第13話 勉強会

「あなたたち、そんなことも知らないの? 胎教からやり直せば」

「「「グサッ!」」」


 言葉の槍が僕たちの胸に突き刺さった。

 胎教からって、生まれる前からじゃねえか! そもそも、胎教の科学的根拠は微妙らしいぞ。


 勉強会が始まって、3日目。

 今日は土曜日。僕の家に集まっていた。学校から徒歩数分だし、顧問も同居している。当然とばかりに、場所を提供させられましたとさ。


 6畳の自室に僕と女子高生3人。非常に甘々なはずだったのに……。

 ここには死神様がいらっしゃる。大先生が僕たちの答案をチェックするたびに、毒舌が飛んでくるのだ。


 恋愛は嫌いだが、女の子とは楽しくすごしたい。

 理想と現実の狭間で、胃が痛い。


 僕たちの気も知らず、神白は。


「まず、マシな人からフィードバックするわ」


 美輝を睨む。それだけで、ファッション陽キャはガクガクブルブル。僕の腕に抱きついてきた。


「見た目とは裏腹に地道に勉強してるようね。授業で教わった内容も身についている。しかし、ケアレスミスが多すぎる」

「あぅぅっ」

「もっと落ち着きなさい。メンタルが弱すぎるのが原因かもね。今日から瞑想をしなさい。精神修行を通して、集中力を高めること」


 容赦なく指摘を受ける美輝さん。ぎゅっ、ぎゅっ。僕を掴む手に力が入る。ふにゃふにゃ物質が当たりまくりで、心臓に悪いんですけど。


「次は隠者くん。あなたは数学なんて意味がないと思ってるのでは?」

「……ぎくっ」

「こんなの勉強しても、なんの使い道がない。小学校の算数さえできれば、世の中なんとでもなる。そう思ってない?」


 こいつ、僕の心を読めるの?


