第3章 エロゲは教育に良い?

第12話 廃部危機(2回目)

「じゃあ、今日もタロットで決めるからな~」

「昨日は、慎司さまだったし、今日こそはわたしの番だよぉっ」


 既視感あふれる、放課後の部室。


 昨日、ピザバーガーとカレーのコンボを決めた僕氏。食べすぎで胃がもたれている。今日はなにもせずに、草になろう。コアラと触れ合いは、ユーカリにとっても疲労回復になるんだぜ。おっぱいは万能薬であるぞ。


 腹をさすっていたら、部室のドアが開く。

 白いブラウスの胸元をバインバインと揺らして、顧問が入ってくる。


「みんな~大変なことになったわ~」


 間延びした声なのに、顔はこわばっていた。

 珍しい。


 モモねえは、常にニコニコ。天性の癒やし系お姉さん。


 職業は、カウンセラー。我が校では、週2日、スクールカウンセラーとして勤務している。いじめや失恋、成績、親との関係などなど。思春期特有のデリケートな問題を受け止める仕事だ。


 もし、『あたし、リスカしたくなるんです』と相談されて、カウンセラーが動揺して泣き出してしまったら、どうだろう?

『この人、あたしを助けられるのかな』と、生徒は不安に感じる可能性が高い。


 だから、動じないメンタルの強さがカウンセラーには求められる。と、モモねえは言っていた。


 そんなモモねえがうつむいている。どんな事件があったんだよ⁉

 部員+ゲストの視線が集まるなか。


「……廃部になるかも」


 顧問が弱々しい声でつぶやく。

 晩秋の部室が凍りついた。


「モモねえ、廃部って、どういうこと?」


 僕が単刀直入に聞いてみると、モモねえはバツが悪そうに頭をかいて。


「学年主任に呼び出されたのよね~。例の件のことかなって思ったの」


 例の件って、神白のことだな。本人がいるから、ぼかしたのだろう。


「ひととおりの報告をして、あっさりと終わったわ」


 僕たちの目的を再確認する。

 神白冷花が更生することを条件に、僕たちは彼女の支援を引き受けた。無事、神白が態度を改めてくれれば、対人支援部の活動実績になる。


 神白の支援を始めたことでも報告したのだろう。さすがに、エロゲ主人公うんぬんは黙ってるよな。


「それで?」

「部屋を出ようとドアノブに手をかけたとき、後ろから話しかけられたの。『ところで、対人支援部。成績がよろしくないようですなぁ。期末試験の成績によっては職員会議の議題になるかもしれません』ってね」


