第10話 ピザバーガー

 某王様バーガーの前にて。


「聖地巡礼してる気分になるわね」


 神白冷花が地下鉄の出入り口を見て、しみじみとつぶやく。

 驚くのも無理はない。赤い柱と黒い瓦屋根という神社風の外観なのだから。

 歴史ある和風の街と、アメリカ文化が混じり合っていて、この街らしいというか。


 ただし。


「聖地巡礼って……? 学校から徒歩10分なんだが」


 半年以上も近くの学校に通っている人が言うのは違和感がある。


「いつもは寄り道しないから」


 ボッチな神白さん、都内屈指の観光地に通学しながら、もったいないです。

 まあ、僕も地元だし、いまさら観光しないんですけどね。


 神白の発言によって、晩秋の川風がさらに冷たく感じられる。


「とりあえず、入ろうか」


 僕が場の空気を変えようとすると。


「隠者くん、ファインプレーだよ。ボク的には来年一番のガッツプレイだぜっ!」

「いつも来てるお店もメンバーが変わると、雰囲気ちがうんだねぇ」


 夢紅は普乳をなで下ろし、美輝はあははと苦笑いを浮かべた。

 ところで、メニューの看板を前に、神白が固まっている。


「どうしたんだ?」

「お一人様テイクアウト専門だから……」


 死神は恥ずかしげに言い淀む。


「にゃ、意外とかわいいんだにゃー!」

「うん、初々しいんだよぉぉ」

「隠者くん、例のアレを注文しちゃって」


 夢紅がエラそうに僕に指示を出す。癪だが、怒らないでおく。

 僕はレジにいた巨乳女子大生風お姉さんに。


「ピザバーガーと、アイスコーヒー」


 注文する。

 神白が頭にハテナを浮かべていると、美輝が微笑を浮かべた。


「じゃあ、わたしたちは飲み物を頼んじゃうよぉ。ウーロン茶ください」


 さすが、クラスでは陽キャグループにいる美輝さん。さりげなく、神白をフォローしてくれたのだが。


「飲み物だけでいいの?」


 僕が食べ物を注文したのに、美輝は飲み物だけ。不思議に思うのも無理はない。


「ピザバーガー、名前のとおりデカいんだよ。4人でちょうどいいぐらいな。他に食べたいものがあれば、注文してくれ」


 僕が説明すると。


「ありがと。エロゲ主人公としては不本意ながらに及第点ね。あたしに褒められて感謝しなさい」


 上から目線の神白さん、頭の中では僕に感謝しまくりなんですけど?


