南の島(9)

 ある時のモモナで、こんなことがあった。

「よう兄ちゃん、待ってたぜ」

 屋敷に入るといつも通り太った男に声をかけられたが、その日は横にいるはずの痩せた男の姿が見えなかった。

「今日は、相棒はいないんですか?」

「おう。スリマルの野郎、風邪をひきやがったらしい。まったく、あんなひょろっこい身体してるからいけねえんだ」

 太った男は、ゴールド・ラムを瓶のままグイッと飲んだ。

「あいつは、あんな身体だからよ。きっと今頃、寝込んじまって動けねえだろ。まったく、酒ばっかり飲んでねえで、少しはメシを食えっての」

 太った男はしばらく黙って飲んでいたが、やがて寂しげにつぶやいた。

「やっぱり、相棒がいないとつまんねえな。やれやれ、仕方がないから見舞いに行ってやるとするか。じゃあな、兄ちゃん。また来週」

 また、別のモモナで。

 屋敷に入ると痩せた男が一人で飲んでいて、その横にいるはずの太った男の姿が見えなかった。

「今日は、相棒はいないんですか?」

「おう。ファティの野郎、風邪をひきやがったらしい。まったく、バカは風邪ひかないっつうのはとんだ嘘だな」

 痩せた男は、ホワイト・ラムを瓶のままグイッと飲んだ。

「あいつは、あんな身体だからよ。きっと今頃、身体が重くて動けねえだろ。まったく、太りすぎは健康に悪いからちょっとは痩せろって、いつも会う度に言ってんのによ」

 痩せた男はしばらく黙って飲んでいたが、やがて寂しげにつぶやいた。

「やっぱり、相棒がいないとつまんねえな。やれやれ、仕方がないから見舞いに行ってやるとするか。じゃあな、兄ちゃん。また来週」

 太った男も痩せた男も、普段はあんな風に言い争ってはいるものの、結局はお互いのことが好きなのだ。

 痩せた男が去った後、ムラコフが一人で酒を飲もうとしていると、また別の男に声をかけられた。

「こんばんは、兄貴。あっしは、ルディと申しやす」

 ちょっと小柄で、ひょこひょこと特徴的な歩き方をする男だ。

 ルディと名乗ったその男は、ムラコフの隣りに腰を下ろした。

「兄貴とは、前々から一度話してみたいと思っておりやした。ただ、毎回ファティとスリマルの二人がいるもんで。いや、悪いヤツらじゃねえのはもちろん知ってますけど、あの言い争いに巻き込まれたくないでしょう?」

「まあ確かに、そうですね」

「いえ、いいんです。あっしには、気楽に話してくだせぇ」

 おそらくこれは、敬語を使わなくていいという意味だろう。

 年齢的には彼の方がムラコフよりもだいぶ年上に見えるが、まあ本人がいいと言うならいいのだろう。

 それにしても、この島の人間は本当によく声をかけてくるから、一瞬たりとも話し相手に困ることがない。

「そんでね。あっしが兄貴に聞きたいと思ったのは、兄貴が今まさに手にしている、そのラムのことなんです」

「ラム?」

「そう。それを飲んで、正直どう思いました?」

「ああ、美味いな」

 ムラコフが頷くと、ルディは嬉しそうな顔をした。

「白と黄色と、どっちが好きです?」

「うーん、白かな? でもファティは黄色の方が濃いって言ってたけど、度数はあんまり変わらないような気がする」

「そう、そうなんです!」

 ルディはますます嬉しそうな顔をして、ムラコフにさらに近付いた。

「アルコールの度数自体は、ほとんど変わりません。あの二つは、製造工程で濾過するかしないかの違いですからね」

 それからルディは、ラムの造り方について熱心に語り出した。

「――というわけなんですよ、兄貴」

「ふーん、ずいぶんと詳しいんだな」

「いやね。あっしがどうして兄貴にこんな話をするかってぇと、そのラムを造っているのが、他でもないあっしだからです」

「ああ、なるほど」

 ムラコフは納得した。

 それであれほど熱心に、ラムを飲んだ感想を聞いてきたわけだ。

「ってことは、工場なんかがあるのか?」

「ええ。それほどたいしたもんでもねえけど、一応ありますよ」

「それ、見に行ってもいいか?」

「もちろん!」

 ムラコフの言葉を聞くと、ルディは顔を輝かせた。

「やっぱり、兄貴に声をかけてよかった。この島のヤツらはみんな飲むのは飲むけど、味なんか誰も気にしちゃいませんからね」

 それからしばらくの間、二人は酒の話で盛り上がった。

「ウォッカは、あっしも一度飲んでみたいですねぇ」

「そうだな。ラムもいいけど、ウォッカも捨てがたいな」

「他には? ウォッカの他には、兄貴はどんな酒が好きですか?」

「そうだな、ジンも好きだな。まあウォッカやジンに限らず、基本的に酒なら何でも好きなんだけど」

「ジン!」

 そう叫ぶと、ルディはうっとりとした表情になった。

「ああ、いいなぁ。別に酋長の娘じゃねえですけど、あっしもそういう意味では、一度大陸に行ってみたいもんです」

「酋長の娘?」

「はい。仮にも酋長の娘のくせして、あの娘は島のことなんかには全然興味がなくって、外の世界が大好きってことですよ」

「ふーん」

「それはそうと、兄貴はウィスキーは好きですか?」

「ああ、好きだけど」

 その後も二人の酒談議は、止まることなく延々と続いた。

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