南の島(16)
「おい、嘘をついたな!」
数日後に再び東の小屋に現れたビンディは、以前以上に激しく怒っていた。
「この格好でマヤに話しかけたら、逃げられたじゃないか!」
ビンディは、上から下まで全身傷だらけの状態だった。
上半身が裸で露出度が高い分、痛々しさが余計に増して見える。
「そりゃまあ、そんな満身創痍の状態で口説かれたら、誰だって引くだろう」
そう言いながら、ムラコフはビンディをからかったことを反省した。
「ワニと戦ったのか?」
「ああ。生まれたばかりの子ワニだったが、噛まれたら相当痛かったぜ」
「そうか。それは残念だったな」
今回ばかりは演技ではなく、ムラコフは本当に済まないと思って謝った。
子ワニだったから怪我だけで済んだものの、もしこれが先日ムラコフが出くわしたような巨大なワニだったら、今頃ビンディはここにいなかったかもしれない。
「それなのにお前ときたら、二人で一緒に波と戯れたりして、マヤとさらに仲良くなっているじゃないか。これはいったい、どういうことだ!」
「そうだな、今回は俺が悪かった。ごめんな」
「ふんっ。素直に謝って油断させようったって、そうはいかないぞ! お前にはもう、金輪際アドバイスを求めないからな!」
「ああ、その方がいいだろうな」
ムラコフの答えを聞くと、ビンディは力なさげに肩を落とした。
いくら威勢が取り柄のビンディとはいえ、今回のワニとの戦いは相当にこたえたらしい。
「……まあいい。それよりも、今日はお前に伝言を伝えに来たんだ。明日から、のろしの見張りにお前も参加しろってな」
「のろしの見張り?」
「ああ。まさかお前、知らないのか?」
ムラコフが表情で知らないことを示すと、ビンディは「やれやれ」という感じで、頭に手を付いた。
「酋長の屋敷の裏の高台で、のろしを焚いてるんだよ。お前がこの島に来てから、ずっとな。ここは完全な孤島だから、そうやって煙でも出さないと、周囲に気付いてもらえないだろ」
「それって……」
「ああ。お前の乗っていた船が、この島を発見できるように――だ」
「……」
ムラコフは、思わず言葉に詰まってしまった。
まさか島民がそんなことをしてくれているとは、今の今までまったく知らなかったからだ。
「島の男が、順番に炎の見張りをしてるんだ。だけど人手が足りないから、明日からお前にも参加してもらおう――ってことになって」
「それってビンディ、お前も参加してくれてるのか?」
「ああ。島の男が全員やってるのに、オレだけサボるわけにもいかないだろ」
「そっか、ありがとな」
「ふん、誤解するなよ! お前にはとにかく一刻も早く、この島を出て行って欲しいからな」
ビンディはそう言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。
「確かに伝えたぜ。じゃあな」
「ああ」
この島の人間からしてみれば、ムラコフはどこの誰かもわからない、単なる漂流者のはずである。それなのに、無事かどうかもわからない船を呼び寄せるために、島民総出でそんなことをしてくれていたとは――。
ビンの姿が小さくなって消えていくのを見守りながら、ムラコフの心には不思議な感情が芽生えていた。
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