「言いたいことはわかるわ」

「は、はあ」

「たしかに、二次関数や三角比を日常生活で使うことはないわね」

「……」

「でもね、数学は論理的思考力を鍛えるの。数学自体は意味がなくても、若い時に脳のトレーニングをすることは大切なんだから」


 お説教されてしまいました。正論だけにぐうの音も出ない。


 けど、好きになれないものはなれない。

 どれだけ必要性を訴えられても、頭では素晴らしさが理解できても、苦手なものは苦手。

 が理屈でないのと同じように、も理屈じゃないんだ。


 ちなみに、僕が恋愛を嫌いなのも、理屈じゃない。


「最後に、ウザい人。世の中、舐めてるの?」


 気づけば、死神の矛先は愚者に向かっていた。

 夢紅はディスられても、堂々と胸を張っている。愚か者らしい。


「ボクはありとあらゆるモノを舐める存在。飴に、哺乳瓶、マウス、スマホ、パイオツ。だって、赤ちゃんだもん。バブー」


 ウザい人は赤ちゃんになりきって、鬼教官に抱きついた。

 バカの予想を超えた行動に、神白も反応が遅れる。


 夢紅の奴、本当に舐めやがった。神白が着ているセーターを。しかも、セーターが身体に密着している。膨らみのラインが丸わかりだ。


「んっっ……はぁぁん❤❤❤」


 甘ったるい声を出して、身をよじらせる神白。全身から紫色を放っていて、エロスでありんす。


「らめぇぇぇんっっ! ゆ、百合は……しょ、初心者なのおぉぉっ!」


 さすがに絵面的に問題があるな。止めようか。


「夢紅、僕の家を夜の街にするなし!」

「死神ちゃんの言ったとおり、ボク胎教から始めたよ」

「夢紅、それ胎教じゃねえだろ」

「はぁっ⁉ おっぱいこそ生命の起源なんですけど? 母乳を飲むことこそ、赤ちゃんにとって究極の勉強なり。さあ、人類よ。パイオツで賢くなろう!」


 バカだ。

 勉強する気分じゃなくなった。


「ちょっと休憩しようか~」


 すると、夢紅が神白から離れた。


「せっかく慎司さまの部屋に来たんだもん。探索するんだよぉぉっ」


 金髪ギャルさん、四つん這いになって、ベッド下を覗き込む。


 おま、ミニスカートなんだぞ。太ももと尻が強調されてヤバい。なお、奥の布は大丈夫。ヒヤヒヤさせんなよ。


「ギャルちゃん。あたしより先に定番のイベントを回収するとは……やるわね」


 なんとクールな神白まで参戦しやがった。


 悪いな。ブツは物理的には存在してないのさ。ネットで漁ってるし。

 余裕綽々でいたら。


「じゃあ、ボクは風になる! 男子の夢を守ってみせるぞ!」


 夢紅が部屋の窓を開ける。

 風が入ってきて。美輝さんのミニスカートがひらりと舞い。


 白い布が、『こんにちは』してます。

 ド派手な金髪ギャルさん、清楚なんですね。


 神白はうんうんとうなずいて、美輝の白い布を凝視し。


「ラキスケをいただいたわ。でも、エロゲヒロインはあたしのはず」


 ピンク色をダダ漏れしながら、不満そうな目で僕を見る。


「そこのエロゲ主人公」


 神白が当たり前のように僕を指さして。


「風になることを許すわ」

「へっ?」


 神白は立ち上がると、お尻を僕に向けてきた。


「あなたは風。エッチなのはダメだけど、事故はエッチじゃない」


 神白は全身ピンクで、美輝をうらやましそうな目で見た。


「スカートめくれってこと?」

「……言わせないでよおぉっ」


 死神の声に感情がこもる。恥ずかしいらしい。おまえが言ったんじゃねえか。

 僕が故意にスカートをめくっても、ラッキースケベになんねえじゃん。


「あなた、隠者な顔で言葉責めが好きって……とんだ変態ねっ!」

「なっ」


 なぜ、僕が悪いことになる?


 神白と美輝は無視しよう。相手にしなければ、実害はない。

 それより、夢紅が静かな方が気になる。しゃべっていないときは食べているか、悪さをしているとき。てめえは赤ちゃんか⁉

 

 と思って、部屋を見渡したら。

 案の定、タンスを漁っていた。そこ、下着が入ってるんですけど。


 やめろと言いかけたところで。


「おっ、すげぇぇの発見したじぇ!」


 遅かった。


「童貞くーん、童貞くーん。なんで、部屋にブラがあるのかな?」


 なんと夢紅はブラジャーを掲げていた。

 その下着は見覚えがある。全体がピンクで、紐と刺繍が黒。モモねえのお気に入りじゃねえか。


「もしかして、隠者くん。女装が趣味?」

「だから、慎司さま、安全仕様なんだね?」

「あたし、トランスジェンダーは専門外だけど、人の性癖は否定しないわ」


 くっ。変な誤解をされたし。

 女の下着とか疑われないのが僕らしいな。


「それにしても、隠者くん、女装するとFカップになるんだね」


 夢紅がブラを自分の胸に押し当てる。ぷかぷかで格差社会を実感させられました。

 無理もない。だって、そのブラは――。


「あら~夢紅ちゃん。私の下着が気に入ったの?」


 狙ったかのようなタイミングで、ブラの持ち主が部屋に入ってきた。


「それ、私の勝負下着なの~」


 爆弾発言とともに。


「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


 女子の叫びが木霊したのだった。


「みんな、なにを騒いでるの。おやつを持ってきたわよ~」


 原因を作った人だけは、のほほんとしている。


「モモねえの口から下着の件、説明してくれないか?」

「いいわよ~。洗濯物を畳んでいるとね、慎ちゃんのパンツに紛れ込むことがあるの~」


 というわけです。


「じゃあ、ボクのおっぱいにも混入しやがれや。オレをFカップにしろっての!」

「……想定外のラキスケね。さすがあたしがエロゲ主人公と見込んだ男」

「ま、まあ、白桃もも先生だったら、ありうるかも」


 どう考えても、無理のある説明だが、美輝さんだけは納得してくれた。

 モモねえは意外と抜けているんだ。


 疑惑も晴れたところで、モモねえお手製のプリンをいただく。

 お椀型で、頂点には小豆が乗っているプリンを見て。


「華園先生、これを自分で?」


 神白は目を輝かせる。クールでも女子。甘い物は好きらしい。


「白桃先生は料理もプロ級なの。慎司さま、毎日、こんなの食べられてうらやましいんだよぉぉ」


 美輝が真面目に返したのに。


「このプリン。おっぱいみたいだな。ボク、胎教プレイの続きをするぜ」


 赤ちゃんはプリンの表面をペロペロする。小豆を舌で転がし、顔をとろけさせて。


「おい、食べ物で遊ぶな」


 僕は夢紅を注意する。

 ウザい人はバツが悪そうに舌を出した。


 みんながプリンを食べ終わると。

 みんなが食べ終わるのを見計らったかのように。


「ねえ、みんな、勉強はどう?」


 顧問が問いかけてくる。

 生徒たちの顔が一瞬で暗くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る