなのに~」


 モモねえが僕の手を握ってくる。従姉妹の体温が安らぎをくれた。


 僕にも事情がある。

 父は大手広告代理店で働いていた。仕事でヤリ手の父は、女方面でも相当のヤリ手。父の浮気が原因で、両親は離婚した。

 恋愛は人を不幸にする。


 ごっことはいえ、恋愛に関わりたくない。

 しかし。


「いや、モモねえも困ってるわけだし」


 両親の離婚後、母とも不仲になって、メンタルをやられかけた。そんなときに救ってくれたのがモモねえだ。

 モモねえには頭が上がらない。


「冷花ちゃんね、学年主任から目をつけられてるの。主任が間違った説明をしちゃって、フルボッコにしたみたい~」


 あいつ、教師までやり込めてるのかよ。さっきも夢紅が言ってた気がするけど、噂でなく確定らしい。


「このまえ、呼び出されて、『対人支援部だったら、死神の更生ぐらいできるだろ?』って、難癖をつけられたの~」


 学年主任の顔を思い浮かべる。バーコード頭の数学教師。かなりの堅物な印象がある。クレーマーだったのか。


「『ただでさえ、なにをしてるかわからん部だ。実績がなかったら、廃部にしてもいいんだぞ』って、圧をかけてきたわ~」


 そういうことかよ。


 頭にくるが、仕方ない面もある。

 部としての最低人数は3名。対人支援部は3人。ギリギリ存続は許されているが、活動実績は求められる。


 さっき、神白とモモねえは話していた。

『……あたしの依頼を受けてくれたら、あたしは毒舌を封印する。そういう契約だったわね?』と。


 契約どおり、神白が毒舌をやめれば、対人支援部は廃部を免れる。


 正直、遊んでいるだけの部活。どうでもいい部活。

 だが、悪くない日常でもある。一切の恋愛感情を持たずに、女子と楽しくすごすのは最高だ。


「なんとかしたいけど……」


 言い淀んでいたら、夢紅が「あのさ」と割り込んでくる。


「ボクさ、隠者くんに話を聞いてもらえてうれしかったんだ。ボク、ウザいじゃん。けっこう嫌われてるのに、隠者くん差別しないし」


 珍しく真面目なことを言う。

 すると、今度は美輝が僕の裾をつかんだ。


「男子ってさ、女子が悩みを打ち明けても正論で返してくるんだよぉ。正直、話を聞いてもらえてなくて、すっごく不満なんだからね。リア充モテ男子ですら、そうなんだもん。なのに、慎司さまは丁寧に気持ちを聞いてくれる。すっごく救われてるんだからぁぁ」


 ふたりは僕に期待のまなざしを向けて。


「「だから、死神のことも見捨てないでよ!」」


 声を揃えて言う。ふたりから純白のオーラが放たれる。

 純粋な想いが僕に届く。


 僕は胸に手を当て、ふたりに微笑む。

 そのまま、僕は部室の出口へと歩いていき、ドアを開けた。


 灰色に包まれた死神から悲壮感が漂う。秋の夕陽を浴びる、銀色の髪があまりにもはかなげで。


「わかった。僕はエロゲ主人公になる」


 死神は顔を上げる。沈み込んでいた色が、一気に華やぐ。


「ただし、あくまでも恋愛ごっこだ。理想の恋人像が見つかるか、好きな人ができるか。それまでだからな」


 やんわりと条件を告げると。


「……ありがと」


 死神が微笑を浮かべる。顔が美人なだけに、笑顔がサマになっている。


 思わず見とれていたところで――。

 後ろから誰かに押された。


 ちょうど神白に向かい合っていて。

 神白にぶつかる!

 慌てて手を前に突き出し。


 ――ふにゅ。


 それがいけなかった。

 僕の手のひらが神白の双丘に包まれていましたとさ。やっぱ、大きいわ。ブレザーとブラジャーがあっても柔らかさを感じるし。


「さっそくエロゲ主人公してくれたの⁉」


 被害者である神白は、なぜか喜んだかと思えば。

 1秒後には顔面蒼白になり。


「殺していい?」


 物騒な言葉を吐くのだった。

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