船の到着(8)

 翌日。

 重たいまぶたをうっすらと開くと、ファティの大きな顔が、横たわるムラコフを真上から覗き込んでいた。

「よう兄ちゃん、起きたな」

「ここは?」

「あんたの小屋さ」

「……」

 ムラコフは状況が飲み込めず、ズキズキと痛む頭を必死に巡らせた。

「しかし、本当にびっくりしたぜ。やるよな、あんた。あの娘を助けるために、炎の海へ飛び込んだんだろ?」

 ファティのその言葉を聞いて、ムラコフはようやく思い出した。

「そうだ! あの後――」

「おっと、そんな風に飛び起きると身体に障るぜ。まあ落ち着けよ。あの娘は無事さ。もっとも、かなり怪我をしちまったみてえだがな」

 要約すると、ファティの話はこうだった。

 島民達はあの後ムラコフを追って屋敷の前まで来たが、炎があまりにも激しいので、入って行くことができなかった。やがて中で柱が崩れる音がして一同が絶望した時、おりしも激しいスコールが降り出した。近頃稀に見るほどの集中豪雨で火事が収まった後、ボロボロになった屋敷は無残にも崩れ落ちたが、二人は柱と柱の間のわずかな隙間に倒れており、奇跡的に無事だった――。

「まったく、運がよかったな」

 水に浸した手ぬぐいを絞りながら、ファティが言った。

 ムラコフのことは島民達が順番に看病してくれたそうで、今はたまたまファティが当番だったらしい。

「それはそうと、あの娘はもう意識を取り戻してるから、歩けるようなら後で見舞いに行ってやりな。喜ぶだろうさ」

「誓約書……皮の紙のような物は?」

「セイヤクショ? 何だ、そりゃ? よくわかんねえけど、オレ達が見つけた時は、二人とも手ぶらだったと思うぜ。それにオレも焼け跡を見たけど、なんせひどくてな。物らしい物は、何も残ってなかったぜ」

「そうか……」

「まあ焼け跡は今もまだそのままにしてあるから、気になるんなら、後で自分の目で確かめてみればいいさ。そんじゃ兄ちゃんも目を覚ましたことだし、オレはもう行くからな」

「ああ……」

 ファティに礼を言って近くまで送り出すと、ムラコフはそのまますぐに小屋には戻らず、高く広がる空を見上げた。

 あんなことがあった後なのに、空はまるで嘘のように青く明るく、相変わらず強烈な熱帯の太陽の光が目に飛び込んでくる。

(さて……)

 これからどう行動するか考えたところで、ムラコフはふと気が付いた。

 見舞いに行こうにも、マヤは今どこにいるのだろう? 屋敷は火事で燃えてしまったから、どこか別の場所にいるはずだ。

 しばらく考えた後、ムラコフは焼け跡を確認しに行くことにした。

 誓約書がどうなったのか自分の目で確かめないことには、ラウロ司祭に会いに行くわけにもいかないからだ。

(まあ仮に見つかったとしても、俺がラウロ司祭にそれを渡せるかどうかは、わからないけどな……)

 そんな風に考えながら、ムラコフは屋敷の焼け跡へと足を向けた。

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