「じゃあ、ボクはポテトとコーラで」

「なら、あたしは紅茶をください」


 夢紅と神白も注文する。


 商品を受け取ったあと、2階の客席へ。席は空いていた。6人席を4人で使う。


「とりあえず、ピザバーガーを食おうぜっ!」


 パリピみたいに決めたいのに、いまいち盛り上がりに欠ける。

 隠者な僕には無理だよな。笑われるかと思いきや。


「うむ。『エブリデイ・良い肉の日』とはボクのこと!」

「決めた。わたし、ダイエットは来年からにするぅぅ(汗)」


 夢紅と美輝が普段のノリで返してくれた。


 8等分にスライスされたバーガーを4人でつまむ。味は安定の王様バーガー。肉々しさがたまらない。


 さて、ここからどうするか。普段は適当に食って、だべって。まったく考えないのだが。


 今日は神白がいる。下手な対応をしたら、毒舌で殺されかねない。ひとり増えただけで、こうも神経を使うとは。


 こういうとき、コミュ力お化け陽キャは、気が利いた会話や遊びで盛り上げるんだろうな。

 けど、僕は僕。陽キャにはなれない。真似しても意味がない。


「ここで自己紹介でもしとくか」


 無難な答えを選ぶと。


「隠者くん、待ってましたンゴ!」

「慎司さま、がんば!」

「エロゲ主人公みたいな自己紹介を期待してるわ」


 言い出しっぺの僕からってことらしい。

 ところで、最後の人、なに言ってるのか意味わからない。夢紅がまともに思えるのは、どうにかしてくれ。


「僕は、隠岐おき慎司しんじ。嫌いなものは恋愛。好きなものは日常系のマンガとゲーム実況動画」


 すると。


「こいつ、恋愛嫌いだけど、おっぱいだから気をつけなよ。ボクのDカップで光合成してるし」

「おっぱいなら、夢紅程度で光合成しねえっての」

「ボクの推定Dカップを舐めんなし!」

「ねえ、慎司さま、光合成って、どういう意味なのぉぉ?」


 美輝がテーブルに美巨乳をドカンと置いて、上目遣いで聞いてくる。おっぱいだったら、昇天してたな。僕は、おっぱいらしいから大丈夫だけど。


「そりゃ、太陽美輝ちゃん。光合成は、自分自身でエネルギーを作る行為を指す。自家発電とも言う。ようは――」

「おまっ‼」


 センシティブな発言により、削除されかねない。夢紅の口をふさいだところ。


「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」


 レジにいた巨乳店員さんに注意されてしまった。なお、大きな胸を手で隠して、僕を睨んでいる。

 僕、なにもしてないよね。美輝の爆乳を軽く拝んだだけで。


 僕が沈み込んでいると。


「じゃあ、今度はボクの自己紹介な」


 夢紅の奴、調子が良すぎる。いいなあ。脳天気な愚者は。


「ボクは、川澄かわすみ夢紅むく。ウザかわいいが長所だよ」

「それ長所なのかよ⁉」


 僕が突っ込むと。


「悪かったなぁぁぁっっ! 高校デビューに失敗したボクを、笑いたければ笑うがいいさ」


 なかば、自棄気味やけぎみになって言う。


「ウザいキャラを変えようと思ったのに、無理でさ。結局、クラスで浮いちゃったんだよね。そんなとき、モモねえ女帝ちゃんに対人支援部を紹介されたってわけ」

「ふーん、あなた華園はなぞの先生に声をかけられたのね」


 神白がしみじみとつぶやく。


「死神ちゃんみたく、隠者くんに悩みを相談したのさ。彼、ぶっきらぼうなフリして、話をきちんと聞いてくれるから」


 夢紅が僕を褒めるとは。11月の東京で雪が降るんじゃね?


「ボク、意地になって、ウザがらみする後輩を演じてみたんだ。パイオツに大量のスポンジを詰めて、『せんぱーい、せんぱーい。ボク、1日でZカップになったんだぜ』って。でも、隠者くんにやられたよ」

「やられた?」


 神白が反応する。琥珀色の瞳を光らせた


「ボク、彼の厚い胸板に飛び込んだ。すると、彼、『あらあら』と言って、ボクの頭を撫でてくれたんだぜ。まるで、あらあら系爆乳お姉さんさ。で、ボク――」


 夢紅は僕をまじまじと見つめると、頬を緩めて。


「隠者くんにラブして、対人支援部に入部したんだ(どやっ)」


 とんでもないことを言い放った。

 神白は目を見開いて、僕と夢紅を交互に見ている。


 夢紅の感情が見える僕が。


「ちがうぞ。こいつのは、友だちとしての意味だぞ。じゃないからな」


 訂正すると、夢紅はてへっと舌を出す。

 なお、この話には裏がある。スポンジを詰めまくった夢紅がウザくて、適当に頭を撫でただけだ。おちょくるつもりで。それを、バカが勘違いしたわけ。


 ともかく、神白も誤解を解いたのか、胸をなで下ろす。


「じゃあ、今度はわたしの番と言いたいけど……わたしが入部したときの話はしたし~」


 今度は美輝が言い淀んでいると。


「美輝、実の兄が大好きなんだぜ」


 夢紅が爆弾を投下した。


「うん。完璧リア充なお兄ちゃんも好きなんだよぉぉ」


 すがすがしいまでに認めたので、僕は微笑ましく見守っていると。


「でも、お兄ちゃんと同じくらい、慎司さまも……だーいしゅき❤」

「ちょ、美輝さん?」

「わたしのユーカリだし」


 わかってたけど、そっちの意味だよな。異性として見られてないのを実感して、安心した。


「ユーカリ?」


 意味がわからない神白が首をかしげる。

 すると、美輝が僕の隣の席に移り、コアラになってしまった。


 やめろ。腕が胸に埋まってるじゃないか。

 おっぱいは好きだけど、恋愛嫌いの僕。ユーカリ役は苦楽が入り混じったプレイなのさ。


 自分の性欲で動かない、コアラにとっての癒し空間となる、そんなユーカリでありたい。


「……ふたりは付き合ってるの?」

「いや、美輝のも恋愛じゃないから。僕はユーカリだもんな」

「ふーん」


 神白はいぶかしげな目をする。

 僕は話題をそらす作戦に出た。


「神白は普段はなにをしてるんだ?」

「学校から帰ったら、まずはエロゲね」

「はい?」

「エロゲ成分を補充してから、プログラミングの勉強をする。最近は、UnityとUnreal Engineを勉強してるわ。将来的には、自作のスクリプトエンジンを作りたいから」


 なにを言ってるのか、さっぱりわからない。


「気づくと、夕方になってて、慌てて食事の支度をすることが多いかな」

「自分で作るんだ?」

「うち母がいないし、父も仕事が遅い。家のことはあたしがしてる」


 神白冷花に対する印象が変わった。

 第一印象の死神のインパクトが強かった。すごい勢いで告白を振ってたもんな。その後に、エロゲネタからの乙女な一面。


 どれもが強烈で、勝手に彼女に距離を感じていた。

 しかし、話を聞いてみたら、僕と同じように毎日を生きてるんだよな。


 しばらくして店を出る。

 11月も中旬に入り、日暮れの風が冷たく感じられた。

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