船の到着(9)
それから船が出航するまでの数日間は、あっと言う間に過ぎ去った。
誓約書は、やはりなかった。ファティの言った通り焼け跡は灰ばかりで、およそ何か形ある物が残されている雰囲気ではなかった。
その後、ムラコフはラウロ司祭と会った。
「誓約書は――」
「知っている。私も焼け跡を見た」
ラウロ司祭は、ムラコフが言おうとした言葉を遮った。
「我々がどのような評価を受けるかは、現時点では私にもまったく想像がつかない。本来の使命を果たせなかったことは遺憾だが、それでもこの島の発見は評価されるかもしれない」
ラウロ司祭は両手を組むと、深く長いため息をついた。
「こればかりは、神のみぞ知る――だな」
ムラコフは、ラウロ司祭のこの反応を意外に感じた。誓約書を消失したことに対して、責任を追及されると思っていたからだ。
しかしラウロ司祭は、少なくとも表面上は、ムラコフを責めなかった。やはり汚い頼み方をしただけに、責めにくいのだろう。
「出発は明後日だ」
ラウロ司祭は、ようやく決定した出航の日取りをムラコフに告げた。
「島の少女を救うために、君が命の危険を顧みずに行動したことは報告しよう。出発までの間ゆっくりと休むがいい」
「はい」
ラウロ司祭にそう言われても、ムラコフの気は晴れなかった。
そのような行為は、彼らが身を置くこの世界では日常茶飯事に行われている。それだけで、教会がムラコフを評価してくれるとは思えない。史上最年少の神父の座は、やはり今回は諦めた方がいいだろう――。
その翌日も、慌しく時間が過ぎていった。
東の小屋には次々と島民が現れて、マヤを救ったことに対する感謝や、ムラコフへの別れの言葉を言いに来た。さらにはムラコフの回復を聞きつけた船の乗組員も続々と見舞いに訪れたので、とてもマヤの見舞いに行くどころではなかった。
「無事で本当によかったです、ブラザー!」
見舞いにやって来たモニーは、ムラコフの姿を見るなり抱き着いてきた。
「ブラザーは嵐の時僕の命を救ってくれたのに、もし万が一このままお礼の言葉も言えないようなことになったら、僕はこれから先どうしようかと……うぅっ」
「ああ、わかった。わかったから、とりあえず落ち着け」
そう言ってなだめながら、ムラコフは必死に抱き着いてくるモニーを引き離した。
「でもやっぱり、ブラザーは誰よりも神父にふさわしい人物ですね! あの状況でとっさに僕を突き飛ばして身代わりになるなんて、僕には到底できないことです!」
「いや、あの時は身代わりなんて考えてなかったけどな。お前が転びそうになったから、反射的に助けたってだけで」
ムラコフの言葉を聞くと、モニーはさらに瞳を輝かせた。
「何も考えずに反射的に身代わりになるとは、まさに神父のカガミですね!」
どうやらモニーは、何が何でもムラコフを立派な神父に仕立て上げたいらしい。
まあつまりは、それほど深く感謝しているということだろう。
「それよりも、船の修理はいいのか?」
「はい。つい先程、すべて終了致しました」
「そうか。ついに、か――」
ムラコフの浮かない表情に気が付いたのか、モニーは控えめに席を立った。
「あまりこうして、ブラザーの準備の邪魔をしてもいけませんね。僕はそろそろ行きますね。それでは、次は船上でお会いしましょう」
そしてそのまま時間が流れ、とうとう出航の前夜となった。
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