第9話 エロゲ主人公とは……?

「理想のエロゲ主人公。まずは、冴えなくて存在感がないことね。隠者な陰キャがベストなの」


 夢紅と美輝が僕を見て、噴き出した。で悪かったな。

 ところで、誰が僕の二つ名を神白に教えたんだよ?


「鈍感と思わせておいて、大事な選択肢は間違えない。リアルの会話でも選択肢はあるからね」


 友だちがいないクール系毒舌少女が、コミュ力を語る茶番なのだが。


「それな」

「……僕も同意する」


 他人の感情が見える僕は、うなずいた。


 特に、女子に相談されるとき。


 たとえば、「夜遊びしてたら、親に怒られた、ぴえん」と相談されたとする。

 そのとき、「夜遊びすんなよ、親も心配するぞ」と言ってはならない。まず間違いなく機嫌悪くなるからな。

 彼女が発した「ぴえん」という感情に寄り添う必要がある。とにかく、話を聞くことに徹するのが正解。アドバイス的な選択肢だけは絶対に選んではいけない。


「陰キャでも、相手の気持ちを思いやれる人は素敵かな」


 神白が乙女の顔で言う。

 すると、夢紅と美輝が僕をまじまじと見つめる。


「大事なときには大胆に行動する陰キャくんも最高よね。高確率でキュン死する」


 死神が死を語るのは普通だと思うが、キュン死という言葉が飛び出すとは。


 例によって、サブヒロインのふたりが僕に熱い眼差しを向けてくる。頼めば、おっぱい揉ませてくれる色だぞ。


「残りは、エロゲあるある要素を列挙するわ」


 神白はホワイトボードに文字を書き始める。

 

 ・親は海外出張か、亡くなっている。

 ・幼なじみ、妹、もしくは、親戚のお姉さんが同居しているか、近くに住んでいる。

 ・朝起きると女子が添い寝している。

 ・朝から女子の手料理を食べている。

 ・ウザい親友がいる。


 そこまで、書いたところで、神白は手を止める。


「最後に、ラキスケ。物理法則を無視して、女の子の胸を触ったり、下着を見たり」


 と、そこで部室に不自然な風が発生して。

 同時に美輝が立ち上がって。

 スカートが舞い上がり――。


 見えてしまった。クリーム色の縞々パンツが。美輝、おまえ、金髪陽キャなのに、初々しいな。


 僕は美輝から目をそらし。


「エロゲ主人公って、とんでもない男なんだな」


 と、率直な感想を漏らしたところ。


「「おまえだっっ!」」


 夢紅と美輝から全力で突っ込まれた。


 あらためて、ホワイトボードを読んでみる。


 まずは、母親が海外で仕事している。

 従姉妹とは同居している。添い寝は週に5回はされてるし、毎日おいしい朝ごはんを用意してくれる。

 ウザい親友は夢紅のことだな。


 たしかに、当たっている。

 うんうんと首を振っていたら――。


「……ウソでしょ?」


 神白は呆然とつぶやく。


「ふーん、奇遇ね。現実にもエロゲ主人公がいただなんて。でも、現実リアルは二次元に敵わないわ。せいぜい、あたしのエロゲ主人公になれるよう、足掻きなさい」


 口では傲慢な態度を取りながらも、僕へ熱い色を送っている。

 あまのじゃくすぎるだろ。


「まあ、おまえが求めるエロゲ主人公はわかった」

「理解してくれて、うれしいわ」


 だが。これだけは言わなければいけない。


「で、僕はエロゲ主人公なわけだが、なにをすればいい?」


 神白は首をひねって、答える。


「……わからない。あたし、リアルでの人付き合いは全然ダメだから」


 声の調子だけでも、神白が落胆しているのがわかった。


 神白は理想の恋を求めていながら、現実を知らない。だから、具体的な行動を起こすに当たって、イメージを描けていないのだろう。


 僕も高校生の恋愛事情には興味がない。感情が見えるとは言っても、色だけ。神白の心を読んで、理想のエロゲ主人公を演じるなんて芸当は不可能だ。


「ボクと太陽美輝ちゃんが協力するぞ」

「ん。慎司さまにはユーカリでお世話になってるもん。がんばって、助けるんだよぉぉぉっ」


 夢紅と美輝が申し出てくれる。特に、美輝はありがたい。クラスの陽キャグループと遊んでいるしな。


「おまえら、頼んだ」


 ふたりに頭を下げたところ。


「じゃあ、ボクからの提案でーす」


 夢紅が勢いよく手を上げる。茶髪がなびいた。


「拳と拳で語り合いましょう~」

「へっ?」

「愛を深めるのは拳からって常識じゃん!」

「おまえ、なにを……ちょっ‼」


 死神が拳を振り上げたので、慌てて止めた。

 夢紅の案は却下だ。続けて、美輝。


「じゃあ、今度はわたしの番だよぉつ」

「お、おう」


 美輝なら暴走はしないはず。リア充のノリを期待していたら。


「王様ゲームしましょ」

「へっ?」

「だって、エロゲ主人公なんだし。とりま、王様ゲームっしょ」


 そこまでリア充全開ですか⁉


「さすがに、学校で王様ゲームはマズいだろ」


 夢紅たちに頼ったのがバカだった。


「とりあえず、今日は親睦を深めよう。ファミレスでも行くか?」


 そう提案したところ。


「なら、あたしはファーストフードがいいかな」


 神白が銀色の髪をかき分ける。その仕草は深窓の令嬢のよう。


「あたし、ファーストフードはテイクアウト専門なんだよね。友だちいないから」


 寂しい理由だった。


「わかった。おまえらもいいよな?」


 夢紅と美輝は顔を見合わせてから、うなずいた。

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