 学年主任の言い方を真似るモモねえ。柔らかな声に悔しさがにじんでいた。

 僕も怒りたくなる。学年主任は遠回しに廃部をちらつかせているのだから。


「この部室は、みんなの居場所なのにね~。バーコードおじさん、みんなから部を奪って、成績が上がると思ってるのかしら」


 モモねえが息を荒げている。


 珍しい。たまには、言いたいことを言わせてやろう。

 ここからは、プロのカウンセラー相手に、カウンセラーの真似をしてみます。


「廃部になっても、夢紅の成績が上がるとは思ってないんだね?」

「ごめんね、慎ちゃん、少しだけ言わせてもらうわ~」


 モモねえは微笑を浮かべる。

 怒っていても、多少の余裕はあるようだ。安心した。


「子どもが勉強しないのは、しないなりの理由があるの」

「う、うん」

「たとえば、親にうるさく言われるのが気に食わない男子がいるとするね」

「ああ」

「彼は親に反抗して勉強しません。そんな子にゲームやスマホを禁止したとしても、勉強するとは限らないわ~。むしろ、しないと思うの」


 僕は首を縦に振る。


「親に反抗して勉強しないのだから当然ね。むしろ、好きなことができなくなって、ストレスが溜まるだけ。ストレスが限界を超えたら、どうなるかな?」


 しばらく沈黙が続いたあと、夢紅が手を挙げる。


「ボクだったら家出するかな」

「わたしは引きこもりになっちゃうよぉぉ」


 無言の神白は死神のような殺気を放っていた。怖え。


「みんなのメンタル的な健康を第一に考えるなら、みんなの意思を尊重することが大事なの。ゲームもしてもいい。アニメも見ていい。エッチなのも自己責任で楽しんでいい」


 普段はおしとやかなモモねえ。

 いまは茶色い瞳から強烈な眼力を放っている。女帝モードを発動させていた。


「女帝は女神だった」「さすが、白桃モモ先生。慎司さまの師匠、ぱないのぉ」


 夢紅と美輝がひれ伏しただけでなく。


「エロゲを否定しないなんて、神降臨」


 神白がよく言ったと言わんばかりに、琥珀色の瞳を輝かせる。神白もエロゲオタクだもんな。ゲームを制限されたら、たまったもんじゃないだろう。


「子どもを尊重しながら、勉強するよう導くのが大人の使命よ~」


 部室の空気が変わり始める。


「夢紅ちゃん。勉強しない理由があるなら、どうすれば勉強するようになるのか一緒に考えてみよう。勉強しない理由に目を向けるのはNGよ~」


 夢紅の顔がこわばった。


「ここからが本題でーす」


 てへっと舌を出すお姉さん。


「期末試験の成績によっては、対人支援部は廃部になります~」

「ぎくっ」


 夢紅が口で擬態語を言う。

 もしかして、愚痴を吐いてから今の流れに最初からするつもりだった?


「顧問としては反対なんだけど~みんなが勉強する理由を見つけないといけないの~」


 顧問は屈託のない笑みを夢紅に向ける。


「夢紅ちゃん、部活したいわよね~」

「もちのろんだよ」

「じゃあ、勉強する理由ができたわね~。みんなで成績を上げましょう!」


 モモねえが乗り気になった。


「夢紅。おまえのせいだ。責任を持ってなんとかしろ」

「がーん。隠者くん、ひどーい! ボク、保健と美術は得意だよ。特に、裸婦を書かせたらピカイチ。美術的にも、性教育的にも優秀だと思われ」

「ただのエロじゃねえか!」


 夢紅を突っ込んでいたら。


「慎ちゃんも夢紅ちゃんを笑えないからね~」

「ぎくっ」


 モモねえにやんわりと釘を刺されてしまう。


「せんぱーい、せんぱーい! 人のこと笑えねえって、プークスクス」

「おまえが言うな!」


 同学年の夢紅がウザ絡みしてきた。


「慎ちゃんは文系は学年トップクラス。なのに、理系が厳しい。学年主任は数学だし、印象が悪いの」


 モモねえがため息を吐く。


「自分の担当教科の成績で、慎ちゃんを評価するのは間違ってると思うの。公平じゃないわ~」


 モモねえが弁護してくれたけど、事実だもんな。なんとかしないと。


「美輝ちゃんは問題ないわ。不得意はないしね。得意な科目もないけど」

「ありがとうございます」

「美輝ちゃん、真面目だし。予習復習を続けていけば、成績は上がると思うのよね~。やればできる子だから。よしよし~」


 モモねえが美輝の金髪を撫でる。

 さすが、僕の師匠。美輝の操縦方法を熟知している。


「というわけで、期末試験に向けて、勉強会を勉強をしましょ。お姉ちゃんもできるだけ教えるから~」


 そういう流れかよ?


「なので、冷花ちゃん、ごめんね~。例の件は、期末試験が終わってからでいいかしら?」


 黙って話を聞いていた神白は、顎に手を当てる。しばらく考え込んだあと。


「あの、あたしがお手伝いしちゃダメですか?」


 意外なことを言い出したのですが。

 死神と名づけられ、周りから恐れられたボッチな彼女。他人と交わるより、エロゲを選ぶような女だ。彼女が自分の意思で僕たちと関わろうとしている。


「顧問としてはありがたいけど……冷花ちゃん、勉強会について、どう思ってるの?」


 モモねえが差し支えないように僕たちの声を代弁してくれた。


「勉強会ってエロゲやラブコメマンガでも恒例のイベントですし。『廃部イベントきたぁぁっっっっ!』って、心の中で叫んでました」


 そっちかよ!

 っていうか、神白の色を見るとこまで気が回ってなかった。テンション全開じゃん。


「慎ちゃんたちがよければ、ぜひお願いしたいけど、どう?」


 モモねえが僕たちに問いかけてくる。

 柔らかな物腰なのに、有無を言わさない口調だ。


「わかったよ。僕がどうこう言える立場じゃないし」

「ボクもいいよ。疲れたときのパイオツ要員は多い方がいいからね」

「わたしも大丈夫。……夢紅愚者さん、勉強に飽きると胸を揉んでくるし。他の女子がいてほしいかな」


 そうだった。1学期の期末試験も勉強会したけど、夢紅が暴走したんだよな。頭が疲れた言って、美輝の爆乳を揉みしだくという。夏服で目のやり場に困った。

 美輝的にはパイオツ要員が2人になると思ったのだろう。2人でパイオツすれば負担は半分だし。


「じゃあ、そういうわけで。明日から作戦を開始しまーす」


 それが、地獄の始まりだと、誰が想像できただろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る