第4話 対人支援部(前)

「冷花ちゃん。特製ハーブティーを召し上がれ~❤❤❤」


 間延びした声とともに、モモねえは死神にお茶を差し出す。狭い部室に、ジャスミンの香りが漂う。


 僕たちがドアの前に突っ立っていると。


「ほら、慎ちゃんたちもお茶を飲んで。リラックスしなきゃだよ~」


 顧問はテーブルの空いた席にティーカップを置いていく。


「支援する人の心がざわついていたら、人の相談になんて乗れないのよ~」


 やんわりとした声だが、有無を言わさない迫力があった。

 ちっ、あわよくば逃げようと思ってたのに。


 モモねえには借りがある。今朝も添い寝で起こしてもらったり、裸エプロンで朝食を作ってもらったり。


 男子的にはうれしいが、弱みを握られているんじゃね?

 などと思っていたら、モモねえが目で語りかけてくる。『わかってるよね?』と言っていた。色の情報も加えれば、間違いなし。夢紅にバラされでもしたら、明日には学校中に広まってるな。


 観念した僕は、死神の斜め前に腰を下ろす。

 顧問はうれしそうに頬を緩ませると、来客に話しかける。


「冷花ちゃん、ここは対人支援部よ~。遠慮なく悩みごとを相談して~」

「……あたしの依頼を受けてくれたら、あたしは毒舌を封印する。そういう契約だったわね?」


 モモねえは苦笑いを浮かべる。

 やっぱ、ふたりは繋がってたか。


「でも、あたしは死神。あたしに近づかない方がいいわ。命が惜しかったらね」


 リアルで言う人、初めてだわ。

 夢紅は恐怖半分、好奇心半分。美輝はビクビクしていた。


 無表情で、クールそうに見える死神さん。

 ただし、色は黒。寂しがっている。死神呼ばわりされてる件、まったく気にしてないわけじゃないらしい。


 外から見える彼女と、彼女の内面。感情がわからないタイプの人でも差があるんだよな。人の心はホントに謎だ。


「なら、私は部員に女帝と呼ばれてるの~。優しいお姉さんなのにね」


 モモねえが白い歯を出して、笑う。それだけで、場の雰囲気が柔らかくなる。死神の頬も軽く緩んだ。


 自分を笑いものにして、空気を和ませた。

  笑顔、柔らかな物腰、相手をもてなす心、そして、爆乳。僕の従姉妹は、コミュ力に極振りした化け物です。さすが、カウンセラー。


 モモねえが笑顔を振りまいたのに、死神さんはすぐに仏頂面に戻ってしまった。

 チラチラと僕たちを観察している。モモねえには心を開いても、僕たちは警戒してるってか。


「安心して。みんな良い子だよ~。それに、相談内容は誰にも漏らさないから」

華園はなぞの先生が言うなら」


 死神にすら信頼されるとは。さすが、カウンセラー。


「じゃあ、ここからは部長の慎ちゃんが話を聞くからね~」


 ここで僕かよ⁉

 全力で逃げたくなった。


 が、モモねえに向けられる天使の微笑が、逆に足かせになる。モモねえの存在が完璧な善すぎて、逆らったら僕が悪魔だよな。


「わかった、モモねえ」

「ありがとね、慎ちゃぁぁんんっっ!」


 なぜかモモねえが抱きついてきた。だから、胸が当たってるって。


 いやおうなく鼓動が早まるが、すぐに引っ込んだ。

 僕を見上げるモモねえの目が、不安で揺れていたから。


「大丈夫。るから」


 モモねえは安心したのか胸をなで下ろす。

 モモねえは僕の秘密を知っている、数少ない人だ。


 話がわからない夢紅と美輝は首をかしげている。

 実は、ふたりには僕が感情が見えることは教えていない。自分の気持ちが読まれてるなんて、気味が悪いだろうから。


「じゃあ、そろそろ部活を始めようか」


 僕はハーブティーを口に含む。

 ジャスミンの味と香りが脳を刺激した。とたんに、高校生の隠岐慎司から隠者の隠岐慎司へと切り替わる。


「だね、くん」


 夢紅が僕の二つ名を口にする。


 隠者。タロットにおいて、叡智えいちに長け、人を導く存在。世捨て人でもある。


 僕が賢者なんておこがましい。恋愛には興味なくても、普通の男子高校生程度にはおっぱいが好きだし。


 じゃあ、僕が陰キャだから、隠者なのか?

 クラスでアンケートをとったら、100票ぐらい入るかもね。って、35人クラスで100票なんて複アカじゃん。運営に通報して、BANしてもらうぞ!


 脳内でノリツッコミしていたら。


「そのまえに、いいかな?」


 死神が言う。


「まだ、あなたたちを信用したわけじゃない」

「ですよね~」

「対人支援部のことを教えて?」

「……」

「そのうえで、正式に依頼するか決めたいから」

「わかった」


 返事はしたものの、どうすればいいんだろう?

 まさか、コアラごっこをしていたなんて言えない。


 困っていたら。


「じゃあ、ファッション陽キャを代表して、美輝が説明するぞ」

「ふぇっ、わたし⁉」


 夢紅が助け船を出してくれた。美輝はメチャクチャ動揺してるからな。


「慎司さま、手をつないでぇぇっ」


 僕はメンタル檄弱なエースの求めに応じる。

 すると、美輝さんは別人のように笑顔を振りまく。

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