南の島(17)

 ムラコフに割り当てられたのは、午前の早い時間だった。

 始める前にまず簡単に説明を聞いて、それから一時間ほどこうしてずっと一人で見張っているが、特に面倒なことなどない。要は途中で火が消えないように、たまに薪を足せばいいだけである。

「一人二時間だから、あと一時間か」

 ムラコフが高台から海を見ながらぼんやりと炎の番をしていると、屋敷の方角からマヤが走ってくるのが見えた。

「どうしてこんな場所にいるの?」

 マヤはハアハアと肩で息をしている。

 びっくりして飛んできた――という感じだ。

「屋敷の窓からあなたの姿が見えて――、この時間は確かビンディのはずでしょ?」

「今日から、俺にも当番が割り当てられたんだ」

「あなたにも?」

 ムラコフの言葉を聞くと、マヤは驚いたように目を見開いた。

「お客さんにこんなことをさせるなんて、いったいどういうつもりかしら。のろしの見張りなんか、島の人間がすればいいのよ」

「まあ俺のためにやってくれていることなんだから、俺が参加しないのも悪いだろ」

 実際のところ、いつまでも客人扱いされるよりは、こうして仕事を任される方がムラコフにとっても居心地が良かった。その方が、島の一員として認められているような感じがするからだ。

 マヤは無言でムラコフの横に腰を下ろしたが、まだ納得がいかないという表情をしている。何だかひどく、不機嫌な様子である。

「……」

 黙って座っているのも落ち着かないので、ムラコフは薪を足した。

「そんなに入れなくても大丈夫だよ」

「そうか?」

 マヤにそう指摘されながらも、ムラコフはその後も頻繁に薪を足した。

 入れすぎると逆に燃えにくくなることはわかっているが、かといってあまり少なすぎて炎が小さくなるのも心許ない。

「…………」

 マヤは先程よりもさらに不機嫌な様子で、両側の頬をプーッと膨らませた。

 まるで左右同時におたふく風邪に感染した子供のようである。

「あのさ……どうしたんだ?」

「どうもしないよ」

 マヤはそっけなく言い放ったが、しばらくすると自分の言い方を反省したようで、ほとんど聞こえないほど小さな声で、ポツリとこんな風に言った。

「だって、あんまり火を焚いたら目立っちゃうもん」

「――……」

 ムラコフはマヤの顔を見つめたが、マヤはその視線に耐えかねて、深々と雑草の生えている地面に目線を落とした。

 目立つ目的でのろしを焚いているのだから、マヤの今の発言は矛盾している。

 しかしそう言った彼女の気持ちは、ムラコフにも十分に理解できた。

 確かに船が着いたら、ムラコフはこの島を去らなければならない。もちろん彼自身だって、いつかは帰りたいと願っているが、何も今すぐでなくてもいいような気がする。今はまだ何も考えず、この島の温かさをもう少し感じていたい――。

「でもほら、船が着いたら乗りたいって言ってただろ?」

 マヤに暗い表情をさせていることがいたたまれなくなったので、ムラコフは彼女を励ますように声をかけた。

「うん、それはそうだね。確かに今までは、ずっとそんな風に思ってた。来る日も来る日も、毎日退屈なだけだったもん。だけど今は――」

 マヤはそう言いながら顔を上げたが、その瞬間何かに気付いたらしく、その後の言葉は出てこなかった。

 その代わりに、彼女の口から次に出てきた言葉はこうだった。

「ねえ、あれってもしかして――」

 マヤの視線の先を追うと、東の水平線のはるか彼方に、それまでは存在しなかった小さな黒い粒が確認できた。

 それは小さな豆粒ほどの大きさではあるものの、空と海の青一色だけの世界の中に、まごうことなく確かにはっきりと存在していた。

 間違いない。

「船……!」

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